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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
七章 キャンディと甘いものの人
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27話

 キャンディ。

 そういう名前のお菓子が存在することは知っていた――しかし魔王の娘が実際にそれを食べる機会は、これまで皆無だった。なにせ人族のお菓子なのだ。

 もっとも、このキャンディをくれた金髪の女は、これをお菓子とは紹介しなかった。



「何日もまともに食事をとらず活動することがあってね。これは、そういった時に食べる兵糧の一種なの」



 だからか、もらったキャンディは、やたらと簡素で実用的なデザインである。

 かたちは円柱形で、大きさは指先でつまめる程度だ。

 色は乳白色であり、噂に聞いていた『キャンディ』のきらびやかなイメージ――様々な色がついていたり、棒にささった円形であったり――とはほど遠い。



「食べてみて。甘くておいしいわよ」



 と、言われた。

 だから魔王はもらったそれを口にしようとして――止まる。



「食べない」

「なんで? ……あの、毒とかは入ってないわよ。そういう心配をする気持ちも、わからないではないけど」

「そうじゃなくって、わたしが、ここで、一人で食べるわけにはいかない。わたしは王様だから。民を放っておいて自分だけおいしいもの食べたら駄目なんだ」



 勇者の家では、牧場長も、マンドラゴラ屋も、漁師も、影武者も――そして女神も待っているのだ。

 彼女たちに内緒で『甘くておいしい』ものを食べるのは申し訳ないと、魔王の娘は考えた。

 ……まあ本当は今すぐむしゃぶりつきたい気持ちもあったけれど、まだ一人前じゃない自分にだって、王の矜持ぐらいはあるのだ。


 金髪の女はおどろいたような顔をした。

 そして、微笑む。



「わかったわ。じゃあ、兄さん――勇者の家に着いてからにしましょう。小さな王様の仰せのままに」



 そういうやりとりがあって――

 帰り道は、金髪の女に背負われて、魔王は勇者の家に戻る。

 歩く体力はやっぱりなかった。







 かくして勇者の家、炊事場での実食である。

 キャンディ――あらためてその存在を見た。


 手のひらに乗せたそれは、油断するとコロコロ転がって落ちてしまいそうな円柱形だった。

 色は乳白色。香りは強くないが、鼻を近付ければ、たしかに甘くて、まろやかな感じのするいいにおいがした。



「私たちは噛んだりもするけど、口の中で転がして舐めるのが本来の味わい方みたいね」



 そう言い残して、金髪の女はコンロそばで女神となにかを話し始める。

 テーブルにいるのは魔族だけだ――全員が神妙な顔で手のひらに乗せたキャンディを見ている。


 魔王の娘はみんながあんまりにも見つめ続けるので、なんで早く食べないんだろう、と不思議に思った。

 ――だが、ようやくみんなが食べない理由がわかる。

 魔王の娘が食べないからだ。


 みんな、ここまでキャンディを我慢した魔王の娘に敬意をはらっているのだろう――向けられる視線で魔王の娘はその事実を認識した。

 今、ものすごい尊敬されている気がする。

 気持ちいい。


 そんな実感にゾクゾクしつつ、魔王の娘はキャンディを口に入れた。

 ――ああ、甘い!


 派手さはないが、口の中で転がせば、体中に染み渡るような優しい甘さが広がる。

 かすかに感じる香ばしさはなんだろう? コクがあるというか、焼いた小麦粉の香りににも似たこのまろやかな甘さ――本当においしい。


 目を閉じて味に意識を集中する。

 思えばこの家に来てから様々なものを食べてきたが、甘いお菓子は初めて食べた。

 おいしい日々。満たされた日々。でもなぜだろう、なにかが足りなかった日々。その足りなかったものがようやくわかった気がした。――それこそが『お菓子』なのである。


 魔王の娘はようやく一つの真実に気付く。

 魔族にはお菓子が必要だったのだ。


 だからこんな、指先でつまめてしまうぐらい小さなものを食べただけで――涙が出そうになるのだろう。

 今まで欠けていたものが、埋まっていくのだろう。


 コロコロと口内で転がす。

 転がす。うまい。

 でも……なにかこう、じれったいような、そんな気がする。


 そうだ、渇望していたのだ。だからもっと早く体に取り入れるべきなのだ。

 だから――噛んじゃおう。


 舐めた方が長く味わえるのは、もちろんわかる。

 でも、駄目だ。この欲望は止められない。いいじゃないか、キャンディはたくさんもらったのだ。だから最初の一つぐらい噛むという贅沢をしたって誰にも怒られることはないだろう。


