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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
七章 キャンディと甘いものの人
25/68

25話

 カルビ。

 そう言われたところで今まで食べていたものとどう違いがあるのか、勇者にはイメージが湧かなかった。

 なにせ肉である。

 肉は肉であり、うまい。部位がどこだろうと、うまい。それでいいではないかと勇者は思っていたのだ。


 しかし目の前のコレはなんだ。

 勇者はどんぶりの上に乗った『カルビ』をフォークに刺し、顔の前に掲げた。


 まずは、薄い。

 そして、焦げている。

 刺した感触もなんだか頼りないもので――刺した、というよりも、最初から空いていた穴に入れた、という感じの、感触もなにもない、隙間をただ通したようなものであった。


 勇者はこれまで食べた『肉』を回想する。

 ハンバーグのジューシーさ。

 厚切り『みのたん』の豪勢な、あの歯ごたえ。

『みのたん』は薄切りだって、充分な存在感があった。

 そしてなにより、毎日食べていて、それでもなお飽きないGYU-DONの、あの煮込まれてトロトロになった肉の味――


 思い返すだけでよだれがこぼれそうな、いずれ劣らぬ『肉』たち。

 ……その思い出があるせいだろうか、今食卓に並ぶカルビに、少々ガッカリな感じを抱かざるを得なかった。



「お好みでキムチなどを乗せてもいいと思いますが、まずは『カルビのタレ』だけでお召し上がりください」



 女神は言う。

 ならばそうしよう、と勇者は思った。

 女神はいつだって食事の正しい味わい方を教えてくれたのだ。今回もきっと正しいだろうと勇者は女神を信じたのだ。


 それに――肉だ。

 今までが少し豪勢すぎて、すっかり感覚が狂ってしまったきらいもあるが、薄くても、焦げていても、肉が食えるというのは素晴らしいことだ。


 贅沢に慣れかけている。

 いけない、と勇者は己を戒めて、まずはフォークに刺したカルビを一枚、口に入れ――

 己の愚かさを知ることとなる。


 カリッ。

 カルビを口に入れ、上下の歯を合わせれば、そんな音が響いた。

 肉の音ではない――これは、そう、TEMPURAの衣などに近い音だ。


 咀嚼する。

 やはり食感はカリカリとしている。いや、それだけではない――むしろ、カリッとした食感はカルビという素材自体のものではなく、『よく焼いた薄切り肉』共通のものだ。

 カルビ本体はどちらかと言えば柔らかい。歯ごたえと呼べるものはとぼしいが、噛んでも噛んでも噛み切れず、またしみ出すうまみはほのかに甘くて――


 勇者がそんな風にカルビを味わっている時だった。

 事件が起きる。

 ――口内で、カルビが消えたのだ。



「……!?」



 探す。舌で探す。歯で探す。

 しかし、カルビはない。飲み込んだつもりもなかったのに、噛みしめるうちに口の中から消失していた。


 いったい自分の口内でなにが起きているのか?

 まさか――口に入れたのに、誰かに盗られた?

 勇者は二枚目のカルビをフォークに突き刺した。


 警戒しながら、二枚目のカルビを口に入れて――

 カルビ消失事件の犯人を知ることとなる。


 咀嚼する。焦げた部分はカリッとしていて、カルビ肉特有の食感は柔らかい。

 煮込んだ肉にも通じる柔らかさに焼いただけで仕上げているのは、驚嘆にあたいする。

 そう、この柔らかさなのだ――カルビは他の肉と比べ、脂が多い。

 その脂が『甘いうまさ』の要因であり――

 口内密室カルビ消失事件の犯人だった。


 溶けるのだ。

 噛んでいるうちに、熱で溶け去るのだ。この甘い脂が!

 なんという大事件だろうか。カルビを消した犯人は他でもないカルビの脂だったのだ。


 迷宮入りしかけた事件が解決して安堵を覚えたのもつかの間、勇者はさらなる大事件を目前にしていることに気付く。

 今日のメニューは『牛カルビ丼』である。

 まだ、勇者はご飯とカルビを合わせて食べていない。


 そして――勇者は『GYU-DON』や『みのたん』ですでに知っていた。

 脂とご飯は、とてもよく合う。


 これから、カルビとご飯を同時に食べる――

 なんということだ。どういう顔をすればいいのかわからない。

 先ほどまで馬鹿にしていたとさえ言えるカルビの意外なうまさを知って、それとご飯を合わせたら絶対うまいことがわかってしまって、申し訳ないような、恥ずかしいような、そんな気持ちになる。


