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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
三章 TEMPURAとマンドラゴラ屋
12/68

12話

 約束の時刻――

 勇者は台車をひいて、マンドラゴラ屋のもとへ向かったようだった。


 彼の足ならばそうかからずに戻ってくるだろう。

 そのあいだに、女神はどうにか担当者を口説き落として、あるものの仕入れに成功した。


 それは、ともすれば現在の食生活を激変させる、反則級の品だった。

 応用範囲は卵の比ではない。


 勇者の隠居専用宅にはすでに調味料がある程度存在してはいるが、『その品』を『調味料である』と認めさせるのは、かなりの根気と機転を必要とした。

 それだけ危険な品なのである。


 女神が交渉の疲れからテーブルに着いて、しばし両腕を伸ばしたり、肩をほぐしたりしていると――

 テーブルの上に、光の渦が出現した。

 渦からはかすかに声が聞こえる。


 ――よ。

 ――迷える子よ。

 ――神の声が聞こえますか?

 ――聞こえるならば……を、するのです……

 ――印鑑かサインを、ここに……


 ヒラリ、と一枚の紙が光の渦から落ちてくる。

 女神はそこに人差し指でサインをした。

 めがみ。


 その紙を光の渦へと返す。

 すると、また、声が聞こえてきた。


 ――よ。

 ――迷える子よ。

 ――注文の品はこちらです……

 ――またのご利用をお待ちしています……


 光の渦が、ひときわ強く輝く。

 そして――ドサドサドサ! とテーブルの上に紙袋が落ちてきた。


 乱暴なせいで、紙袋がわずかに破れる。

 見えたのは、真っ白い粉だった。


 これは危険な白い粉なのである。

 その名を――『小麦粉』。


 小麦粉の中にも強力粉、薄力粉、中力粉というものがあるが、今回仕入れたのは薄力粉である。

 卵と薄力粉。

 そして、野菜。

 女神はマンドラゴラを素揚げにするつもりはなかった。

 もうひと手間加えるつもりだったのだ。



「……それにしても乱暴でしたね……次は別の会社に運んでもらおう……」



 袋が破れた小麦粉を一緒に頼んだ容器に入れつつ、女神は愚痴る。

 大事な小麦粉なのだ。

 なにせ、『さすがにこれを調味料とは認められない』という相手側と、『いやトロミ付けに使う調味料だ』という女神側とのあいだをとって、『三キロ限定で使っていい』という制限をつけられてしまったのだから。


