表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
八章 オムライスとコカトリス飼育員
29/68

29話

 他の住人のお部屋探訪。

 どうやらみんなの主目的は、それだったらしい。


 最初に捜索されたのは女神の部屋だった。

 入るなり魔族たちはバッと散って女神の部屋を漁り始める。止める暇もない。ベッドにもぐられ服を引っ張り出され試着されたりファッションショーに発展したりした。


 もっとも、女神の部屋はそう物が多くない。

 なので魔族たちはすぐに飽きたが――あと片付けの大変さを思うと、肩を落とすしかない。



「ここに気配はないぞ」



 という勇者のお墨付きをもらい、次の部屋へ。

 影武者の部屋だ――どこで家具をそろえたのか、そこは高級そうな調度品が並び、天蓋付きのベッドまで存在する、いかにもお姫様らしい部屋であった(影武者なのに)。



「念じたら家具は生えてきましたわ」



 ということらしい。

 これもこの不思議で無気味なGYU-DON屋風家屋の能力なのか……

 女神はまたしても解明不能なブラックボックスを発見してしまい、げんなりした。


 影武者の部屋も女神の部屋と同じような惨状にされ、一行は次の部屋へと移動する。

 が、次に入った部屋は、なにもない空き部屋だった。

 ここは誰の部屋だっただろうかと女神が考えていると――



「ここは聖剣の精の部屋だな。あいつは俺の部屋で寝てるから、ここは空き部屋だぞ」



 ということらしい。

 なにか聞き捨ててはならない発言があったような気がしたが、今は侵入者捜索が先決なので、あとで教育によろしくないかどうか精査するとして、次の部屋へ。


 漁師の部屋だ。

 壁には大漁旗があり、なぜか部屋の中に小船が一艘あって、その内部にクッションが布かれベッドになっている。揺れそう。

 ちなみに『サンの小屋』と書かれた赤い屋根の小さなおうちも存在した。

 小屋の構造は犬小屋と酷似しており、細長い海洋生物が住まうのに適しているように思えなかった。


 その部屋では『ふんどし綱引き』なるどこかの祭りでやられていそうな遊びが開発されたりもしたが、特に侵入者もいないと勇者が判断したので、また次の部屋へ向かうことになる。

