11話
結論から言えば、魔王の娘は生きていた。
脆弱だが丈夫なようだ。
「マンドラゴラは抜く時耳栓しないと死ぬのよ! っていうか人んちの作物勝手に抜こうとしないでくんない!?」
勇者一行は、その少女の目の前に正座させられていた。
土に座らされているのだが、泥棒と教唆犯なので、順当な扱いと言えよう。
悪いことは、したのだ。
未遂だったけれど。
それをわかっているのだろう――勇者が、言う。
「ごめん」
この勇者、どんな時でも謝り方が軽い。
しかし表情は真剣そのものなので、単純に言葉選びがうまくないだけなのだろう。
白髪褐色肌の、活発そうな少女はため息をつく。
それから腕を組んで、身長のわりに大きな胸を持ち上げつつ――
「……アンタ、魔族じゃないわね。なに、アタシの畑に略奪に来たの?」
「いや、そうじゃない。野菜泥棒をさせようとしただけだ」
「略奪に来てるじゃない!」
「違う。野菜泥棒だ」
話がこじれる。
女神は勇者に「あの、ここは任せてください」と言って黙らせてから――
「すみません、これには深い……深い? 事情があるんです」
「……アンタも魔族じゃないわね」
「はい。私は女神です」
「女神ぃ?」
ものすごい不審なものを見る目を向けられた。
話を聞いてもらえそうもない。
牧場長が「あの、ウチが言うだす」と女神をいさめる。
そして口を開いた。
「マンドラゴラ屋、久しぶりだすな」
「ミノ屋じゃないの。どうしたの、アンタもこのへんまで逃げてきたわけ?」
「そうだす。ミノどもが心配で……んで、今は牧場のことを覚えていくかたわら、この人たちに世話になってるんだす」
「どういう経緯で人族と頭のおかしな自称女神の世話になるのよ」
「それは深い事情があるんだす……ともかく、この人たちは安全だす。ウチが保証するだす」
「……ふーん。まあ、ミノ屋が言うなら信じてやってもいいけど……で、この自称女神はともかくとして、こっちの男は?」
「勇者だす」
「敵じゃない!?」
「そうだす。でも今はこう、深い事情さあっで……」
「寝返ったの!?」
「そうじゃねえ、そうじゃねぐっで……」
「もう信じらんないわ!」
話が進まない。
会話をする――たったそれだけが目標なのに、こうまで進まないものなのかと、女神は笑うしかなかった。
もう誰も頼れる物がいない――
勇者、女神、牧場長がそう思った、その時だった。
がしり。
マンドラゴラ屋の足首をつかむ、白い手があった。
「ヒッ!? なに!?」
マンドラゴラ屋がおどろいて一歩下がる。
その動きに食い下がり、足首をつかみ続けた者こそ――土の上に転がされていた魔王の娘であった。
「ハッハッハ……ぐうえ……ぐえ……げほっ……我は魔王……魔王の娘で……ごほっ」
「ちょっと! 大丈夫!?」
お前のドロップキックのせいだよ、と女神は思った。
勇者は「お前のドロップキックのせいだ」と実際口に出して言った。
マンドラゴラ屋は地面にひざをついて、魔王の娘を抱える。
魔王の娘は、マンドラゴラ屋の腕の中でささやく。
「わたしは……わたしは……マンドラゴラを食べたくて……強く……強くなりたかった……」
「………………!? 魔王さま!?」
今気付いたらしい。
まあ、気付いていたらさすがに、地面に転がしておくとかいう雑な扱いは――どうだろう、牧場長を見ていると、なかったとは言えないなと女神は思った。
ともあれ、マンドラゴラ屋は話を聞く気になったようだ。
魔王の娘の言葉を黙って待っていた。
「マンドラゴラ屋よ……わたしは……強く、なりたかったのだ……足手まといで、父の魔力をいたずらに使わせてしまって……そのことを悔いて、強くなりたかった……」
「魔王さま……」
「だから、勇者にわたしを鍛えさせて……あと、この農場のマンドラゴラは……揚げると、おいしいから……食べたかった……」
「魔王さま……!」
「だから、野菜泥棒をしようとして……それで……ごほっ、ごほっ!」
「魔王さま!」
「素揚げで……塩とかつけて、そういう……そういう…………とにかく、勇者は、味方で……分けて、食べ物……」
「魔王さまあああ!?」
ガクリ、と魔王の娘が意識を失った。
マンドラゴラ屋は魔王の娘を抱きしめる。
それから――
マンドラゴラ屋が、勇者に向き直る。
その目には魔王の娘の壮絶な最期のせいだろう、涙が浮かんでいた(生きているけど)。
「……マンドラゴラを分けるわ」
決意の宿った瞳で言う。
勇者はうなずく。
「そうか。ありがとう」
「事情はほんと、まったくわかんないけど……とにかく魔王さまの遺言だもの。従わないわけにはいかないじゃない」
「死因はお前のドロップキックだぞ」
どう見ても生きているのだが、話は魔王の娘が死んだ前提で進んでいた。
女神は無粋な突っこみをしないよう、固く口を結ぶ。
「とにかく――そういうことだから、ほんと、事情は全然わかんないんだけど、これからマンドラゴラを抜く作業に入るわ。邪魔だからアンタたちどっか行ってなさい。さもないと死ぬわよ」
「死ぬのか」
「農業は命懸けなのよ。甘く見ないでちょうだい。畑に入っていいのは、死んでもいい覚悟のある者だけなの」
「農業ってすごいな」
「人族の方はどうなのよ」
「生活はかかってるけど命は懸かってないと思う。生活がかかってるからある意味命懸けだとは思うけど」
「そう……抜く時に死ぬ可能性がないだなんて、人族の野菜はきっと新鮮じゃないのね。いいわ、なんの縁で勇者にアタシのマンドラゴラを振る舞うことになったかはわからないけど、アタシが『生きた野菜』というものを食べさせてあげるわ」
「そうか。楽しみだ」
「……ああ、もう、ほんと、馬鹿みたいね。なんでこんなに、マンドラゴラに熱くなってるのかしら。……あんだけ農業なんて嫌だったのに」
「そうなのか」
「……そうね。でも……ま、今はそんなに嫌いじゃないわ。誇りもある。だから、畑から出ていきなさい。ここはアタシの場所よ」
「わかった」
勇者が魔王の娘を抱えつつ立ち上がる。
その勇者に、マンドラゴラ屋が声をかけた。
「しばらく……そうね、日が暮れ始めたら、台車かなにかを持ってここに来なさい」
「わかった」
会話をしてから、畑に背を向ける。
かくして本日の夕食は決まり――
女神はふとひらめく。
うまくすれば、アレが用意できるんじゃないか、と。