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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
一章 GYU-DONと勇者と女神と魔王の娘
3/68

3話

「この容姿、見覚えがありませんか?」

「ない。あとこいつ、臭い」



 彼は倒れた子供のそばで、率直な感想を述べた。

 女神は苦笑しつつ、子供のそば――炊事場の入口へと歩いて来る。



「いやいや……あの、勇者様、よく思い出してくださいよ。黒い髪に、白すぎる肌に、赤い瞳っていう特徴に見覚えがありませんか?」

「女神は知ってるんだろ? 答えは?」

「本当に覚えてないんですね……ほら、あなたが倒した魔王ですよ」

「……ああ」

「…………本当の本当に覚えてなかったんですか」



 女神は苦笑する。

 勇者は不思議そうな顔をしながら、倒れた子供のわき腹あたりをつつく。

 そして――



「…………魔王の子供か!?」

「これだけ色濃く特徴を受け継いでいるんであれば、たとえ子供でなくっても、近しい存在なのでしょうけれど……なんでわき腹をつつきながら思い出したんですか?」

「魔王にわき腹を斬られたあたりで、子供がどうこうとかいう話をされたなと思い出した」

「なる……なるほど?」

「……そうか、魔王が倒れて魔王領に人が侵攻してきたから、逃げてたのか」

「…………勇者様は頭がいいのか馬鹿なのかどちらなのですか?」

「頭がよくない自信はある。でも材料がそろえば組み合わせることはできる」

「……天才肌なんですね」

「じゃあそれでいい」



 彼はしかつめらしくうなずいた。

 女神は困ったように笑って、



「どうされるんですか?」

「……臭いから洗う」

「つまり、見逃されるんですね?」

「汚れは見逃さない。洗う」

「いえ、そうではなく……その、魔王の縁者ですよね? それで、あなたは魔王を倒した勇者様ですよね?」

「そうだ」

「敵同士ですよね? しかも、こんなボロボロになってるのはたぶん魔王が倒されたからで、この子はあなたに対して恨みを抱いているのではありませんか?」

「そうかもしれない」

「それを、洗う?」

「恨みがどうとかはよくわからない。でも、汚いのはよくわかる。そして腹が減ってるのもよくわかる。だから食事を与える。でもその前に洗う。なにかおかしいか?」



 彼はきょとんとしていた。

 女神は額に手を当てて考えこむ。



「んー…………えっと、その、危険とか、そういうものへの、配慮などは…………」

「危険?」

「いえ、だって、殺しに来るかもしれませんよ?」

「子供だぞ?」

「でも魔王の子供かもしれないんですよね?」

「だから?」

「いえ、だから、というか……えっと」

「別に俺と魔王はお互いが嫌いだったから殺し合ってたわけじゃない。こいつが魔王の子供だからって殺すつもりはない。もし俺を殺そうとしたら、その時になって対応したらいい」

「……そ、そんなものなんですか?」

「そうだ。あと、俺を殺すのは、魔王との戦いぐらい大変なことをして全部の力を使い切って全部の守護が機能しない状態で、油断しているところを背後から狙撃するぐらいしないと無理だ。つまりこんな子供には無理だ」

「……そういえば剣や槍が通らず、弓や飛槍はすべてかわし、魔法はだいたい弾くというすさまじいお方でしたね」

「各地の神殿で習得した、神の加護だ」

「……あの、それ実は神の加護じゃなくて、魔法の一種なんですよ」

「じゃあ『神の加護』っていう魔法の一種だな」

「……もうそれでいいです。とにかく――わかりました。あなたの御意思のままに」

「女神は魔王のこと嫌いじゃないのか?」

「まあ、私が個人的に嫌いというわけではなくって、魔王のせいで私たち神の力が著しく削がれるので、神界全体として排除方針が決まっていたというか……」

「難しい。好きか嫌いか、嫌いじゃないか、好きじゃないかで答えてくれ」

「……別に、嫌いではないです」

「そうか。よかった。俺は魔王のこと結構好きだった」



 彼は笑う。

 そして『臭い』と言っていた子供を丁寧に抱きあげ――



「女神、そういえば体洗う場所とかは?」

「はい。システムバスがあります」

「……それはなんだ? すごそうな桶か?」

「いえ、精霊の力でいつでも温かいたっぷりのお湯につかれるという神の御業です」

「精霊の力なのに神の御業なのか?」

「神だけが扱える精霊魔法なので、神の御業なのです。まあ自分で『御業』とか言うのもどうかという話なのですが……」

「なんかすごそうだ。じゃあそれでこいつ洗――」



 彼が言葉を止める。

 そして、抱えた子供をじっと見た。


 女神は首をかしげる。

 彼へたずねた。



「どうされました、勇者様?」

「女神、わかったぞ」

「なにがです」

「こいつ、女だ」



 子供を抱えた彼の右手は、子供の胸の横あたりにあった。

 女神は反応に困って笑った。







 精霊の力でいつでもお湯がいっぱいのシステムバスは、二人も入れば手狭な印象があった。

 これは女神の力不足ばかりが原因ではない。


 そもそもこの家屋は、勇者の隠居生活のためだけに神たちが用意したものだ。

 つまり全体的に二人暮らし用なのである。

 異世界の基準で言えば『4LDK』と呼ばれる一階建て家屋であり、部屋はいっぱいあるものの、部屋一つ一つ、風呂やトイレなどはそう広いわけではないのだ。


 ともあれ――魔王の縁者と思われる少女を、風呂に入れた。

 女神が、だ。


 まだまだ子供とはいえ、男の勇者に体を洗われるのは恥ずかしかろうという女の子への配慮――はちょっとだけしかなく、どちらかと言えば、勇者への配慮だ。

 風呂は当然のごとく、裸で入る。


 実際、今、バスタブの横で椅子に座っている女神も、女神に抱えられた、意識のないぐったりした魔王の娘(仮)も、全裸だ。

 全裸というのは、無防備なのだ。


 思い返せば思い返すほど、勇者の人ならざる実力ばかりが記憶に残っているけれど――

 それでも裸はまずいだろう、色々と。

 そういう配慮ゆえ、女神はごしごしと魔王の娘(仮)を洗う。



「……私はなにをしてるんだろう」



 魔王を倒した勇者の隠居を世話するためこの世界に顕現したのだがなぜか魔王の娘(仮)を洗うことになりました。

 意味がわからないです。


 自分の存在意義を見失いかけながらも、女神はゴシゴシと魔王の娘(仮)を洗う。

 ほぼ無心だった。


 しかし洗い続けているうちに、職人魂みたいなものが次第に顔をのぞかせてくる。

 つまり――この娘を最高に綺麗に仕上げようという、こだわりだ。


 ぼさぼさの黒髪に、丹念にお湯をふくませる。

 洗髪剤をすり込み、トリートメント剤で艶を出す。

 体中をまさぐるように洗っても――


 魔王の娘(仮)は、くすぐったがるように身をよじるだけで、起きることはなかった。

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