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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
一章 GYU-DONと勇者と女神と魔王の娘
2/68

2話

「つまりここは死後の世界か?」



 彼は問いかける。

 女神はにこりと笑った。



「死後の世界では、ありません。あなたが暮らしていた、魔王の倒された、平和な世界です。あなたは死ぬ前と姿も声も力も、なにも変わらぬまま、ただ蘇生してここにいます」

「……じゃあ、ここは?」

「大陸の果て、旧魔王領と呼ばれるところです。王都からは離れた方がいいかと思い、ここに運びましたが、ご不満があれば都会の近くに移動もできます」

「そうか。……俺は死んだと、みんなは思ってるのか?」

「つい先日、葬儀が執り行われたようです。死体は見つかっていないでしょうけれど。だってあなたは生きて、ここにいますからね」

「……そうか」



 不満は特になかった。

 死んだことになっているのならば、姿を隠す方がいいだろう。


 王都付近には彼が育った孤児院もあるし、そこには仕送りもしていたが――

 無駄遣いをしない限りは、相当過ごせるほどの金は、すでに送っているはずだ。

 今さら顔を出すこともないだろう。……いらない混乱のもとだ。

 だって――



「……俺はきっと、仲間の誰かに殺されたんだろうな」



 状況を冷静に思い返せば、そうとしか思えない。考えなくたって、それ以外ない。

 理由もなんとなくわかる。

 国の偉い人によく思われていなかったのを知っているから、たぶんその関係だろう。

 だからその自分が孤児院に顔を出すのは迷惑になるだろうと、そう感じた。



「犯人を見つけたりはなさらないのですか?」

「いい。そういう難しい戦いは嫌いだ」

「難しい戦い?」

「ああ。たぶんなんか、偉い人の立場とか、そういうのがからんだ戦いだ。政治的な? 首謀者が誰で、黒幕が誰で、どんな影響で……とか考えたらキリがない。それに俺はとことんしかやれない。殲滅できない敵と戦うのは苦手だ。最終的に全人類が敵だったら報復もやるけど、目の前の相手が敵かどうか、いちいち考えながら戦ってられないし」

「……そ、そうですか……不器用なんですね……?」

「魔王退治だって難しいことは全然考えなかった。前に進んで、邪魔者を倒してただけだ。それしかできない」

「はあ……」

「そんなんだから裏切られたんだと思う。いい勉強になった。次に活かせるかは知らないけど、少なくとも都会でやっていけなさそうだっていうのはわかった。俺は人里離れたところでのんびり生きる。お前の土地選びは正しい。ありがとう」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「食うのにも困らないんだろ?」

「……それなのですが」



 女神が顔をうつむける。

 彼は悲しそうな顔をする。



「お腹が空くのは嫌だな……」

「いえ、お腹が空くということは、ないと思います」

「そうか。ならいい。俺は食べるのが好きだ。ひもじいのが嫌いだ」

「しかし――GYU-DONしかないんです」

「は?」

「いえ、だいたいの人は神の加護を得ていまして、それで私の担当があなただったわけで、魔王を倒したあかつきには、担当の神が魔王を倒した者――勇者の願いを叶えると、そういうことになっていたわけなのですが……」

「難しい」

「えええ……え、ええと、まあ、とにかく、私はあなたを幸せにする担当なんです」

「そうか。ありがとう」

「い、いえ、どういたしまして……それでですね、神にもそれぞれ、能力みたいなものがあるのです」

「そうか」

「は、はい……それでですね、私の能力で『いつまでもお腹いっぱい』用意できるのは、このGYU-DONという異世界料理だけだったんです」

「でも俺、GYU-DON好きだ」

「そ、そうですか……それはあの、用意したかいがあるのですが……」

「うん」

「ずっとこれだけっていうのは、飽きませんか?」



 勇者は考える。

 そして、結論した。



「飽きると思う」

「で、ですよねえ……」

「他はないのか?」

「ええと……あ、GYU-DONというのはですね、『牛肉とタマネギの煮込み』と『紅ショウガ』と炊いた『白米』を合わせて作るものなんですよ」

「ふむ」

「だからですね、ここから『牛肉とタマネギの煮込み』を抜いて、『紅ショウガ』と『白米』を合わせて『紅ショウガおにぎり』というバリエーションの出し方もできますが……」

