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03 : 「とらこの目みたいでしょ」

 朝バスに乗ったときに、あ、しまった、と思ったのだ。

 ……やっちゃった、とらこの誕生日プレゼントを忘れてきた。せっかく買ったから今日中に渡してしまいたいのだけど、どうやって渡そうかな。

 そんなふうに悩みながら、六時間目までの授業を終える。

 バス停へ向かって、とらこに挨拶をして、そしてバスに乗ってもまだ決めかねていた。渡し方に特にこだわりはないけど、できればサプライズみたいな感じで渡してみたいのだ。誕プレ、を誰かに渡すのはほぼ初めてだし、サプライズはちょっと難しいかもしれないが。


「ちーさん? どうしました?」


 悩んでいたせいで、スマホも打ち間違いや変換ミスが多くてとらこに心配されてしまった。『なんでもない』と打ちながら首を振る。

 うーん。とらこは家に着いたら帰ってしまうし、待っててもらうとなるときっとプレゼントのことを勘付かれてしまう。それにそもそも、とらこが家までついてきてくれる前提で考えているが、今日もそうであるとは限らないのだ。なるべく早く切り出したほうがいいとわかってはいても、なかなかできなかった。


『今日は暑いね』

「最近雨の日が続いて寒かったですもんねー。今日がすごく暑く感じます」


 頭を使って搾り出したつもりの話題は、私があっけなく止めてしまった。

 どうしよう、会話終わっちゃった。家までついてきてくれるか訊く流れに持っていこうとしたのだが、私には難易度が高かったみたいだ。

 反省しつつバスを降りて、そこでようやく訊くことができた。


「……今日、私の家に着く前に帰っちゃったりしない?」


 思っていたよりも慎重な声音が出た。とらこのことだしこう訊くと察しちゃうかな、と思ったが、訊かないよりはましだ。

 これで用事があるとかだったらどうしよう。いや、明日渡せばいい話なんだけど。

 私の問いにとらこは「いいえ?」と不思議そうに首を振ったが、はっと何かに気づいたような表情をする。……やっぱり気づいちゃったか。

 とらこはにやにやとした雰囲気を出す。


「あ、わかった、ぷれぜんとですね? 家に忘れちゃったから、わたしが家まで行く前に帰っちゃわないか心配なんですね?」

「違うけど」

「えっ」


 自分でも驚くくらいさらっと嘘がつけた。

 とらこも、嘘なのかどうか計りかねているようだった。いや、これはちーさんがさらっと嘘ついてるの……? でも本気みたいな顔……と、ぶつぶつとつぶやいている。図星差されたからむかっとしただけだよ。

 そう言うのもなんだか癪なので、悩ませたままにしておいた。


 でも、迂闊だったな。

 忘れ物なんて普段はしないのに。誕生日プレゼントという特殊なものだったからだろうか。誕生日プレゼントを誰かに渡す、というシチュエーションは今までなくて、頭の中からすっぽり抜けてしまったのかもしれない。

 家の前で待っていてもらうのはちょっと申し訳ないけど、とりあえず今日中に渡したいし、待っててもらおう。

 そう決めて、とらこからの「ぷれぜんとですよねー? ですよねー?」という攻撃をかわしながら進む。


「ちょっと待ってて」


 鍵を取り出しつつそう言って、入ろうとした。

 ……のだけど。

 すりっ、と。

 私の言葉を聞いた途端、とらこがからだをこすりつけてきた。私の足にひっついて、行っちゃ嫌だと何も言わないのに伝えてくる。

 これは、どうすればいいんだろう。何かを怖がっているような感じがして、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。

 とりあえず「ちょっとだけだから」と安心させるように言ってみたが、とらこは首を振るだけだ。……困ったな、この状態のとらこを待たせるのは流石に申し訳なくてできない。


「どうしたの?」


 仕方なくしゃがみこんでとらこと視線を合わせる。

 ちぃさまの、と、とらこはぽつりとつぶやいた。


「ちぃさまの、最期の言葉で」

「……うん」

「全然今とは状況が違って。だから、なんにも心配しなくていいとはわかってるんですけど……からだが、勝手に反応しちゃいました」

「そっか」

「すみません、ちゃんと待ってます」

「え、一緒に来ればいいだけだよね。待たせるのやだ」


 とらこのトラウマを刺激しておいて、そのまま待たせるなんて嫌だ。……とらこのトラウマってなんかダジャレっぽいな。どうでもいいけど。

 とらこはぽかんと私を見上げてきた。自分では歩きそうになかったので、よいしょと持ち上げる。子虎ってどう持てばいいんだろう。痛くないかな。そして大分重いんだけど、なんで質量あるの? 実体はないくせに。いや、そもそも触れる時点でおかしいか。

