23話
「……なんか、大変申し訳ない勘違いをしてしまったようで……ごめんなさい」
「それよりお前もここに住め。毎日うまいもの食えるぞ」
そういうわけで住人が増えて――
女神は、勇者からある相談を受けていた。
「なんかうまいものないか?」
すさまじくザックリした相談に、女神は苦笑する。
炊事場だ――魔族たちは影武者を部屋に案内したり風呂に沈めたりしているので、ここにはいない。
剣の精さえいない二人きりの炊事場。
なぜか女神は冷蔵庫の横で勇者に壁ドンされていた。
女神は横目で勇者のたくましい腕を見ながら、
「いえ、あの、まあ、心当たりは色々ないでもありませんが……なぜ急に壁ドンを」
「壁ドン?」
「その、まあ、はい……いえ、なんでこんな、周囲から隠すように私に質問を?」
「うん。そういえば歓迎会をやってないなと思ったんだ」
「歓迎会ですか?」
「そうだ。俺の育った孤児院は貧乏だったけど、新しい子供が一定数たまると歓迎会をやったんだ。新しく来た連中に隠してこっそり、なにか楽しいことやったり、おいしいもの用意したりした。だから俺もそういうのやりたいなって、そう思う」
「そ、そうなんですか……」
「だから女神以外には内緒で、こっそりみんなの歓迎会やりたい。でも俺はそういうの考えるの苦手だ。だから女神の知恵を借りたい」
「はあ、なるほど……」
「やっぱりうまいもの食べたいな。でも、それだけじゃなくって、なんかみんなで盛り上がれるようなのがいい。なんかないか?」
「なんかないかと言われましても……」
ノーヒントで急には思いつかない。
女神の仕事だって基本的には受け身であり、自分からなにかを発案するというよりは、人々の行動や偶然起こる事件に合わせて加護を授けたり預言を与えたりするぐらいなのだ。
イベントを起こすのはむしろ神の対存在の役割だろう。
魔族が運命と呼ぶアレである――よって急に言われても女神は発案できないのだが……
勇者が思いついたように言う。
「そういえばハンバーグは楽しかったな」
「ああ、なるほど。そういえば、そうでしたね」
「うん、だからな、子供でも調理に参加できて、うまいものがいいと思うんだ」
「そういう方向性ですか……ええと、今あるのは……炊いた白米、牛肉とタマネギの煮込み、紅ショウガ、生卵、半熟卵、サラダ……の、内容がキャベツ、トマト、コーン、キュウリ……みそ汁、お新香、キムチ、豆腐、とろろ……あとは調味料が各種……こうして列挙するとかなり増えましたね」
「いい生活だ。女神ありがとう」
「い、いえ……」
どうにも壁に追い詰められるとドキドキしてしまう。
女神はつい勇者から目を逸らした。
すると――
シンクのそばに置いてある、とある物が目に入る。
「……小麦粉も、まだ余ってましたね」
「そうだな。なんかできそうか?」
女神はとあるメニューを思いついていた。
しかし――そのためには二つほど、クリアしなければならない問題がある。
一つは調理器具だ。
これはお金を出せば手に入るだろう。
しかし、今まで買ったものに比べればちょっと高いという問題があった――まあ、それでもみんなの幸福のためならば大した問題ではない。
だから本当の難関は調味料の用意である。
基本的に、調味料は無限湧きする。
とりたてて紹介しなかったが、塩、コショウ、しょうゆ、ドレッシングあたりもまた、無限に用意できるのである。あと地味にサラダ油もあった。
商売で使ったらすごいことになりそうだ。
まあたぶんそんなことしようとしたら、神界から『勇者様の願いは毎日腹いっぱい食べることで、儲けることじゃないですよね?』とか言われて使用差し止め喰らうだろうけれど……
それはともかく――なにが言いたいかといえば、無限湧き調味料はみな、GYU-DON屋にあるようなものばかりなのである。
そのカテゴリが絶対なのか、ゆるいのか、女神にはわからない。
だが、これから用意しようとしているものは、絶対にGYU-DON屋にはないので、許可が下りるかどうか不安だった。
買えばいいじゃん――と事情を知らない人なら言うかもしれないが、通販でも食べ物の購入は基本NGだし、色々と制限が多いのだ、女神という立場も。
まあサラダ油があるので大丈夫だと思うが、ある意味で、必要な調味料を仕入れることができるかは女神の手腕にかかっているのだ。
だから不安もあったが……
「……やりましょう。私にお任せください」
「そうか。ありがとう」
「いえ、勇者様の幸福のためですから」
ちょうど聞きたいこともあったし――
女神は、担当者との交渉を決めた。
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結論から言えば、調味料を得るための交渉は成功した。
通販で調理器具を購入もしたし、それがきちんと使用できることもわかったし、問題はほとんどないと言える。
ただ――メニューが増えるメカニズムについては「うん、ああ、まあ、その……それより軟水と硬水の違いについて話しませんか?」とあからさまに話題を逸らされた。
むしろそれ以上メニューが増えるメカニズムについて聞かれないために、新しい調味料の申請を通されたという様子でさえあった。
いったいどうなっているのだろう……
女神は自分が暮らす家になにか怖ろしいものを感じる。
ともあれ作れることがわかった女神は、魔族たちにあるお願いをした。
それは、「各自集められる材料を集められるだけ集めてください」というものだった。
そういう経緯により、炊事場には今、様々な物が集まっていた。
ミノ肉、マンドラゴラ、そして魚介各種。
現在はそれら材料を勇者が魔剣(聖剣)で手頃な大きさに切っているところである――彼がいると材料を切る用の調理器具は一切必要ないなと女神は思った。
「今日は特にごちそうだな」
ミノの腹肉を手頃なサイズにカットしつつ、勇者は言う。
女神はテーブル席に着いて新たに用意した調理器具――ホットプレートの取り扱い説明書を読みながら応じた。
「そうですね。なにかお祝いめいた、楽しいメニューをと思いまして」
「なにするんだ? こんなに切ってどれから使うんだ?」
「まあ、てきとうに」
「……うまくなるのか、それで?」
「なりますよ。だって――お好み焼きですからね」
「お好み焼き?」
「はい。お好みで、焼くから、お好み焼きです」
ホットプレートを試しに温めながら、言う。
テーブルの上には新しい調味料――ソースとマヨネーズが透明な容器の中で、出番を待っていた。