 カルビでご飯を巻く。

 フォークを突き刺す。


 よく焼けたカルビの熱。『巻く』という簡素な動きでさえしみ出す濃厚な肉の脂。タレが室内照明の光を受けてきらめき――美しさに目を奪われる。

 どうしよう。

 どうしよう、コレ――絶対うまいやつだ。


 先ほどまで『薄くてコゲてる。ちょっといつもより質の落ちた肉だな』とか思っていた自分を殴りたい気分になった。

 いや、殴ろう。

 カルビで巻いたご飯を食べて、おいしかったら殴ろう。


 そう思って勇者は大きく口を開け、カルビご飯を食べた。

 そして、己を殴った。



「勇者様!? なにしてるんですか!?」



 女神のおどろく声は、どこか遠い。

 勇者はもうカルビのとりこだった。

 カルビしか見えないし、カルビの声しか聞こえない。


 うまい。うますぎる。柔らかな肉の歯ごたえとモチモチのご飯の食感。しみ出す脂はご飯と絡み合い、そこにタレの優しい塩気とコクのある甘みが来る。

 噛めば噛むほどうまいというものは今までも経験してきたが、これはすさまじい。

 カルビ一枚でどんぶり一杯いけるのではないか――そんな風にすら思えるほどの、どれだけ噛んでも尽きない肉の、脂のうまみ。


 ああ――カルビさん、ごめんなさい。

 そして、これからもよろしく。



「……うますぎて反省した」



 勇者は力なく笑う。

 カルビとの出会いは、自分を見つめ直すいい契機となっただろう。贅沢しすぎて感覚が狂っていた。どんな食事にも最大限の感謝を抱こうという初心を思い返す。


 忘れかけた無垢な心を思い起こさせてくれる――

 カルビはひょっとしたら昔憧れた年上の女性みたいなものなのかもしれない。



「え、ええと……よくわかりませんけど、今日はどうされます?」



 女神が苦笑しつつ言う。

 朝の定番となりつつある質問だ。

 勇者は少し考えてから、



「カルビを食べてたらTEMPURAを思い出した。またTEMPURA食いたい」

「……ああ、そのお……非常に申し上げにくいのですが……」

「なんだ?」

「小麦粉が昨日、尽きました。TEMPURAもお好み焼きも、もう作れません」



 愕然とする。

 TEMPURAやお好み焼きを、もう食べられない?

 そんな残酷な現実があっていいのか?



「なんとかならないのか?」

「うーん……たぶん私の方でどうにかすることは、難しいかと……もともと小麦粉は無理を言って仕入れたものですし。ああ、でも、この世界でパンを作る時などに使う粉が用意できれば作れますよ」

「……困る。心当たりはある。でも、それは人族の街だ」

「あんまり顔出さない方がよさそうですよね」

「魔族はなんかないのか、そういうの」



 勇者は魔王の娘へ問いかける。

 魔王の娘は「うま、うま」と言いながらフォークを左手に食事をしていたが――



「ごめん、話聞いてなかった。なに?」

「小麦粉的なのがほしい。なにかないか?」

「……わたしも魔族全部を把握してるわけじゃないからなあ……あ、でも、王都の方に粉物を扱ってる店があったから、そこなら小麦粉的なアレの手がかりぐらいはあるかも」

「王都?」

「魔族の王都な」

「……人族の王都よりは近いな」

「お、行くのか? わたしも行くぞ!」

「なんでだ?」

「えっ、なんでって、勇者が行くんだろ!? ならわたしも連れてってよ!」

「危ないかもしれないぞ」

「大丈夫! 勇者がわたしを守るから!」

「そうか。なら大丈夫だな」



 それでいいのだろうか――とそばで聞いていた女神&魔族は疑問を抱いた。

 しかし勇者と魔王の娘とは、なにか余人には計り知れない絆みたいなものがあるようで、あの二人のあいだに詳しい理由の掘り下げとかは必要ないらしかった。



「じゃあ、俺と魔王の娘で、魔族の王都に行ってくる」



 今日の行動はそのように決定したらしい。

 女神としては異を唱える立場にはなかったが、それでも、一言。



「充分に気をつけてくださいね。勇者様でしたら大丈夫だとは思いますが……まだ人族がとどまっている可能性は高いですし」

「なるべく見つからないようにがんばる。こっちは頼んだ」

「はい。あなたの家は私が守ります――ですが、そちらも、本当に、しつこいようですが、お気をつけて。なにせ魔王の娘さんもいますので。単独行動よりも下手をうちそうですし……」

「そうだな。気をつける」



 という感じで、勇者の魔族の王都行きが決まった。

 魔王の娘が「なんかわたし、すごいお荷物みたいに扱われてない!?」と嘆いていた。

 逆になぜそういう扱いを不思議がるのか、周囲のみんなは不思議に思った。

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