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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
三章 TEMPURAとマンドラゴラ屋
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10話

 朝に出発して――昼だ。

 これは魔王の娘が方向音痴のせいで時間がかかったというようなことはなく、単純に家からマンドラゴラ農場まではそこそこ遠かったのだった。


 そもそも今回道案内を担当したのは、魔王の娘ではない。

 牧場長だ。



「魔王さまに道案内させるわけにはいかねえだす。時間がもったいねえだす」



 ということらしい。

 魔王の娘にそんな些事をさせるわけにはいかない――というような意味ではなく、魔王の娘に任せておいたら手間が増えるから自分が、という思惑のようだった。


 いまいち奉られていない。

 まあ、そもそも牧場長が魔王の娘より立場が下っぽく振る舞っているのは『そういう役割だから』というだけであり――

 魔王の娘自身が王たるカリスマ性を発揮したことは今まで一度もないので、あんまり忠誠が見られないのも仕方ないことなのだろう。


 これが人族ならば『あ、不敬罪なんで首持ってきますねー』となるところだが、魔王の娘は寛容だ。

 というか、反応できない。

 歩き疲れて勇者に背負われているから。



「……よく魔王城からここまで逃げてくることができましたね」



 女神はあきれていいのか、感心していいのかわからなかった。

 ともあれ――目的のマンドラゴラ農場にたどり着く。


 そこは木製の柵で囲われた、広大な土地だった。

 規則正しく畝が並び、等間隔で巨大な双葉が並んでいる。


 あれが――マンドラゴラだろうか?

 女神も勇者も、魔族側の食糧事情をあまり知らないので、わからない。



「ああ、あれだすな。よがっだだす、まだしおれてねえみてえで」



 勇者の横で、牧場長が安堵したように言う。

 どうやら彼女は、農作物にもそこそこ詳しいようだった。

 頼りになる。


 一方で頼りにならない魔王の娘は――目的地に着いたのに、ぐったりしたままだ。

 勇者が軽くゆすりながら、言う。



「着いたぞ。これから農作物盗んでダッシュするんだろ?」

「…………少し休ませて…………」

「お前は家を出てほんの少ししか歩いてないぞ。そんなんでよく魔王城からここまで来ることができたな」

「父が転送してくれたのだ……とりあえず大陸の端まで……」

「なるほど」

「……そう、父が運命に勝てなかったのは、わたしを転送するために莫大な魔力を使ったからだからな……お前には負けてないぞ……」

「そうか」

「………………やる。降ろしてくれ」

「わかった」



 勇者が地面に膝をつき、魔王の娘を降ろした。

 魔王の娘はよたよたと――まるで全力疾走直後のお年寄りみたいに頼りない足取りでマンドラゴラ畑の方向へ歩いて行く。


 その歩みの遅さたるや、マジ半端ない。

 足を引きずるような歩調。ふらふらと体は揺れて、ささいなでっぱりに足をとられて転ぶ。


 今まで長い距離を全力疾走でもしたのだろうか?

 あるいは三日三晩戦い続けたのだろうか?

 そんな様子だったが――合計百歩も歩いていない。


 とにかく体力がない。

 見ていて悲しくなるぐらい脆弱な生き物がそこにはいた。


 しかし――それでも彼女は、歩き続ける。

 木製の柵の中へ入り、畝を越え、目指すはマンドラゴラ。


 盗むために。

 野菜泥棒をして逃げるために――向かうのだ。


 その目的は決して褒められるものではないだろう。

 評価されない。

 理解もきっと、されない。

 それでも――足を引きずり、転んで、土にまみれ、でも起き上がり、一心にマンドラゴラを目指す姿には、なぜか胸を打つものがあった。


 がんばれ、と誰かがつぶやく。

 最初のつぶやきが誰のものだったかは、わからない。

 もう意味もないだろう。

 気付けばみんなが、口々に「がんばれ」と魔王の娘を応援していた。


 がんばれ、がんばれ。

 もう少しだ。

 もう少しで――スタート地点だ。


 マンドラゴラにたどり着いたら、それを引き抜いて、仮想農家の人からダッシュして逃げるというのが、これから行われる修行の内容である。

 だから魔王の娘が今、必死で目指しているのは、スタート地点にすぎない。


 でも――女神は思うのだ。

 もう、ゴールでいいんじゃないか?


 あれだけの努力をして、あれだけボロボロになりながら目指す先がスタート地点だなんて、そんなむごい仕打ちをしなくたって、いいんじゃないか?

 世界はそんなに、ひどい場所なのか?


 いや、たとえ世界がひどい場所だとしたって――

 ここは、幸福な場所で、いいんじゃないか?


 女神は両手を顔の前で組み、魔王の娘を見つめる。

 それは祈るようなしぐさだった。


 女神が、祈る。

 どうか彼女の行く末に幸あらんことを――


 願いが通じたかどうかは、わからない。

 けれど、何度かの転倒のすえ、魔王の娘はようやく、マンドラゴラまでたどりつく。



「……わたし、やったよ」



 魔王の娘は言った。

 こちらを振り返った彼女は儚い笑みを浮かべている。


 やった。

 冷静に考えればまだなんにもしていないのだが、もう、やったことにしていいだろう。


 魔王の娘はマンドラゴラに向き直る。

 そして、その白い葉っぱへと手を伸ばし――



「こら! そこのマンドラゴラ泥棒!」



 ズボォ!

 そんな音を立てて、近くの地面から誰かが飛び出してきて――

 そこからの光景は、ストップモーションのようだった。


 誰か――土から生えてきた、ヘソ出しミニスカートの幼げな少女が、魔王の娘へ向けて走って行く。

 土から生えた子の肉体が躍動する。

 彼女の体型は背の低さのわりに出るところが出ていて、褐色肌とあいまって走る姿はかなり健康美にあふれていた。


 ウェーブした白い髪がなびく。

 その髪の主は、まっすぐに魔王の娘へと走って――


 跳んだ。

 躍動する肉体。なびく髪。彼女自身がまるで一本の矢になったかのように、魔王の娘へ足から突撃していき――

 そのまま、ドロップキックで魔王の娘をぶっ飛ばした。



「ま、魔王さまァァァァァ!?」



 牧場長が叫ぶ。

 魔王はごろごろ転がっていく。

 その魔王の娘を指さし、土から生えてきた褐色肌の少女は、言った。



「ちょっとアンタ! 人んちのマンドラゴラ勝手に抜こうとするんじゃないわよ! 死んだらどうすんの!?」



 魔王の娘は動かない。

 死んだな、と誰かがつぶやいた。

 女神もそう思った。

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