 言い訳をしつつ、魔王の娘はキャンディを噛む。

 コキッ。

 そんな軽い音が口内で響いた。


 この食感、たまらない。

 コリコリとかみ砕く。甘さが弾ける。歯に少しだけくっついて、それを舐めとる。

 なんて楽しいのだろう。

 勇者の家に来てからの日々が贅沢でなかったとは言わない。毎日おいしいものを食べて、いっぱい遊んで、よく眠った。

 でも――今初めて、贅沢というものを実感できたように、魔王の娘は思う。


 ああ、と気付く。

 そうだ、今食べているのはご飯ではないのだ。


 甘い物を食べた。

 そしてこのあとに、ご飯がまだ控えている。

 贅沢に感じたのは当たり前だ。食べるという楽しみの二段構え。


 隙がない。

 魔王の娘はほっぺたに手を当てて、つぶやく。



「幸せだなあ……」



 つく息さえも、甘くてまろやかだ。

 魔王の娘はしばし味の余韻にひたる。



「満足してもらえたみたいでよかったわ」



 と、金髪の女が声をかけてきた。

 魔王の娘はそちらを向き、言う。



「おいしかったぞ! 大義である!」

「た、大義である……そうね。王様だったのよね……どういたしまして――いや、ええと、こういう時は『光栄のいたりです』かしら?」

「うむ!」

「これからも定期的に甘いものを持ってくるわ。そんなに頻度は高くないかもしれないけど、子供のうちはやっぱり、甘いものがほしいわよね。兄さん……勇者も甘いものは好きだし……っていうか、あの人は食べ物ならなんでも好きだし……」

「そうだな!」

「……仲良しみたいね、勇者と」

「うむ!」

「ならよかったわ。……この家は空気がいいわね。勇者と魔族が同居してるとは思えない――というか、そもそも人族の魔族に対する認識が間違っていたっていう感じがするわ」

「どういう意味だ?」

「……あなた、なんだか勇者に似てるわね」

「そうか!? わたし、強くなりそうか!?」

「えっ? うーん……それはちょっと、ごめんなさい、わからないけど……まあその、体力はつけた方がいいんじゃないかしら? 強くなりたいなら」

「そういえば、お前たちの孤児院ってなんかみんな強いみたいだな?」

「院長先生が退役軍人なのよ。それでよく鍛えられたわ」

「じゃあ、お前たちの孤児院でやってたことをやったら、わたしも強くなるか!?」

「そうかもしれないけれど、その前にやっぱり体力をつけた方がいいわ」

「みんなそれしか言わないな!?」

「まあ、あきらかに体力が不足してるからね……」



 苦笑されてしまった。

 魔王の娘としては、なるべくつらいことはせずに、食べたり寝たりしてたらいつの間にか最強になってるぐらいが理想だった。

 世の中はままならないものである。


 魔王の娘が唸っていると――

 金髪の女が、言う。



「じゃあ、私はこれで帰るけど」

「泊まっていかないのか!?」

「そうね。勇者を殺したのが人族側なら、わたしたち勇者と縁が深い者が不自然な動きをしたら、なにか気取られるかもしれないし」

「そ、そうか……うん、わかるぞ」

「……まあ難しいことは女神さんに教えてもらいなさい。勇者はあてにならないから」

「そうだな!」

「……頭が痛いわ」

「大丈夫か!?」

「…………いいの、気にしないで。本当に頭が痛いわけじゃないから」

「なるほど! わかるぞ! ケガとかしてなくても包帯巻いてみて心配されるのが嬉しいアレだな!」

「…………もうそれでいいわ」



 金髪の女が微笑む。

 それから、



「じゃあね、魔王の娘さん」

「うん! また来いよ! 金髪の女!」

「……金髪の女」

「金髪の女だろ!?」

「まあそうなんだけれど……なんかこう……いえ、まあ、いいわ。あなたたちを見てると姪っ子ができたような気分なんだけれど、その流れで『おばさん』とか呼ばれても嫌だし」

「おばさん?」

「忘れて」

「わかった!」

「……とにかく、またね。あなたたちの顔を見に来るから。あと――勇者と女神さんの様子も見に来るから。なにか女神さんが勇者に怪しい動きをしたら、私に教えてね」

「わかった! ……でも怪しい動きってなんだ?」

「……説明しようかと思ったけど、教育に悪そうだからやめておくわ。とにかく勇者はあの通り色々無頓着だから、来る者拒まなさすぎてこう……まあ、その、ええと、うん。またお話ししましょうね」

