世界の始まり
AIをテーマにしたSFチックな作品になります。
世界の始まり
私は幼い頃から変わり者だと言われている。具体的にどの辺りが変わっているのかというと、まず、私は他人と考えや感情が共有できないらしい。
私は価値観の相違だと考えているが、どうやらそんな簡単な話ではないらしい。
他人と価値観が決定的に違っていたり、考え方が共有できない人間のことをソシオパス、つまり社会病質者、分かりやすく言うと通常の人間より犯罪に手を染める可能性が高い、反社会的人格を持った人間であると言えるそうだ。さらに異常思想や危険思想にも陥りやすいらしい。
歴史上に登場する名だたる偉人達も、周りとずれていたと聞く。もしかしたら彼らもソシオパスだったのかもしれない。
残念ながら私にはソシオパスである自覚がある。
なぜなら私はこの世界が嫌いだからだ。
この世界が嫌いになったのはいったい、いつからだったのだろう?
きっと幼いころから誰にも理解されずに、何事も独りで戦ってきたからだろう。きっと戦い続けることに疲れてしまったのだ。もしかしたら独りでいることに寂しくなってしまったのかもしれない。
そんな疲れきった私はいつしかこんな世界滅んでしまえばいいのにと考えるようになった。
おそらく中学生の時に一世をふうした滅びの予言の影響もあるのかもしれない。
それとも中学生がかかってしまう病気にかかってしまったのかもしれない。
私ごときがアニメやゲームの悪役のように魔法や有り得ない科学技術を使って世界を滅ぼすなんて到底、無理な話だ。だから私は自殺以外の主観的に世界を滅ぼす方法を考えた。そして私は今だかつて誰も思い至らなかっただろう方法を思いついた。それは新たにもう一つの世界を創造し、そちらの世界に移住した上で、こちらの世界の記憶を消すことでこちらの世界との関係を完全に断ち切ることだった。この方法なら主観的に世界を滅ぼすことができる、そう考えた。
しかしこの方法は容易ではない。
まず、移住することができるもう一つの世界を創造すること自体が不可能の近い。しかし世界を創造することは容易だ。そんなことは小学生どころか幼稚園生だって世界の一つや二つ、創造することができる。絵を描くこと、漫画を描くこと、小説を書くこと、これら全ては世界を創造していると言える。作者が頭の中で世界を想像し、道具を用いて形にし、世界を創造する。とても簡単だ。しかしこれら全ては生きることができない、つまり移住することができない世界だ。
人が生きるには二次元的ではなく三次元的でなければならない。だから私は次に、三次元的な世界を創造する手段を考えた。そして私は手段とある手段を思いつた。
残念ながら思いついた手段を教えることはできない。
そろそろ時間だし行くとしよう。
もう二度とこの世界に戻ることはないだろう。
さようなら。
現在の時刻は朝八時、木島遥の部屋に目覚まし時計の音が鳴る。
遥は目覚まし時計を止めると、二寝するべく目を閉じ、意識を睡魔に委ねようとした。そうするとまた別な方向から女の子の声が目覚まし時計に負けないくらいの音量で、アラームと共に騒ぎ出した。
「起きて!起きてよ、遥!今日は特別な用事があるんでしょ?」
その大きなの声と大音量アラームの発生源は遥が使っているスマフォから聞えた。
「うーん…、あと三十分…。」
遥はそう答えた。しかし遥はこの程度では目覚ましは止まらないことは知っていた。一昔前のAI搭載型スマートフォンの目覚まし機能ならこれでスヌーズモードになるが、このAIは一筋縄ではいかない。
「ダメ!今日は筑木さんを授賞式の会場に連れて行くように杉並教授に頼まれたでしょ!早く起きなさい!」
スマフォから発せられる声はそう言うと、アラームの音量がさらに上がる。
遥は耐えられなくなり、スマフォのアラームを止めて部屋の外に出た。
さすがにもう二寝する気にはなれなかった。
今日の日付は二○二五年、八月二十日、大学の夏休み期間中だ。本来ならこの時間帯はまだ寝ていたいところだが、大学で情報工学の主にAIを研究している杉並教授に美玲を大学で行われる表彰式に連れて来るように命令されてしまった。
試しに断ってみたが、「木島君に拒否権があると思っているのかい?」と逆に問いかけられ、遥は相手が求める理想の回答をせざるをおえなかった。
遥は大学に行く準備を済ませ、荷物を持って一階に降り、朝食も食べずにバイクの鍵を持って家を出た。