 三キロ。

 それはずいぶんな重さにも思えるが、勇者や魔王の娘などの食欲を考えれば、ずいぶんこころもとない量である。

 下手したら今日中に使い切るかもしれない。

 ……まあ、この世界でも同じようなものは手に入るのだけれど、今は製粉してくれるところと伝手がないので、貴重なことに変わりはないだろう。


 そんなことを考えていると――

 ピンポーン、ピンポーン。

 誰かが家に入ってきた音が響いた。

 勇者とマンドラゴラ屋だろう。


 女神は小麦粉を入れた透明な容器をシンクそばに置いてから、お出迎えの準備をする。

 そして――言ってみるつもりだった。

『TEMPURAを作ってみませんか』と。

 ……ちなみに調理は、マンドラゴラ屋か、牧場長にやってもらうつもりだった。







 TEMPURA――

 その料理を勇者は知らなかったが、調理に使う品々を見て、どんなものかは想像がついた。


 勇者以外も同様なのだろう。

『ひと手間加えた素揚げ』――そういう認識だ。


 まあひと手間加わったら素揚げとは言わないのだろうが、もとからマンドラゴラは素揚げにして食べる予定だったから、さほど変わりはない。

 だから、まず、勇者たちは完成品の見た目におどろくことになる。



「……なんかすごいな」



 勇者の漏らした感想は、それだけだ。

 しかし胸中にはもっと複雑な思いが渦巻いている。


 炊事場。

 六人掛けのテーブル。

 そこには四人が座っていて、そのメンバーは勇者、魔王の娘、牧場長――そして女神だ。


 マンドラゴラ屋はTEMPURA作りをやらされていた。

 最初は女神が監督していたのだが、数個作った段階で教えることがなくなったらしく、今では勇者とともにTEMPURAの完成を待っていた。

 そして待ちに待ったものは、『なんだこれ』と思うような仕上がりで提供された。


 テーブルの上の大皿に盛られたマンドラゴラのTEMPURA。

 全員の視線が集まり、視線からうかがえる感情は、戸惑いが大勢を占めていた。


 だって――素揚げと違いすぎる。

 普通、野菜でもなんでも、油で揚げれば、色が鮮やかになり、その見た目でも楽しませてくれるものだった。


 ところが目の前のこれはどうだ。黄色いような、白いような、よくわからない膜がマンドラゴラを覆ってしまっている。

 みずみずしかったり、鮮やかだったり、そういう感じはない。

 よく知らない、無気味な感じばかりが漂っていた。


 作らされたマンドラゴラ屋も、納得いっていないらしい。

 それでも女神の隣に座りながら、マンドラゴラ屋は言う。



「まあ、アタシの育てたマンドラゴラは、よっぽどのことしない限りおいしいから」



 それは精一杯のフォロー、あるいは自分の育てたものに対する信頼なのだろう。

 つまり――調理法の正解を担保するものではない。


 勇者は不安になり女神を見た。

 女神はにこりと微笑む。



「塩か、しょうゆをつけて召し上がってください。本当は『TEN-TSUYU』があればよかったのですが……」



 ……ともあれ、今日も一日遊んで空腹だ。

 誰かが先陣を切らねば、誰も食べ始めないだろう。


 先陣を切るならば、それは自分の役割だ、と勇者は思った。

 だから――大皿に乗ったマンドラゴラのTEMPURAに、フォークを伸ばす。


 突き刺す。

 サクッ、という手応えがあった。


 勇者ははたと動きを止める。

 たしかに揚げれば野菜は香ばしく、そして歯ごたえがよくなる。

 しかし、今の『サクッ』という軽い感じは、ただ揚げただけとは違うような……


 もっとしっかり突き刺せば、マンドラゴラの感触がわかる。

 かたちとしては馬上槍の穂先のような、円錐形だ。

 大きさはさほどでもない。片手に乗る程度であり、土の上に出た大きな葉っぱを取り除いて、揚げたり、焼いたり、あるいは生でいただく――らしい。

 勇者はこれが初マンドラゴラだ。


 そして――初TEMPURAだ。

 女神に言われた通り、てもとに用意された塩を振って、思い切って一口でいただく。


 瞬間、口の中で弾ける。

 熱い、熱い、熱い、口の中でその熱いものを転がす。歯が触れる。するとどうだ――噛んでもいないのに、少し強く押しつけただけで、マンドラゴラを包んでいた膜がサクリと弾けるのだ。


 その音が楽しい。

 口が熱に慣れてきたら、咀嚼を開始する。


 ザクッ、ザクッ、と膜より強い歯ごたえ。同時に、あふれ出すものがあった。

 まさか肉汁? そう思いかけたが、舌に乗ればまったく違うものであることがわかる。


 これは今朝、サラダでも感じた『野菜そのもののうまみ』だ。

 それが、肉のもののように濃厚に感じられる。

 なんという濃さだろうか。甘さはもちろん、鼻に抜けるような辛ささえ伴っていた。その二つの組み合わせの、なんとさわやかなことか。



「味は大根と人参のいいとこどりですね。甘くて、辛くて、ジューシーで、おいしいです」



 女神が言う。

 大根、人参がどんなものか勇者は知らないが――これがマンドラゴラ。魔族はこんなにおいしい野菜を食べていたのか。


 そう思って、魔族たちを見た。

 彼女たちはおどろいた顔をしていた。

 特に、マンドラゴラ屋が、ジッとTEMPURAを見ているのが印象的だ。



「……揚げてるのに、こんなに水分が抜けないものなの?」



 どうやら、普段彼女たちが食べているマンドラゴラともまた違うらしい。

 その違いを出しているのは、やはりこの、黄色いような、白いような、膜だろう。



「卵と小麦粉と水と、少量の塩を混ぜて『TEMPURA粉』を作りました。それをまとわせてから揚げることで、このように『衣』ができて、水分やうまみを閉じ込めてくれるんです」



