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雨の檻  作者: 藤堂かのこ
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3

 目を覚ますと、保健室には雨の匂いが満ちていた。

 ベッドサイドの窓が細く開いていて、白いカーテンが静かに波打っている。

 そのすぐ側で、スツールに座った水都が文庫本を読んでいた。膝の上にはこないだの仔猫。可愛い声で鳴いて、私が起きたことを水都に教える。

「あ、起きた? おはよう」

「……何してんの?」

「言ったじゃん。保健室通学だって。約束通りにゃんこ連れてきた」

 ほい、と、私の胸の上に仔猫を乗せた。

 仔猫の首には、お菓子の包装に使われるような薄い緑色のリボンが緩く結んであった。私を見下ろす大きな丸い瞳は、リボンとお揃いの透き通ったエメラルドグリーン。あの雨の日、泥で薄汚れていた毛並みも綺麗にブラッシングされていた。

「お前、美人さんだったのね」

「なー。俺もそう思った。アンタは何してんの? サボり?」

「普通、具合悪い? って聞かない?」

 腕時計に目を遣ると、もうすぐ午前の授業が終わるところだった。4限の途中で保健室に来たから、全然寝れてない。

「……寝足りない」

「やっぱサボリじゃん。アンタ、いっつも眠そうだよね」

 毎晩のように父親に女連れ込まれたら、こんな寝不足にもなるわ。言えないけど。

 仔猫を抱えたままでゆっくり体を起こす。軽く左右に首を傾けた。

「梅雨って苦手なの。頭痛くなるし、重いし」

「髪切れば?」

「そういう問題じゃない。第一、短いの似合わないからイヤ」

「女子は複雑だねえ」

「ねえ、前から気になってたけど、水都ってその髪で何も言われないの?」

 髪を染めるのは校則で禁止だったはずだ。律義に校則を守ってる子なんてほとんどいないけど、さすがに金髪でピアスはないと思う。

「アンタに言われたくないなー」

「私のは地毛だもん」

「じゃあ俺も地毛」

 嘘だ。根元が黒い金髪なんてあるものか。

「まあ、色々あってね。他と差別化を計りたかったんだけど、あんま意味なかった」

「他の子と一緒なのが嫌だったってこと?」

「ま、そんな感じだよ。なー、みなせ」

 水都が呼ぶと、私の膝の上で仔猫は嬉しそうに鳴く。みなせ?

「……何で、同じ名前なの」

「同じ赤毛だから。いいよなー、みなせ?」

 まぎらわしい。良くない。

 渋い顔をしてみせたけど、仔猫と水都の間ではもうそれで呼び名が決まってしまっているらしい。最早、文句を言っても意味がなさそうだった。

「きちんと世話してるの? この子」

「うん。ちゃんと可愛がってるよ」

 微妙に求めていた答えと違うんだけど、まあ、いっか。初めて見かけた時より毛並みも綺麗だし、何より、水都に懐いてる。

「良かったね、拾ってもらって」

 あごの下をくすぐるように撫でると、みなせは可愛い声で鳴いて大きな目を細めた。

「てか、今更だけど、連れてきて大丈夫なの? ここ」

「平気だよ。みどり先生、職員室で事務のオバちゃんと喋ってることのが多いし」

「あー。じゃあ平気だね」

 養護の深谷みどり先生は、五十代半ばのベテラン先生だ。先生がいない時に私が勝手にベッドで寝ていても何も言わないし、こちらの事情にも干渉してこない。でも、先生と話がしたい時や、本当に具合が悪い時は必ず保健室にいて、ちゃんとほしい対応をくれる。

 先生が放っておいてくれるなら問題ないんだろう。多分。

 胸元に抱いていたみなせの温度が心地良くて、ひとつ、大きなあくびをこぼした。押しつぶさないよう、みなせを枕元に避難させてから、タオルケットにくるまる。

「何、寝直すの?」

「うん」

 教室だとうるさいから安眠できないし。寝られるうちに寝ておかないと、ユキノに連続で来られたに日には、寝不足と貧血で倒れてしまう。

「水都、また来る?」

「来るよ。また、雨の日に」

 やっぱり、雨の日なんだ。

 理由を聞きたかったけど、私が口を開く前に水都は文庫本に視線を戻してしまった。

 みなせをなでている間に、穏やかな眠気が押し寄せてくる。窓の外、静かに降る雨の音が、波のように意識を浚っていく。

「おやすみ。水瀬」

 閉じたまぶたの外で、優しい声が聞こえた。  


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