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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
五章 ハンバーグと剣の精
19/68

19話

 厳密に言えばこれから作る物はハンバーグではない――というか、これから作る物を邪道だと扱う人は絶対にいるだろうなと女神は考えている。

 まあそもそも魔剣……もとい、聖剣で肉を挽肉(ミンチ)にする時点で邪道というか邪法という感じなのだけれども。


 とにもかくにも、ハンバーグの作り方はそう難しいものではない。

 レシピはGYU-DONのある世界だと、『挽肉』『タマネギ』『パン粉』『卵』そして味をととのえるための調味料と、ソースの材料という具合だ。

 挽肉は合い挽き肉を使うのが家庭においては一般的のようだ。


 この時点でもうわかるだろう。

 タマネギとパン粉がない。


 なので、タマネギはGYU-DONに用いる『牛肉とタマネギの煮込み』のものを汁気を切って使用するし、パン粉の代わりに小麦粉をツナギに使う。

 これは絶対、味に影響が出る。

 早いところ製粉所かパン職人あたりと(そんな役職が魔族に存在するか女神は知らないが)わたりをつけたいなと女神は思う。


 ともあれまずはミンチ作りだ。

 勇者宅の炊事場――

 今ここにいるのは、勇者と女神だけだ。

 牧場長はミノの世話(飼料作りだけでありミノには対面しない)でいない。

 マンドラゴラ屋はもちろんマンドラゴラの世話であり、漁師は海で魚をとっていることだろう。

 魔王の娘はまだ寝てる。


 女神はシンクから少し離れたあたりで、実作業を監督していた。

 本日の料理人は勇者である。

 その手には聖剣が、剣の状態で握られている。

 まっとうに包丁を使うのであれば女神が料理にチャレンジしてみてもいいのだが、今回の調理は聖剣で行われるのだ。


 聖剣でハンバーグ作り。

 なんだろう、過去にいた勇者たちに聞かれたらものすごい勢いで怒られそうである――その勇者たちを加護していた神たちは、今ごろ怒り狂っているかもしれない。


 だが神の怒りが怖くて神はつとまらない。

 すべては人の幸福のため――

 女神はこちらを『やっていいのか?』という感じで振り返る勇者に、こくりとうなずいた。


 その瞬間、まな板の上にあったはずのミノ肉ブロック(スネ、肩など)が宙を舞い――

 ズババババババッ!

 一瞬のうちに何度もの斬撃音がして――

 まな板の上に落ちるころには、ミンチが完成していた。



「次は?」



 勇者が振り返り、問いかけてくる。

 女神は固まっていた。


 こんなに早くミンチが完成するものとは、まったく想定していいなかったのである。

 見事な包丁技と言えばいいのか、人外の剣技と言えばいいのか。


 ともかく固まってもいられない――挽肉は劣化が早いのだ。一瞬の間が命取りである。

 女神は精霊魔法でよく冷やし続けている金属製のボウルを勇者に渡す。



「ここに挽肉を入れてください。そのあとで卵、小麦粉、汁気を切って冷ましておいたタマネギをきざんだもの、塩コショウなどを私が入れていきますので」

「大丈夫なのか? その、女神……料理は苦手じゃないのか?」

「……まあ、別に味覚が狂っているわけではないですから、味付け程度なら……それに強い味方もいますし」

「誰だ?」

「料理を司る神が運営しているサイトがありまして、そこを参照しながら作るのです」

「なるほど。ちなみに女神はなにを司っているんだ?」

「私はGYU-DONと独り身の男女の守護神です。……最近はGYU-DONと家族の守護神が誰彼かまわずGYU-DON無料券を配り歩くので信仰を取られ気味ですが……」

「そうか。神も大変だな」

「そうなんですよ。だいたい、独り身の守護神より家族の守護神の方が信者増えるに決まってるじゃないですか。だって家族は一人信者にすれば最低もう一人はついてくるのに、独り身は一人信者にしたらその一人で終わりですよ? 勝てるわけあるかって感じですよね」

「……よくわからないが、俺はどうしたらいいんだ?」

「ああ、すいません。挽肉を混ぜてください。よく粘るまで」

「わかった」



 このぐらい女神がやっても大丈夫な気もしたのだが――

 女神は料理をする男性の後ろ姿が好きだった。

 このためにエプロンまで購入して、勇者に身につけさせているのだ。


 もちろんこのエプロンも女神の自腹だ。

 なんだか最近の自分の収支を見ていると、子持ち男性に貢いでいるような気分になる。



「あ、あんまり早くかき混ぜないでくださいね! 摩擦熱で味が劣化しますから!」

「おっと」



 どうやら慌てて注意して正解だったらしい――肉をミンチにしたのと同じ手際で混ぜられたら、今日の夕ご飯がハンバーグではなく挽肉を熱したなにかになってしまうところだった。

 いちおうボウルは精霊魔法で冷やしているが、勇者の腕力に対抗しきれるとも思えない。


 女神の監督のもと、勇者は慎重に挽肉を混ぜていく。

 どのあたりが一番慎重かといえば、腕力でボウルを変形させないよう気をつけているあたりだろうか……

 人類最強だと料理をするにも他者より苦労が多そうだった。


 そんな勇者の後ろ姿をながめて――

 女神はふと、つぶやく。



「そういえば、こうしていると昔を思い出しますね」

「俺は思い出さない」

「……まあ、そうかもしれませんね。でも、昔も、こうしてあなたの後ろから、ずっとあなたを見守っていたのですよ」

「そうなのか」

「はい。あなたの守護は私の役割でしたから――まあ、ぶっちゃければ、あなたは勇者になると誰にも思われていなかったので、私みたいな格の高くない女神がついてしまったわけなのですけれど……」

「そうなのか」

「はい。代々勇者は使命を帯びて生まれるものですから、生まれた時には勇者候補かそうでないかだいたい決まっているんですよ。あなたは本当にダークホースっていうか、そもそもレースに参加していなかったというか……『あり得ない』っていう感じだったんです」

「そうなのか」

「そんな子がここまで立派に育ってくれて、私はもう、おどろくやら、嬉しいやら……」

「……母親みたいなこと言うな」

「まあ似たようなものかもしれません。ただ母扱いは傷つくので、姉扱いでお願いします」

「なんでだ?」

「母扱いというのはその、年齢が」

「女神は若いのか?」

「その話題は金輪際なしでお願いしますね」

「……その話題?」

「年齢の話題です」

「そうか。わかった」



 勇者は黙った。

 自分から話題を振ったような感じなのに、黙らせてしまって、女神は反省する。


 グチョグチョ、ヌチャヌチャという肉を混ぜる音だけが響く沈黙がおとずれ――

 女神がボウルの中身をのぞきこむ。

 そして――



「……はい、もういいでしょう。あとはそうですね……成形するのはみんなが帰ってきてからにして、冷蔵庫に入れておきましょうか」

「入るのか?」

「ええ、がんばりましたから……」



 女神が死んだ目で言う。

 その『がんばり』の内容を勇者は知らないはずだが、「そ、そうか」と気圧されたようにうなずいた。



「じゃあ、あとはみんなが帰ってきてから――っていうか、なんで帰ってきてからなんだ? 先にやった方が手間がないと思うんだが」

「いえ、ほら、こういうのって、子供喜びませんか?」

「どういうのだ?」

「『あなたの食べるハンバーグ、好きなかたちにしていいですよ』って、そういうのです」



 女神が微笑む。

 勇者は少し考え――



「たしかに、そうだな」



 納得して、うなずいた。

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