お見合いに失敗した伯爵令嬢は、同じく今日もお見合いに失敗した幼なじみの侯爵令息とお茶会という名の反省会を開く
『今日もお見合いに失敗した侯爵令息は幼なじみの伯爵令嬢の所へ愚痴を言いに行く』の続編です。
前作を見てからの方がより楽しめると思います。
色とりどりの花が咲き乱れる伯爵家の庭園。
その一角に用意されたお茶会の席で、いつもの如くお見合いに失敗した幼なじみの侯爵令息ジェードの愚痴を聞いてあげていた伯爵令嬢ルチルが、こう切り出した。
「実は、私も先日お見合いをしましたの」
「お見合い!? ルチルが?」
「はい。それぞれ別の日に3人の方とお会いしました」
それは、まさに青天の霹靂であった。
ジェードにとって、5歳年下のルチルは可愛い妹のような存在だ。
それは、ルチルが18歳になった今でも変わらない。
「そうか。ルチルもお見合いなんてする年頃になったのか」なんて、年頃の娘を持つ父親のような心境になりながら、ジェードが感慨に耽る。
「それで、お見合いはどうだったんだ?」
しっかり者のルチルなら自分と違い、首尾良く結果を出してきたのだろうとジェードが問えば、ルチルは顔を曇らせてゆっくりと首を横に振る。
「それが……。聞いていただけますか?」
深い深いため息をついたルチルが、いつになく深刻な表情で3人の男とのお見合い話を静かに語り出した。
◇ ◇ ◇
1人目のお見合い相手は、一言でいうと『マザコン』だったらしい。
しかも、頭に『究極の』がつく本物のマザコンだったとか。
普通、お見合いをする時は、まず親も交えて会話の席を設ける。
そしてしばらくしたら、親は席を外すなどして、当人同士2人きりになる場を作るというのが一般的だ。
しかし、お見合い相手は、ルチルが何を聞いても一言も発せず、代わりに彼の横に座った母親が全て受け答えしていたそうだ。
その段階で、ルチルの気持ちは「氷点下(摂氏0℃)まで冷めていた」らしい。
その後、当人同士で庭園の散策をして来るよう促されたそうだが、予想通りというべきか、当然のように相手の母親も付いて来て、ルチルがお見合い相手に話し掛けても、答えるのは彼の母親という始末。
しかも、正式に婚約が決まったわけでもないのに、嫁の心得について高説する母親の言葉に、満面の笑顔でうんうんと頷くお見合い相手。
その段階でルチルの気持ちは「絶対零度(摂氏マイナス273℃)まで冷め切った」らしい。
「これでジェード様より2つも年上というのですから、救いようがありませんわ」
ティーカップを手に取りながら、ルチルが吐き出す。
「そんなに母親がお好きなら、お見合いなんてせず、一生母子2人だけで寄り添い合って生きれば宜しいのに」
ルチルの辛辣な言葉に、ジェードも深く頷いた。
◇ ◇ ◇
2人目のお見合い相手は、一言でいうと『ナルシスト』だったらしい。
ルチル曰わく「あの程度なら掃いて捨てるほどいる」容姿をした相手の男は、お見合いの席でなんと5分おきに自分の姿を手鏡でチェックしていたとか。
話す内容も、自分が如何に美しく優れているかという一点のみで、ルチルがどんな話題を振っても、それは変わらなかった。
「以前ジェード様のことを『お前はどこのナルキッソスだ!』と罵倒したことがありましたけど、訂正致します。本物の自惚れ屋というのは、ああいう方のことをいうのですね」
確かにジェードは、自分の知性や教養、容姿や能力について、絶大な自信を持っている。
しかし、それは確かな努力に裏打ちされた物であることも、ルチルは知っている。
次期侯爵として、ジェードがどれほど日頃から研鑽を積んできたかも。
「あのような方と同列に扱うような発言をして、本当に申し訳ございませんでした」
ぺこりと頭を下げたルチルをジェードが笑って許す。
ちなみに『本物の自惚れ屋』とのお見合いは「そんなにご自分がお好きなら、姿見とご結婚したら如何ですか?」と、ルチルが絶対零度の微笑みを浮かべて終了したとか。
◇ ◇ ◇
3人目のお見合い相手はルチルによると「第一印象はかなり良かった」らしい。
まずまずの容姿に、人好きのする笑顔。
