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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
五章 ハンバーグと剣の精
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17話

「ぎゃあああああ!?」



 明朝の勇者宅にそのような悲鳴が響き渡った。

 このあられもない悲鳴の主は誰か――そんな物見高い理由ではなかろうが、この悲鳴により目を覚ました四人と一匹は、声の出所へと急いだ。


 広くない――しかしいつの間にか一人に一部屋ある不思議な家だ。

 廊下の幅だって狭く、部屋同士は隣接している。

 だから自然、悲鳴を聞き、その出所に集った全員は、廊下で顔を合わせることとなる。


 まずは勇者。いの一番に駆けつけたのは彼であった。

 その表情は寝起きだろうが寝る前だろうがあまり変わらない、どことなくぼんやりした面立ちである。

 大柄ではなく、小柄でもない。

 腕力はあるがそこまで筋肉質にも見えない。――印象に残るが特徴がないという、不思議な青年であった。


 次に漁師と、彼女に巻き付いた子リヴァイアサンのサンが部屋の前に来ていた。

 青い髪、顔の左右にエラ、そんな特徴の、物静かそうな顔立ちの魔族だ。

 その名の通り――というか運命に定められた役割の通り、漁師を生業とする彼女は、服装からなにから漁師感があふれている。

 ほとんど羽織りみたいな白い上着に、ふんどし。

 魔王領の海洋生物を体に巻き付けたその姿は、人族の漁師から『いや、普段からそんな格好してねーよ!』と言われること請け合いの、尻丸出しであった。


 三番目にたどりついたのは、マンドラゴラ屋であった。

 女神に『なんかJKっぽいJSって感じ』と表現される彼女は、ヘソが出たミニスカート姿で、誰よりも豊満な体つきをしていた。

 ただし身長は子供相応で、寝起きで着衣が乱れている姿には、妙に倒錯的な趣があった。


 最後は牧場主だ。

 赤い髪に、頭の左右には角が生えており、ボディラインは出るし露出度は高いという攻めた服装の彼女ではあるが、その実、気が弱い。

 だから到着も最後なのだろう――その髪で片目を隠した顔には、気弱そうな、ここまで来てなお悲鳴の発生源をたしかめるべきかやめるべきか、そういった迷いがうかがえた。


 全員が団子のように、悲鳴のあった部屋のドアの前で固まっている。

 勇者はドアを見ていた。

 魔族の少女たちは、勇者を見ていた。

 だから自分がドアを開けるべきだろうなと勇者は思った。


 しかし――不安もある。

 この部屋の主に『みだりに他の子の部屋に入ってはなりません』と注意をされているのだ。


 孤児院で育った勇者は、そもそも個人の部屋なんて与えられてこなかった。

 だからそのへんの感覚がよくわからないのだが――パーソナルスペースに侵入されるのを、普通の人は嫌がるらしいのだ。



「入ってもいいんだろうか」



 勇者はドアノブをつかんで固まる。

 彼は思うのだ――勝手に入って怒られるのはやだな、と。


 悲鳴にはもちろん切迫感があった。

 だが――孤児院育ちで、子供ばかりの環境で育った彼は、悲鳴とか、叫び声とかが、別に緊急時じゃなくてもあげられるものだと知っている。『なんか楽しそうなので叫ぶ』がありうるのだ。


 まあ部屋の主は大人だから『なんか楽しそう』はないにせよ――寝言じゃないか?

 いや、寝言だろう。

 勇者はもう考えるのが面倒になってきたので、そういうことにして自分の部屋に戻ろうかなとか考え始めていた。



「入っていいに決まってるじゃねえか! 悲鳴だすよ!?」



 しかし、牧場主が言う。

 なのでちょっと気は重かったが、勇者はドアノブをひねって、ドアを開け――



「女神、なんかあったか?」



 部屋の主に声をかけ――

 固まる。


 女神の部屋。

 そこで彼が見たものは――

 ベッドの上で宙に浮いた剣を真剣白羽取りする女神の姿であった――



「……女神、なにしてるんだ?」



 常識を確認しよう。

 まず――剣は宙に浮かない。


 誰かが魔法で浮かべるんでもない限り、それは絶対の物理法則である。

 だからこの状況を一見して誰もが最初に抱くべき感想は、『なんで女神は真剣白羽取りごっこをしてるんだろう、悲鳴まであげて』というものだった。

 しかし――



「ゆ、勇者様! 剣が! 剣が私を襲うんです! 放したらやられる!」



 状況は勇者たちが想像するよりずっと不可解であった。

 剣が襲う?

