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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
四章 焼き魚定食と漁師
13/68

13話

 その香りを表現する言葉を、勇者は持たなかった。

 みそ汁――そう呼ばれる、木製の『お椀』に盛られたスープ料理だ。


 ただし勇者の知るスープ料理とは違っていた。

 なんといってもまず、具材が多い。

 茶色いスープには『ネギ』『ワカメ』などの緑色が浮かんでいた。


 勇者の知る『スープ料理』とは、『様々な具材でダシをとった具のない汁のみの高級食』であり、具の多いものは『ごった煮(シチュー)』などと呼ばれ、煮物に分類される。

 つまりこの料理は煮物とスープの中間と、そのように思えばいいのだろうか。


 だからこんな――複雑な香りがする、のだろうか?

 勇者はスプーンにみそ汁をすくう。

 それから、鼻に近付けた。


 ふわり、と広がる香りをなんと言おう。

 肉、とは全然違う。野菜、ともまた違う。魚、とも当然違うのだが――



「『カツオ節』と『コンブ』という、魚介系のダシに、『白みそ』を溶いたものですよ。ちなみに私は『赤みそ』が好きなんですが仕様なので」



 魚介系、らしい。

 勇者の中で『魚介』と言われると、同時に『生臭さ』という単語が連想される――魚を取り扱う店の臭いはひどいものだった。港町はそこまででもなかったが、やはり、臭い。

 そういったイメージがあるからか、魚介と言われてあまりいい気分にはならない。


 だというのに、この芳醇な香りはなんだ?