 というかいちいち部屋をひっくり返さなくても、勇者がひと目見て気配を探ってくれれば手間がないような、という感想を女神は抱いた。


 しかし魔族たちの主目的は最初から『侵入者の捜索』よりも『人のお部屋で遊ぶこと』みたいなので、それを邪魔するのも野暮だろう。

 ただし散らかした部屋は絶対に片付けさせると決意し、女神は気付いた事実を黙したまま、全員を引き連れて次の部屋にたどり着いた。


 そこはマンドラゴラ屋の部屋であった。

 小綺麗に片付いた、今まで見てきた中では一番普通に村娘っぽい部屋である。

 ただし調度品のピンク率が非常に高くて目が痛いのと、なぜか置いてある、マンドラゴラ屋がすっぽり入れそうな大きさの、土が詰まった箱が異様な存在感を醸し出していた。


 そこでも軽い着せ替えショーが行われることになる。いつも同じ格好ばかりの魔族たちもたまには違う服を着てみたい時があるのだろう。

 しばらく放置していたが、女神は己が着せ替え人形(ファッションモデル)にされそうな気配を感じて、勇者に「この部屋にはいましたか?」とたずねる。


 勇者は「いない」と答えた。

 みんなを押し切り、モデルにされることをどうにかうやむやにして次の部屋へ。


 次は牧場長の部屋だった。

 外からの明かりが完全に遮られた真っ暗な部屋である。

 内部に入ると、部屋の中央にヒトダマみたいな光が浮かんで、空間をわずかに照らす。

 すると、内部の異様さがあらわになった――この部屋、ミノタウロスの置物しかない。



「アレに鞭を打ち付けて毎日特訓してるんだす」



 なるほど仕事熱心なだけのようだ。

 女神は胸を撫で下ろす。

 パッと見『ミノタウロス狂信者の暗黒儀式場』という感じだった。この部屋を見た瞬間、少なからず牧場長の将来が心配になったのだ。


 しかしレイアウトの理由はどうあれ薄暗い牛だらけの部屋はみんな怖いらしく、牧場長の部屋は荒らされることなくスルーされた。

 勇者も特になにも言わなかったので、たぶんなにもいなかったのだろう。


 続いて魔王の娘の部屋へ行こう――

 そう女神が全員を先導し歩きだそうとした時、



「いいのか?」



 勇者が言う。

 女神は足を止め、振り返る。



「なにがでしょうか?」

「この部屋、いるぞ」



 いる。

 いそうなのはミノタウロスの亡霊か邪神かという感じだが……


 そもそもなんでみんなのお部屋で魔族たちを遊ばせる羽目になったのか、女神は考える。

 そして――思い出した。



「侵入者がいるんですか!? 牧場長さんの部屋に!?」

「いるぞ」



 勇者がうなずく。

 かくして魔王の娘の部屋と勇者の部屋を残し、一行はお部屋探訪の口実を失った。







 しかし――部屋が暗い。

 あと、怖い。


 ロウソクめいた明かりに照らされた、四体のミノタウロス像、その視界の中心にベッドというなんとも呪われそうなレイアウトの部屋だ。

 怖がって誰も入りたがらない。


 まあ、ここは勇者に行ってもらうのが鉄板だろうか。

 女神はそんなふうに考えたのだが――女神が口を開こうという瞬間、機先を制するように声を発する者がいた。

 魔王の娘である。



「わたしが行く」



 彼女はそんな申し出をした。

 ありえない。

 虚弱貧弱脆弱という概念に手足を生やしたような少女、それが魔王の娘である。


 その彼女に『侵入者の確認』なんていう危険な作業をさせるのは、女神としては止めたいところだった。

 だが――



「いいんじゃないか?」



 勇者があくび混じりに言った。

 彼がそう述べるということは、ある程度の安全性は確認できるということだろうか。

 しかしそれだけで魔王の娘を送り出すのも心配なので、女神はいちおう、勇者に『いい』と言う根拠をたずねることにした。



「あの、勇者様、この魔王の娘さんですよ? 本当に大丈夫なんでしょうか?」

「……すぐ目の前にある部屋に入って、中にいるヤツに声をかけるだけだぞ? 魔王の娘よりもっと幼い子供だって、できる」



 すさまじくまともな意見だった。

 反論の隙がない。


 しかし一抹の不安がぬぐえない。

 女神は思わず魔王の娘を見た。

 彼女は決意したような表情でうなずく。



「大丈夫だ。わたしは、次の魔王だからな。今までだって、数々の困難を乗り越えてきた。このぐらい、へっちゃらだ」



 そして、笑った。

 なぜだろう、これからするのは幼児でもできそうなことなのに、魔王の娘の決意たるや、なんか色々あった果ての最終決戦にでも挑むかのようである。


 ああ――そうだ。

 女神は理解した。

 魔王の娘は、自分の虚弱体質をよく知っている。知っていてなお、自分が行くと、そう言っているのだ。


 思えば彼女はいつだって、率先して行動していた。

 だいたい体力がないか意識がないかして、その行動は緩慢ではあったけれど、行動すべき時にためらうことは、なかったのだ。

 まるで――先頭を行くことこそが、王としての勤めだと思っているかのように。


 ……ならば、女神がとやかく言うこともないだろう。

 リスクは承知で、決意があって、行こうとしている。

 ここで止めるのはただの過保護だ。



「……わかりました。気をつけてくださいね」



 女神は魔王の娘を見送ることにした。

 彼女はうなずき、



「ああ。わたし、行ってくる」



 そう述べて、薄暗い、牧場長の部屋に入った。

 牧場長が「なんでウチの部屋がもんのすごい危険地帯みてえに言われてるんだすか」と言う中、勇者と牧場長以外の全員が、固唾を呑んで魔王の娘の向かった先を見つめる。


 薄暗い闇の中――

 ドタバタと騒がしい音が響く。たぶん、魔王の娘が転んだのだ。


 あ、立ち上がった。

 泣いてはいないし、意識も失っていないようだ――物音に耳をそばだてていた全員が安堵の息を漏らす。



「なんかいたー!」



 中から魔王の娘の声。

 そして――「クコックコッコケー!」という、この声は……ニワトリ?

 それから、



「こっ、こっ、こっ、こらー!」



 とかいう耳慣れない、今まで聞いた中で一番舌足らずな、少女の声が響き――

 ドン。

 ゴロンゴロンゴロン!


 音から察するに、誰かに突き飛ばされ、転がりながら――

 魔王の娘が帰ってきた。


 魔王の娘は大股開きで上下逆さまになった状態で、壁にぶつかり、止まった。

 シャツの裾がいい仕事してるなということを確認し、女神は視線を牧場長の部屋に戻す。


 すると、中から――なにかが出て来た。

 パッと見、真っ黒い布のカタマリとしか表現できない生き物だった。


 ずりずりと黒い服――毛布、だろうか。頭まですっぽりかぶったそれを引きずりながら、出現する、女神の腰までない、魔族の誰よりも小さな人影。

 そいつは黒い包帯で目元を隠した顔を魔王の娘へ向け、毛布の下からなにかを出す。

 それはニワトリ――いや、真っ黒な、ニワトリみたいな、生物、コカトリスで。



「だっ、だめじゃないですか……! コカトリスの目を見るなんて、い、石になったら、どうするんですかあ……!」



 なぜか泣きそうな声で言う、その子の役割とは。



「……コカトリス飼育員だすな。ウチの部屋でなにしてんだすか」



 コカトリス飼育員。

 どうやらまた、魔族のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