ルチルを気遣う優しさや楽しい話術。
3人目にしてルチルは、初めてお見合い相手との結婚生活を想像することができたとか。
しかし、そんな甘い夢は早々に消え失せることになる。
お見合いは、相手の邸の応接室で行ったらしいが、事件は親が退出して当人同士だけで会話を楽しんでいた時に起こった。
お茶を運んで来た若いメイドは、どうやら新人だったようで、緊張からかルチルの前に置いたお茶を少し零してしまったらしい。
零したとはいっても、ソーサーを少し汚した程度のものだったが、メイドの顔が一瞬で青ざめる。
それに気付いたルチルが「気にしないで」と声を掛けようとした時、応接室に怒声が響き渡った。
その後も、可哀想なくらい萎縮してペコペコと頭を下げるメイドをひたすら怒鳴り散らすお見合い相手。
そんな光景を延々と見せつけられて、さすがに気分が悪くなったルチルだったが、それでも他人の邸の習慣だからと口を出さずに我慢をしていたらしい。
しかし、メイドに手を上げようとした所でルチルの我慢は限界を超えた。
「粗相した使用人を咎めるのは、主人として当然のことだと思います。だけど、叱ることと怒鳴ることは全くの別物です。これでは萎縮して、ますます失敗してしまいますわ」
怒気を含んだ声で、ルチルがお見合い相手を諌める。
そもそも、使用人の失敗は主人の責任だ。
それを棚に上げてメイドを一方的に責めるのは、お門違いも甚だしい。
しかも今回の失敗は、大切なお見合いの席へのお茶出しに新人メイドを使った主人の采配ミスに因るところが大きい。
それなのに、暴力まで振るおうとするなんて、器の程度が知れるという物だ。
少なくともルチルは、同じ貴族の子息であるジェードが使用人に対して声を荒げている所を見たことは一度もない。
勿論、使用人が何か失敗をしたら叱るし、必要なら何らかの罰を与えることもあるが、頭から怒鳴りつけたり、ましてや暴力を振るうなんてことは絶対にしない。
もし、ジェードがお見合い相手の立場だったとしたら、まず己の力量不足を恥じて、ルチルに謝罪をしていただろう。
しかし、お見合い相手は「自分のことは棚に上げて、メイドを一方的に責めるその根性が気に入らない」と言い切ったルチルにまで暴力を振るおうとして、傍に控えていた使用人達に慌てて止められたらしい。
それを聞いたジェードは、脳内の社会的に抹殺する奴リストのトップにそいつの名前をそっと書き込んでおいた。
◇ ◇ ◇
「お見合いって、難しいものなんですね」
3人のお見合い相手の事を語り終わったルチルが、盛大なため息を吐く。
「これまで、ジェード様に散々偉そうな事を言ってきましたが考えを改めます。申し訳ありませんでした」
「いや。気にするな。それよりもお見合いの事で何か分からない事があれば、何でも俺に訊くといい。なんせ、俺はお見合いを18回もこなしたベテランだからな」
「……お見合い回数の多さは自慢になりませんよ? それだけ失敗しているという事なんですから」
「うっ……」
情け容赦ないルチルの正論に、さすがの自信家ジェードも言葉に詰まる。
「でも、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますね」
ルチルが今日のお茶会で初めて微笑む。
それを見て、ジェードの頬も緩む。
それが合図でもあったかのように、柔らかな光が射す伯爵家の庭園を、爽やかな風が優しく通り過ぎていった。
そして、2人の穏やかなお茶会が再開する。
「実は3日後、またお見合いがあるんです」
「奇遇だな。俺は4日後だ」
「それでは今度こそ、お互い上手くいくように祈りましょう。乾杯!」
「乾杯!」
こうして、乾杯を交わした2人が再び伯爵家の庭園でお茶会という名の反省会を開いたのは、それから僅か5日後の事であった。
(完)
今回ジェードの残念っぷりは鳴りを潜めていますが、代わりにルチルの男運の無さが明らかに(笑)
反省会を開く2人を見て、伯爵家の使用人達はこう思っている事でしょう。
「お前らもう結婚しろよっ」と。
最後まで閲覧いただき、ありがとうございました!