 嗅いでいるだけで安らぎ、体中に澄んだ力が充溢していくような――


 勇者はスプーンにすくったみそ汁を口にふくむ。

 だが、冷めていた。

 すくっておいていつまでも飲まなかったからだろう。

 スープ料理をふるまわれると、いつもこうだ。


 もう一度すくって、飲む。

 だが――なんだろう、香りはいいのだが、味が弱いというか、金属のスプーンに、味で負けているような気がする。



「勇者様、器に口をつけてすすってもいいんですよ」



 苦笑交じりで言われた。

 なるほど、このスープ料理はそういう食べ方をしてもいいものなのか。


 いつもスープを出されるたびに堅苦しい態度を強要されていた勇者は気が楽になる。

 とにかくスープをふるまう連中は『音を立てるな』『奥から手前に向けてすくえ』『器を持つな』とうるさかったのだ。


 そういうことなら遠慮なく――勇者は左手で器を持った。

 まずは器のぬくもりにおどろく。

 陶器ではありえない、柔らかな温度を手に感じることができた。

 陶器は美しいし、便利ではあるのだが、熱い物を入れれば熱くなりすぎ、少し置いておくと中身も器もすぐに冷める。

 ところが木製の椀は、熱い物の温度を手に触れる前に和らげてくれるし、これだけ断熱性が高いのならば、中身だって、そう簡単には冷めないだろう。


 いよいよ口に運ぶ段階だ。

 豪快にすする。音も気にしない。

 すると――この料理の真価がようやくわかった。


 まずは芳醇なダシの香り。

 これは、飲む前からわかっていたもののはずだったが、口いっぱいに入れることで、口から、鼻から、頭全体にいい風味が広がっていく。

 この安らぎ、思わず涙が出そうになるほどだ。


 味は――塩気を感じる。だが、塩にはない香ばしさみたいなものも、感じる。ダシから出した味ではないだろう。

 そうか、これが『みそ』なのだ。

 この『みそ』と『塩』の違いをなんと表現すればいいのか――勇者は考え、『深み』という言葉に思いいたる。


 それは今まで感じたことのない感覚だった。

 塩気に深み。ただのしょっぱさとは違い、色々なしょっぱさが、幾重にも幾重にも重なって、口の中で遊ばせれば、ゆったりとほどけていくような感覚。


 ダシの芳醇な香り、みその深みのある塩気、その二つはぶつかり合うことなく調和して、一つのうまみを演出していた。

 ああ、うまい――そう言おうとした勇者だったが、ここで今まで存在を忘れていたものがあったことに気付く。


 その出会いは偶然だった。

 もぐり、とスープ料理だというのに、深みのある味のせいで口が勝手に咀嚼した時――

 シャキッ。

 コリッ。

 そういう感触を、歯に感じたのだ。


 そうだ、このスープ料理は、勇者のよく知るスープ料理ではない。

 具が多いのだ。


 芳醇なダシの香り。深みのあるみその塩気。それに、具材の食感――

 勇者はよく噛み、飲み込んでから、こう述べた。



「楽しいスープだな」



 うまい、のは当然だ。

 そのうえで、飽きさせない工夫が凝らされていて、楽しい――勇者はそう感じたのだ。


 それは今までふるまわれてきた『スープ』に、堅苦しいとか面倒くさいとか、そういうイメージがあったせいかもしれないが……

 ともかく、勇者はみそ汁のことを好きになった。

 出会えてよかったと、そう思えたのだ。



「喜んでいただけて幸いです」



 女神は鍋のそばで微笑む。

 食卓に着く他の三人――魔王の娘、牧場長、マンドラゴラ屋にもおおむね好評のようだ。

 GYU-DON、サラダ、卵、みそ汁。

 隙のない布陣に援軍まで来て、もはや無敵という有様だった。



「これ以上なにか増えるのか?」



 さすがにもうないだろうと勇者は思った。

 だって、恵まれすぎている。

 今だって望んだらバチがあたるほど充実した食卓なのに、これ以上はもう、望むだけでも怖れ多い。

 しかし――女神は悩み、言う。



「そうですねえ、まだGYU-DON屋のメニューにあって、我が家にないものはあるので、同居人が増えればまだ増えると思いますよ」

「まだあるのか!? すごいな、GYU-DON屋!」

「まあ、なにが増えるのか、私ではわからないというのが情けない話なのですが……」

「そうか。でも、楽しみだ」

「はい。楽しんでいただけるならば幸いです。――ところで、今日のご予定は?」



 女神の問いかけに、勇者は周囲を見た。

 すると、まず魔王の娘が言う。



「特訓して強い魔王になるのだ」

「そうか」



 道のりは長く険しいが、がんばってほしいなと勇者は思った。

 次に牧場長を見れば――



「ミノどもにエサやんねえと」

「普段はなにを与えてるんだ?」

「ウチが調合した特殊な飼料だす。材料は秘密だす」

「まだあるのか?」

「あるだす。そんな難しいもん使ってねえから、ウチでも用意できるだす」

「そうか。お前がエサにならないよう気をつけろよ」

「……あとで一緒に行ってほしいんだすが」

「わかった」



 彼女が一人でミノの世話をできる日も、まだ遠いだろう。

 おいしいミノ肉のためにも手伝うことに異存はない。


 次に勇者はマンドラゴラ屋を見た。

 彼女は身長のわりに大きな胸を乗せるように腕を組み、



「アタシはマンドラゴラの世話したりするから、日中はずっと土の中ね」

「埋まる必要はあるのか?」

「必要だから埋まるの?」

「そうか」



 よくわからないが、そういう種族と言っていたことを思いだした。

 まあ、彼女は他二人と違って、目を離しても大丈夫だろうと勇者は判断する。


 ともあれ、予定が出そろった。

 勇者は女神に報告する。



「俺の予定は牧場長とミノの世話だ」



 そうですか、と女神は言う。

 しかし――



「ちょっと待てい! わたしは!? わたしの特訓は!?」

「お前の特訓難しい。まずは体力つけてくれ」

「体力なくても強くなりたい!」

「難しい」

「なんかないのか!? 持つだけで強くなれる剣とか……あ、そうだ! 勇者の剣使わせてよ」

「うーん、それは難しい」

「まあ重そうだけど……」

「違う。あれは聖剣だから、素人が扱うのは難しい。そもそも選ばれてないと抜けない」

「……そういえば勇者は聖剣に選ばれるとかいう話を聞いたことがあるな」

「そうだ。あの剣は俺を選んだ」

「ちなみに聖剣っていうのはどんな効果があるんだ?」

「折れない。よく斬れる」

「他には?」

「抜くとなにかを斬るまで鞘に納められない」

「それ本当に聖剣なのか!?」



 周囲のみんなも「魔剣だ……魔剣だ……」とザワザワした。

 しかし持ち主は不思議そうに首をかしげた。



「聖剣だぞ?」

「いや、だって、抜くとなにかを斬るまで鞘に納められないって、それ、危ないだろ?」

「剣を抜く時はなにかを斬る時だぞ? 剣を抜くことがそもそも、危ないことだ。別に聖剣だろうがなんだろうが、刃物を抜く状況は危険に決まってる」

「うーん……そう、なのかなあ?」

「逆になにかを斬らないタイミングで剣を抜くなら、それはどういうタイミングだ?」

「……たしかに、どういうタイミングなのかわからないけど……」



 納得できないという空気だった。

 勇者はよくわかっていなかった。



「ともかく、ミノ肉のところに行く。魔王の娘は……うーん……体力をつけてくれ。今のままじゃ俺には難しい」

「……体力ってどうつけたらいいんだ? ごろごろしてるだけでつくか?」

「うーん……あ、昔の仲間によると、泳ぐと体力つくらしいぞ。港町出身のヤツがそんなこと言ってた気がする」

「そいつは体力あったのか?」

「俺と比べて?」



 のんびり暮らしていると忘れそうになるが、彼は人類最強である。

 その人と比べては誰でも体力ないだろう――そんな判断が魔王の娘の中であったのかもしれない。



「……お前の他の仲間と比べて」

「………………体力比べみたいなことをしたことがないからわからない。あ、でも、そいつは結構長く生き残ってたぞ」

「そうか……じゃあ、まあ、他に思いつかないし、泳ぐかあ……たしかもうちょっと東に行けば海があるはずだし」



 魔王の娘がそうつぶやく中――

 女神は直感した。


 この脆弱な魔王の娘を一人で海へ行かせる?

 そんなことしたら、海に着く前にそのへんの水たまりで溺死するだろう。



「勇者様」

「なんだ女神」

「今日はみんなで海に行きませんか?」

「ミノ肉が迷宮で俺を待ってる」

「いえ、その、世話が終わったらというか……暇を見つけてというか……とにかく、魔王の娘さんを一人で海に行かせるのは危ないです。保護者がいないと」

「そうか。そうだな。よし、じゃあ海行くぞ」



 かくして本日のスケジュールは確定した。

 なので、女神は言う。



「じゃあ、みなさんの『MIZUGI』を用意しますね」

「『MIZUGI』?」



 勇者が首をかしげる。

 そういえば、この世界にはMIZUGIというものがないのである。


 泳ぐ時は裸か、着衣のままなのが通例だし――そもそも、女神の知るMIZUGIみたいな素材の布が存在しないのである。

 だから、女神はあえて詳細を語らなかった。

 その方がわくわくしてもらえるかなと、そう思ったのだ。

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