 女神は言う。

 なるほど――『衣』。

 たしかにこれは膜というより、薄く、軽い、羽衣のような感じだ。



「……最初によくわかんない白い液体につけさせられた時は、アタシのマンドラゴラになんて仕打ちをするんだと思ったけど……いいわね」

「でしょう? 素揚げというのも、それはそれでおいしいのですが、お野菜はやっぱり衣がほしいなって思いまして」

「衣、衣かあ……いいじゃない、衣。ただの頭のおかしな女じゃなかったのね、アンタ。勉強になったわ、ありがとう」

「……女神なんです……本当に……」



 女神が力なく笑う。

 その光景を尻目に、勇者はTEMPURAをほおばる。


 ああ――幸せだ。

 このTEMPURAというものは、本当にいくらでも入ってしまう――

 今までGYU-DONや『みのたん』の時も思ったことだが、今回は少々、違う。


 GYU-DONや『みのたん』は、あくまでも勇者の中で『食事』のカテゴリに分類されるものだった。

 だから『いくらでも入る』と言っても、それは食事時限定であり、一日中食べ続けろと言われたら、ちょっと難しい。


 しかし、このTEMPURAはどうだ。

 暇な時そのへんに用意されていたら、ついサクサク食べて止まらなくなるのではないか?

 軽い歯ごたえと、ほどよい野菜の甘みのお陰で、そんなふうにさえ、思ってしまう。



「……うまいなあ、これも」



 勇者は満足げにつぶやく。

 マンドラゴラ屋が身長のわりには大きな胸をはる。



「そりゃそうでしょ。アタシたちが一生懸命育てた野菜だもの」

「……そうか」

「…………ま、アタシはね、農業なんかやりたくない、『マンドラゴラを育てる』『魔王に従う』『砦を守って人に倒される』なんていう使命が嫌なら、そもそもマンドラゴラを育てなきゃいいって、そういうことを、思ってたんだけど……」

「……」

「それって、勝ってないのよね。逃げてるだけ。……戦い抜いたパパとママを見て、そう思って――気付いたら、農場に戻ってたわ」

「……そうか」

「やっぱり一番、あそこの土が落ち着くのよね」

「土?」

「アタシたち、日中は土の中にいる種族だから」

「そうか」

「……これからも食べてくれる? アタシの、マンドラゴラ」

「ああ。食べたい」

「そっか。……やっぱり食べる人がいないのに作物を育てるのは、悲しいもんね」

「両親がいないなら、ここで暮らすか?」

「……」

「畑は、この家で寝泊まりして、見に行けばいい。それに――この家は食うものならいっぱいあるぞ。腹いっぱいで、幸せだ。だから、どうだ?」

「……魔王さまとミノ屋もここで暮らすことにしたんだっけ?」

「そうだ」

「それは――どういうつもり?」

「どういうことだ?」

「……勇者が魔王を世話するのはどういうつもりなのかって、聞いてんのよ」

「別にどういうつもりもない。こいつが俺に育てろって言うから、そうすることにした。それだけだ」

「なんも考えてないのね」

「そうだ」

「……じゃあ、お願いするわ。色々考えたけど、まあ、考えないで目の前にあることを一生懸命やる方が結果的にいいって――そういう場合も、あるわよね。……考えた結果、逃げるよりも、考えないで立ち向かう方が、いいものね」



 寂しそうな顔で、そう言った。

 勇者はわかってないような顔で首をかしげつつ、



「つまりどうするんだ?」

「お世話になるわ。よろしく」

「そうか。女神、そういうことらしい」



 勇者は言う。

 女神は笑顔でうなずいた。


 この共同生活の先がどうなるかは、わからないけれど――

 同じ食卓を囲む人が増えるのは、きっといいことのはずだから。







 翌朝。

 女神が炊事場であまりの小麦粉を前に利用方法を考えていると――

 ガコン、という音がした。


 音の方向を振り返る。

 そちらには、昨日増設された、サラダ製造器が存在したはずだ。


 まさかたった一日で故障なのか――

 不安に思いつつ見れば……


 ……なんか、サラダ製造器の横に、同じような物が増えている。

 今度はなにが増えたのかと思い、女神は炊事場の奥へ行く。


 今度増えたものは、ドリンクバーの機械にやはり似ているが、中が見えない。

 黒く細長い、箱形の物体で、下には『ここに器を置いてください』と言わんばかりのスペースが存在した。



「……今度はなんなんだろう」



 地味に炊事場の面積が広がっていることに恐怖を覚えながら、女神は新たに増えた設備の前で指を振る。

 すると、指の軌跡に光がはしり、神界の文字がつむぎだされる。



「えーっと……『信者が増えて女神の力が強くなったので、みそ汁がメニューに追加されました』……ようやく汁物かあ」



 卵、サラダ、みそ汁。

 結構いいペースで増えている気がしないでもない。


 まあ、しかし――

 みそ汁は最初からセットでほしかったなと思いつつ、欲望というものの限りなさに自分で震える女神であった。

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