「わかった!」



 魔王の娘が元気よく言う。

 金髪の女は最後に微笑んで、「じゃあね」と言って炊事場を出て行く。


 魔族たちが「甘いものの人また来るだすよー」「またねー」「甘いものの人またねー」「甘いものの人、ありがとうございましたー」と元気よく見送っていた。

 なるほど、『金髪の女』じゃなくて『甘いものの人』と呼べばいいのか、と魔王の娘は認識した。



「今日は住人が増えませんでしたね」



 女神の声。

 魔王の娘はそちらを振り返る。



「……そういえば、甘いものの人は住まないんだな」

「そうですねえ。まあ、今までがちょっと異常なペースでしたから、こういう日もあるということで……あと二人増えるとグレードアップだそうなので、早めに二人増やして不安を払拭したい気持ちもありますが」

「ぐれーどあっぷ?」

「まあ、はい。神の言葉です。お気になさらず」

「わかった!」

「……素直ですね」



 女神が魔王の娘の頭をなでる。

 魔王の娘はされるがままになりながら、テーブルの上にある袋へと手を伸ばした――そこには甘いものの人が置いていったキャンディが、まだ入っているのだ。

 しかし――



「数に限りがありますから、あんまり食べ過ぎない方がいいですよ」



 ヒョイッ、と女神がキャンディの入った革袋を持ち上げる。

 魔王の娘は目を丸くする。



「なんで!? いいじゃん! また甘いものの人来るよ!」

「でも次にいつ来るかはわかりませんし……今日だけでなくなるよりも、毎日食べられた方がよくないですか?」

「う、うーん……そう言われればそうかも……でももっと食べたい!」

「でも、今日我慢したら、明日食べるキャンディはもっとおいしいかもしれませんよ?」

「そうなのか!?」

「さて、どうでしょう? 試してみませんか?」

「わかった! 試す!」

「では、これは私があずかりますね。よろしいですか、みなさん」

「勝手に食べたら駄目だぞ!」

「勝手に食べたりはしませんので、ご安心を」

「じゃあ、わたしはいいと思う! みんなはどうだ!?」



 魔族たちが「それでいいだす」「太るのもやだしいいわよー」「ボクもいいよ」「魔王さまの仰せのままに」と同意した。

 女神が微笑む。



「では、おあずかりしますね。もうしばらくしたら夕飯にしましょう。みなさんそれまでお腹を空かせておいてください」



 その言葉を皮切りに、魔族たちが立ち上がる。

 魔王の娘も、影武者と部屋で『魔王と勇者ごっこ』をするために立ち上がる。


 そんな感じでこの日は暮れていく。

 たまにはこういう、誰も家に増えない日があっても、いいだろう――

 そんなふうに、女神は思った。







 翌朝。

 誰よりも早起きした女神は炊事場に入った。


 今日はなんにも増えていない平和な日のはずだ。

 まあ視界に入ったテーブルがいきなり十二人掛けに拡張されていたり、炊事場がやっぱり広くなっていたりしたので、平和かどうかは意見が分かれるところではあるけれど。


 ともあれ住人は増えていない。

 だからメニューも増えていない。


 ……そう思っていたのに。

 コンロとシンクのあいだに昨日まではなかった物体が存在した。

 ちなみに昨日までは『コンロとシンクのあいだ』なる空間もなかったはずなのだが……


 ともあれ――増えた物体は、またしても見慣れないものだった。

 透明な横長のケースだ。

 ケースの内部にはトレイがある。そのトレイは三段になっており、内部は赤々とした温かみのある光で照らされていた。


 これ、どこかで見たことある。

 そう、たしか、ええと、なんと言ったか……



「コンビニで、フランクフルトとか置いてある……什器(じゅうき)?」



 そんなような名前だったはず。

 しかし中身はない。不思議だ。


 女神は首をひねりつつ、什器の前で指を振る。

 すると指の軌跡に光がはしり、そこに神界の文字がつむがれた。



「……ええと『信者が増えて女神の力が強くなったので、カレーとBUTA-DONがメニューに追加されました』……あ、本当だ」



 什器に目を奪われていたが、コンロ自体も拡張されており、さらに鍋が二つ増えていた。

 もう鍋が増えた程度では気にも留めなくなった自分が、少しだけ怖い。



「……『住人が十人になったので、メニューがグレードアップしました。これからはGYU-DON屋だけではなく、あなたはコンビニホットスナックも司る女神になります』……」



 住人が十人。

 女神は指折り数えていく――自分、勇者、魔王の娘、牧場長、マンドラゴラ屋、漁師、剣の精、影武者……

 どう数えても八人だ。


 昨日来た甘いものの人を入れたとしたって、九人しかいない。

 漁師の飼っている子リヴァイアサンを入れるのかもしれないが、それが今さら『増えた』扱いされることはないだろう。

 つまり一人か二人、知らないところで増えたということで……?



「……えっ、なにそれ怖い」



 増えたのは誰なのか。

 こっそり侵入していた人がいたという事実を思わぬタイミングで知らされ、女神は一人、恐怖に震えたのだった。

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