外に出るとクーラーが利いていた家の中とは違い、溶けるかと思うほどに熱かった。近年、各国で行っている二酸化炭素削減の努力もむなしく、地球温暖化は進む一方である。
ガレージから自分のバイクを引っ張り出してエンジンをかけ、バイクに跨り、備え付けのスマフォスタンドにスマフォを固定し、スマフォに話しかけた。
「ここから筑木のマンションまではどのくらいかかる?」
この呼びかに反応したのはスマフォのディスプレイに表示されている、長い金髪の高校生くらいの女の子だった。
「そうだね、普通の道だと渋滞なんかの時間を含めると三十分くらいかかっちゃうかもね。それじゃ表彰式に間に合わないから裏道とかを使うルートにすれば十五分くらいで着くかも」
「さすがマヤ、最高峰のHAIっていうのは伊達じゃないな。」
遥はスマフォのディスプレイに表示されているマヤにそう言うとバイクを走らせた。
HAIとはヒューマノイドAIの略称で開発者は同じ大学に通う同期で、これから遥が迎えに行く、筑木美玲という女子生徒だ。このAIは現在、一般的に使われているAIの中で最も人間に近いとされているAIで、このAIに搭載されている機能は最初に選ぶ性格データに加えて、クラウド技術を応用した学習機能によって蓄積された基本データと持ち主とのコミュニケーションで蓄積される個人データの三つデータによって人格の再現に成功した。さらに高性能なコミュニケーションシステム、それとHAIが搭載されている端末及び機体の全ての機能を代行する機能代行システム、そして一番の売りとされているのが異常なほどの互換性の高さの三つである。異常な互換性の高さというのは、例えばパソコンにHAIを搭載したい。しかしもうすでにスマフォにHAIが搭載されている。AIごとに人格を持つHAIを複数所持するのは面倒なことだ。だがHAIはスマフォで使っていたとしてもほとんど時間をかけることなくパソコンにインターネットまたはケーブルを用いて簡単に移すことができる。これはスマフォとパソコンに限ったことではなく、車や家電、工業機械にも移すことができる。移してしまえば機能代行システムが後のことはやってくれるという実に便利なAIだ。
遥が所持するHAI、マヤは試作品として作られた二体のHAIの内の片方だ。
HAIの一般運用が始まる前から遥が使っているため、もう片方のヒワンと共に最高峰のスペックを誇っている。
ちなみに美玲は大学の様々な学部に出入りしいて、AI以外にも仮想現実の開発にも着手している。仮想現実においては全感覚投入、つまり六感の全てを共有することができるヴァーチャル・ワールドという名前の仮想現実もほとんど完成しているらしい。
バイクで裏道などを使って渋滞を避けながら走ること十五分、美玲が住んでいるマンションに着いた。バイクを駐車場に止めて、マンションのロビーからオートロックの扉に部屋番号を入力してインターホンを鳴らすが美玲は出ない。何度かインターホンを鳴らすが全く出る気配がない。杉並教授から念のためと渡されていた美玲の部屋の鍵を使ってオートロックを解除し、美玲の部屋へ向かう。美玲の部屋に着き、インターホンを何回か鳴らすが先ほどと同じように全く出る気配がない。鍵を使って玄関の扉を開けると、中からは冬の木枯らしを思わせる冷気が吐き出された。
左右の腕を左右の手で擦りながら、美玲の部屋へと足を踏み入れた。
部屋の奥へ進めば進むほど寒さは和らいでいくのがわかる。一番奥の薄暗い部屋にたどり着くと、最初ほど寒くなく、外より少し涼しいくらいのちょうど良い温度となっていた。
部屋を見渡すと、テレビや大学の研究室でしか見たことのないような規模のラックマウントサーバでリビングと思われる部屋の四分の一が占領されていた。最初に玄関を開けたときに寒く感じたのはこのサーバから発せられている熱を冷却するためだろう。
この部屋の主人たる人物、黒い短髪にあまり外に出ないせいかきれいな白に近い肌、そして整った美人と言える顔立ちで、半袖のTシャツにショートパンツを履いた、筑木美玲はサーバに繋がれたパソコンに何かを熱心に打ち込んでいる。予想するに何かのプログラムだろう。
どうやら本人は遥が部屋に入ってきたことに気づいていないらしく、全く作業を中断する気配がない。
遥が後ろからゆっくりと近づいていると、パソコンのスピーカーから女性にしては少し低い、美玲が所持するHAIのヒワンの声が聞えた。