「…………他には?」

「……『白米』を抜いて『牛皿』とか……」

「他には?」

「『牛肉とタマネギの煮込み』から『牛肉とタマネギ』を抜いて、汁……とか……?」

「……他には?」

「『白米』……」

「そうか」

「……あはは」

「いっぱいあるな。女神はやはりすごい」

「いえ! 冷静に数えてくださいよ!? いっぱいはないですよ!?」

「だって今、GYU-DONの他に四つぐらいメニューを言わなかったか?」

「いえ、合計五つだってそれは『いっぱい』とは言わないと思うのですが!」

「しかも水も飲める」

「水なんてレパートリーに含めないでくださいよ!」

「しかし冒険中は水も満足に飲めない状況があった。メニューは『干し肉』『豆』『干し肉と豆』『干し肉を戻した水と豆』『戻さない干し肉と豆』ぐらいだ」

「メニューの数で並ばれているんですが……」

「…………本当だ」

「今気付いたんですか」

「しかし干し肉と豆よりうまいから大丈夫だ。俺はGYU-DON好きだぞ」

「……」



 女神は微妙な顔をした。

 彼は首をかしげる。



「女神の料理好きだぞ?」

「……それは嬉しいのですが……あの、私が作ったわけじゃないんですよ」

「そうなのか?」

「この寸胴鍋は『無限に牛肉とタマネギの煮込みが出てくる鍋』なのです。それで、あちらの羽釜は『無限に炊きたて白米が出てくる羽釜』でして、あちらの壺は『無限に紅ショウガが出る壺』なのです」

「無限?」

「無限です。私が作らなくても、味付けまですんだ料理が、無限に、腐ることもなく」

「でも女神からは料理のにおいがした」

「それはその……適切な盛りつけ方を練習していたからで」

「女神はなにか作れないのか? 料理」

「…………」

「………………」

「……紅ショウガとご飯を混ぜるぐらいならできますよ!」

「そうか。期待してる」

「期待しないでください」



 女神は肩を落とした。

 彼は首をかしげる。

 なんだろう、先ほどまで感じていた神々しさが、会話をするごとに減じていく。



「親しみやすい女神だな」

「…………追い打ちですか?」

「褒めてる」

「そ、そうですか……あの、なんだか見守っていた時はわからなかったのですが……」

「?」

「勇者様、ちょっと変わった方ですよね?」

「そうらしい。仲間にそう言われた記憶がある」



 そんな会話をしていた時だった。

 ピンポーン、ピンポーン。

 という音が屋内に響く。



「おや、誰か侵入してきたようですね」



 女神が言った。

 どうやら今の音は侵入者を報せる音――つまり、鳴子のようだ。



「このへんに人はいるのか?」

「いえ、いないはずですが……」

「つまり侵入者は人じゃないのか?」

「そうかもしれません……この家のドアは、センサー式の自動ドアなので、人じゃなくても開けることができますし」

「なんでそんな防犯意識の低いドアにしたんだ?」

「GYU-DON屋といえば自動ドアなので」

「そうか」

「……あの、『そうか』以外になにかないんですか?」

「俺の疑問に、女神は答えた。これ以上なにか必要か?」

「……い、いえ」

「ああ、そうか、なるほど。疑問はあった」

「そうですか。『そもそもGYU-DON屋ってなんだよ』とか『GYU-DON屋が自動ドアだからってここまで自動ドアにすることないだろ』とかそういう疑問ですね?」

「いや、俺の剣は?」

「剣?」

「侵入者が来た。人じゃない。じゃあ倒す。そのためには剣が必要だ。でも俺は俺の剣がどこか知らない。だから知ってるかもしれない女神に聞いた。なにか不思議か?」

「……いえ、なにも不思議じゃないですね」

「だろう。剣は?」

「えっと……」

「わかった。いい。素手で対応する」

「できるんですか」

「竜の群れまでなら素手でいける」

「……そうでしたね」



 女神はそれ以上なにも言いたくないようだった。

 彼は拳を握り、ドアの方を見る。

 食事もあり、寝起きということもあり、すっかり気配察知が遅れてしまったが――侵入者は建物の中に入ってから、真っ直ぐに彼と女神のいる場所を目指しているようだった。


 しばし、沈黙。

 そして――


 ガチャリ。

 炊事場のドアが開かれる。


 彼は一瞬でドアまでの距離を詰めて、振りかぶった拳を振り抜こうとし――

 ピタリ、と止めた。


 だって、入って来た生き物が、予想と違ったのだ。

 それは頭があって手足がある二足歩行の生き物だった。


 真っ白い肌に、真っ黒い髪。

 髪はぼさぼさで長く、着ているのはもとが何色だったかもわからないほどすり切れ、汚れた衣服だ。

 その生き物――まだ幼い少年、あるいは少女は、真っ赤な瞳で炊事場の奥、鍋の方を見て、



「…………おなか、すいた…………」



 その言葉を最後に、バタン、と倒れた。

 彼と女神は顔を見合わせた。

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