 剣を持った者が襲う、ならわかる。

 しかし剣が襲うというのは、はなはだ理解しがたい状況であった――だって剣は武器なのだ。武器は使い手がいない限り、勝手に動いたりしない。

 そんな剣があったら、それはもう、剣自体が意思を持っているということで――



「あ、俺の剣だ。持ち主選ぶぐらいの自意識あるし」

「『俺の剣だ』じゃないですよ!? あ、あの、私、必死なんです! 起きたらいきなり目の前に剣が浮いてて、襲ってくるし、とにかく、どうにかしてくださいませんか!?」

「うーん。でも俺もなあ、俺の剣が浮いて人を襲うなんて現象初めてで、どうしていいのか」

「とにかくなんか、お願いします!」

「うーん……聖剣、鞘に戻れ。ハウス」



 勇者がそんなことを述べた。

 すると、聖剣は女神のもとから離れ、開け放たれたドアをくぐり、どこかへ――たぶん鞘がある勇者の部屋へと、帰っていった。


 しばし、全員がポカンとする。

 それから女神が口を開いた。



「……なんですか今の現象は!?」

「俺も初めてだ。いや、戻らなかったらどうしようかと――」



 とか言っていると、再び聖剣が飛来し、戻ってくる。

 全員が一瞬固まり――



「また私を狙いに来たんですか!?」



 女神は謎の構えをとった。

 勇者は腕を組んで首をひねり、



「……あ、そうか。俺の聖剣はなにか斬らないと鞘に納まらないんだった」

「だからそれ絶対魔剣ですって!」

「いや、剣を抜くということは、なんか斬らなきゃいけない状況ってことで――」

「ちょっと、台所からマンドラゴラ持ってきますから! それ斬ってもらって……っていうか誰か持ってきてくださいよ! あの聖剣、切っ先をこっちに向けてくるんですが! 確実に私を狙ってますよね!?」

「聖剣、伏せ」



 勇者がそう言うと、聖剣は降りて、ぴたりと床にくっついた。

 どうやら勇者の言うことは素直に聞くらしい――不可能でない限り。



「マンドラゴラを! 誰か!」



 女神の必死の叫びを受けて、魔族たちがバタバタと炊事場に向かっていく。

 部屋には勇者、女神、聖剣の三者(?)が残されたかたちである。


 緊張感漂う――いや、勇者はぼんやりあくびしているし、女神は険しい表情で不思議な踊りを踊っているし、剣にいたっては傍目から見てただ床に落ちているだけという状態だし、緊張感はないかもしれないが――沈黙があった。


 ほどなくして魔族三人と一匹が戻ってくる。

 全員が両手に一つずつマンドラゴラを所持していた。

 なにかの怪しい儀式めいて見える光景である。



「ゆ、勇者様! マンドラゴラを斬って、聖剣を鞘に納めてください! そしてできたら勝手に抜けないようきつく縛って!」

「わかった」



 と、勇者がかがんで、聖剣を拾おうとした時だった。

 声が――耳慣れない声が、響く。



「ちょっとお! あたくしを封印するつもりなのお!?」



 それは幼く甲高い少女の声だった。

 たった一言――それだけで、高飛車さ、わがままさなどを感じさせる声。


 誰? という疑問をその場にいる全員が抱いた。

 その問いに答えるように――


 聖剣から、どす黒い煙がたちのぼる。

 絶対に魔剣だコレ、と勇者以外の全員が思いつつ見守る中、どす黒い煙が像を結び――

 先ほどまで聖剣のあった位置に、一人の少女が出現した。


 それはズタズタに破けた紫色のローブをまとった、気の強そうな女の子だった。

 ゆるくカールした紫の髪に、頭にはコウモリの羽根めいた飾りをつけている。

 そして、お尻からは、細長く、先端の鋭くとがった紫の尻尾が生えている。


 誰? という疑問は消えない。

 そんな中――ただ一人、勇者だけが、彼女の正体を言い当てる。



「お前、聖剣の精か?」

「ああん勇者様! わかるのね、あたくしのこと! これも愛の力――ということね!」



 剣の精がくねくねと体を揺らし――

 紫色の瞳で、鋭く女神を見て――



「誰か斬りたくて、出ちゃった」



 そんなことを、鼻にかかったような声で言った。

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