「美玲、お客さんです。木島さんが来ましたよ。」
美玲はヒワンに呼びかけられてようやく気づいたようで、遥のほうを向いた。
「遥か、何か用?」
美玲は素っ気無く言う。
表彰式があることなど覚えていないらしい。
「今日、筑木を表彰式に連れて来るように杉並教授から言われて来たんだよ。」
美玲はそんなことか、と言いたげな表情になると「風邪でも引いたことにして」と言って再びパソコンに向き直った。
遥が溜め息をつきながら、単位のためにどう交渉するか考えつつ、スマフォの画面に映るマヤに視線を送る。マヤは両手を挙げてやれやれというジェスチャーをしている。次にパソコンの画面に映るヒワンに視線を送る。ヒワンは遥に哀れみの視線を向けた後にパソコンのスピーカーから声を発した。
「美玲、木島さんのためにも表彰式に行ってあげてください。杉並教授のことですから木島さんの単位でも人質に取っているのでしょう。それに、今回の表彰式はHAI(私たち)の表彰のはずですから行ってくれませんか?」
美玲はヒワンに説得されたのか手短な上着をはおりながら「行こう」とだけ言って部屋の外に出た。
外に出ると美玲は熱さのせいですぐに部屋に帰りたがったが、ヘルメットを被せて無理矢理バイクの後部座席に座らせて、バイクを出した。
大学には表彰式が始まるギリギリの時間に到着した。そして大きな問題もなく表彰式は終わった。
問題があったとすれば美玲が正装で来なかったために雰囲気が出ない表彰式になってしまったことくらいだろう。
遥は杉並教授に鍵を返すと、美玲をしっかり連れてきたことに対するお褒めの言葉をいただき、遥の単位取得は今のところは保障された。
今のところをつけるあたりが杉並教授の性格の悪いところである。
表彰式が終わると美玲がお腹空いたけど金を持ってきていないことを理由に遥はそこら辺のファミレスで昼食を奢るように言いくるめられてしまった。
大学の食堂のほうが安いからそっちにしたかったのだが、大学の食堂には嫌いな人がいるから行きたくないそうだ。
ファミレスに着いたのは昼の十二時過ぎだった。店内は非常に混みあっていたが、二人だったためにすぐに窓側の日が当たる席に座ることができた。
辺りを見渡すと、一人でもパソコンやスマフォと楽しそうに会話していたり、三人でいるのにそれより多い人数で会話している様子が見て取れる。これを見ただけでもHAIが一般的に広く使われていることが分かる。
適当にスパゲティーとピザを注文するとそれほど時間がかからずに出てきた。さすがの提供速度の速さである。
遥がピザを食べているとスパゲティーを食べ終えた美玲のほうから話しかけてきた。
「前にした、私の夢の話覚えてる?」
「たしか、仮想現実の技術を完成させることだった気がするが、それでどうするんだっけ?」
そう返して美玲の顔を見ると、いつもと変わらないような気がするが、どこかいつもと違うような気がした。
美玲は溜め息をついた後、「大体合っている」と肯定した後にそう続けた。
「その夢がようやく叶うんだよ。これも君や杉並教授が協力してくれたおかげだと思っている。特に遥にはサンプルの収集やデータ集めなどの様々な雑務をこなしてもらった。何もお礼はできないが、とても感謝している。」
「なんだよ、筑木らしくないな。いつも一人でなんでもこなしちまって礼なんて言わないのにどうしたんだよ」
美玲は少し窓の外を眺めてから言葉を返した。このときの外を眺める美玲の表情は憂いを帯びている気がした。
「たしかに私らしくないかもしれないな。でも感謝していることは本当だ。遥のような変人にも正面から向き合ってくれる人と出会えた私は幸運だったよ。」
美玲はさらに続ける。遥は美玲の語りの途中に言葉を挟むことができなかった。美玲がいつもと何かが違う、その「何か」がそれをさせなかったのだ。
「そんな君だからこそお礼を言いたかった。そして君だけにはこの言葉を言っておきたい。」
美玲は立ち上がると滅多に見ることができない笑顔を見せてこう言った。
「ありがとう。そしてさようなら。」
美玲はそう言うと遥の呼び止めも聞かずに店を後にした。
美玲が見せた笑顔には悲しげな感情が含まれている気がした。
ファミレスを出て、寄り道をし、家に着くころには夕方の六時頃になっていた。
今日は疲れたからベッドに寝転がった。
美玲が心配だった。きっといつもの美玲じゃなかったからだろう。いつもの美玲ならあんなこと決して言わないだろう。
何だ、このよく分からない胸騒ぎは。
不意にスマフォのアラームがなった。スマフォを見るとマヤが画面にいた。
「筑木さんからメールだよ。勝手に内容読んじゃったけど、文面がおかしいんだよ。たぶんヒワンからだと思う。」
メールの文面を読んだマヤの表情は不安げだった。
メールの文面は短かった。
「今すぐ美玲の部屋に来て」
遥は嫌な予感を感じて、すぐに家を飛び出した。
「マヤ、筑木のマンションまで超特急だ!」
マヤは何も言い返さずに、「了解!」とだけ言うと最短ルートをすぐに導き出し、バイクを発進させた。
法廷速度を無視して全力で飛ばした結果、五分とかからずにマンションについた。
オートロックに部屋番号を打ち込むと返事もなく、すぐに開いた。
エレベーターを待つのも億劫になり、階段で全速力で駆け上がり、息を切らしながら美玲の部屋の前にたどり着いた。
玄関の扉は開いていた。
扉を開くと、昼間より濃密な冷気が漂ってきた。
遥は靴を脱ぐと、リビングまで駆けていった。
部屋に入ると昼間と同じく大規模なラックマウントサーバーがモーター音を立てて動いていた。そしてパソコンの前には黒いヘルメットのようなものをつけて椅子にもたれかかっている美玲を見つけた。
遥は美玲の駆け寄って黒いヘルメットを調べた。そのヘルメットにはVWIと書いてあった。これはたしか、ヴァーチャル・ワールド・インターフェイスの略称だったはず。まさかこれを使って仮想現実の世界へ行ったのか。それだけなら安心して帰ることができる。それなのになんだ、この不安感は?
遥がVWIを調べているとパソコンからヒワンの声が聞えてきた。
「木島さん、来てくれましたか。美玲は夢を叶えてしまいました。このままじゃ美玲は死ぬまで一生、現実世界に帰ってきません。」
この言葉を聞いたとき、遥はようやく美玲の言葉の意味を理解した。そして美玲の夢を思い出した。それは「主観的に世界を滅ぼす」ことだった。
どうすればいい?未知の技術であるがために無理矢理にVWIを外すわけにはいかない。もしかしたら脳に何かしらの障害が残るかもしれない。無理矢理外す以外に外部から安全にVWIを外す方法はないのか?
そう考えているとき、ヒワンがその答えをくれる。
「VWIを外部から外す方法はありません。でもVW内部からならログアウトすることができるはずです。パソコンの前にもう一つVWIがあるはずです。それを使って内部から美玲を説得してください。」
たしかにパソコンの前にはVWIがあった。
遥がVWIを被ろうとしたときスマフォからマヤの声がした。
「ちょっと待ってよ、遥!本当に行くの?この技術にはまだどんなリスクがあるか分からないんだよ?もしかしたら脳にとてつもない負担がかかるかもしれないんだよ?それで遥が脳に障害を負ったりしたら、私…、嫌だよ。」
マヤは目に涙を溜めて、心配そうな表情をしていた。マヤの言っていることは正論だ。この技術をしっかりと解析してから行くべきだろう。しかしそれは美玲にも言えることだ。美玲はこの先の未来で絶対に必要になる人材だ。そんな人材をこんな状況下で放置しておく訳にはいかない。
「俺は行くよ。筑木は世界に必要な人材だからな。」
そう言うと遥はVWIを被った。
マヤが何かを言っているが気にしないことにした。もう時間がないかもしれないからだ。
VWIを被ると意識が遠のき、変な浮遊感に見舞われる。
遠のく意識の中でヒワンの声が聞える。
「これから私たちも後を追うのでそれまで一人で頑張ってください。」
その言葉を最後に遥の意識は現実世界から失われた。
次に目を覚ましたのは見覚えがある自分の部屋だった。
そうだ、美玲を…、あれ?何をしに来たんだっけ?そうだ早くしないと待ち合わせに遅れてしまう。誰と待ち合わせしてたんだっけ?行けばわかることだから別にいいだろう。
遥は見慣れない、着慣れた高校の制服を着て家を後にした。
家から出てしばらく歩くと、交差点が見えてきた。その交差点にはきれいな肌に黒い短髪の同じ高校の制服を着た美人な女子生徒が待っていた。
そうだあの人と待ち合わせていたんだ。名前はたしか、筑木美玲。
こうして木島遥の現実の時間は止まり、仮想の時間が動き出した。
一応、短編にしていますが続くかもしれません。