 何をされているのかやっと理解したのか、とらこが腕の中でばたばたと暴れた。


「放してくださ……っわっ!? ちょ、急に放さないでください!」

「猫だし急に放しても着地できるかなって」

「できますけど! びっくりはするんです! それからわたし、こう見えても虎です!」

「うん知ってる。それじゃ、自分で入ってきてね」


 ドアは開けられないだろうから、先に入って開けたままにして待つ。

 ぐぅ、と小さく唸ったとらこは、力なく歩いてきた。そのからだが完全に家の中に入ったのを見計らって、ドアを閉める。

 とらこがいるなら、写真への挨拶は後でいいかな。

 私の部屋は二階だ。階段を上りながら、そういえばとらこは上れるんだろうか、と振り返って確認すると、なんなく上れていた。よかった、私が持ってつれていくとか腕が筋肉痛になりそう。落としちゃいそうで怖いし。

 振り返った私に、とらこが気づく。


「……ありがとうございます」

「ん」


 正直何に対してのお礼かはわからなかったけど、うなずいておいた。


「お母さんたちは夜まで帰ってこないし、話してても怪しまれないよ。散らかってるけど、まあ気にしないで」


 部屋のドアを開けながら一応言っておく。これでも毎日掃除はしているから、散らかっていると言われたらショックではあるけど。

 私の部屋を見たとらこは、ぱち、と目を瞬いた。


「何もない、ですね」

「そう? というか私のこと色々知ってるのに、部屋見てびっくりするんだね」

「自分の部屋にいるちーさんを覗き見とか、そんな無粋なことはしませんよ」


 それ以外なら無粋じゃない、ということか。まあいいか。

 自分でも改めて部屋を見てみて、首をかしげる。必要なものはちゃんと置いてあるのだ。何もない、と驚かれるほどではないと思う。


「机と椅子、ベッド、時計……あと鏡台があれば十分でしょ。クローゼットは部屋についてるし。これ以上何が必要?」

「……ぬいぐるみとか?」

「見るのは好きだけど、わざわざ買ってまで部屋に置きたくはないかな」

「んー……ちーさんらしい部屋だなぁ、とは思うので、これはこれでいいと思います。しんぷるなのはいいことです」


 あんまり物を置きすぎるとごちゃごちゃしてめんどくさくなる。掃除も面倒だし、物を探すのだって面倒だし。時間が無駄になる気がするのだ。

 机の上のラッピングされた箱に、やっぱりここに置きっぱなしだったか、とちょっとがっくりする。リュックに入れようと思って忘れたんだよね、たぶん。

 それを手に取って、とらこに差し出す。


「はい、これ。疲れるって言っても、人間にはなれるんでしょ?」

「これは……?」


 ああ、開けられないか。ラッピングしてもらうの、意味なかったかもしれない。

 ちょっともったいない気もしたけど、どうせ捨てるだけなのでびりびりとラッピングを手早く破り、箱を開ける。


「ネックレス。これならまあ、虎のままでもつけれるかなって」


 誕生日プレゼントっぽいもの、と考えると、こういうものしか思いつかなかった。食べもの系は食べられるのかわからなかったし、花とかだってもらっても困るだろうし。

 私が選んだネックレスは、雫形の赤いルビーの両側に銀の天使の羽がついているものだった。可愛いな、と一目惚れして買ってしまったのだけど、とらこは気に入ってくれるだろうか。こういうものの好みを訊いたことはなかったから、完全に私の好みで買ってしまった。

 ネックレスを見たとらこは、わなわなとからだを震わせた。


「なんかすっごい高そうなんですけど! 知り合って間もない相手に、こんな高価なものをあげるものなんですか……!?」

「いや、別に高価じゃないし。なんかちょうど値引きされててさ」


 それでも二万円くらいだから、確かに高いかもしれないけど。

 でも、買いたくなった。あげたくなった。


「それにこのルビー、とらこの目みたいでしょ。これはもうあげるしかないかなって」


 一目惚れ、したのは。とらこの目を思い出したからだった。

 ネックレスのチェーンを指で持って、とらこの近くで見比べる。うん、やっぱり似てる。綺麗。あまり高いものを買うと受け取ってもらえないかも、とは思っていたのだが、見た瞬間、プレゼントの選択肢はこれ以外なくなっていた。


「……るびぃ」


 とらこは食い入るようにネックレスを見つめた。


「あれ、平安時代ってルビーなかったんだっけ」

「あったのかもしれませんが、わかりません。真珠なんかは結構見かけたんですけど……。あ、でも最近になってから、名前だけは知ってましたよ」

「ふーん。まあいいや。ね、つけてみてよ。……あ、ごめん、その手じゃ無理だね」

「見ているだけでも楽しいですから」

「いや、それはちょっと。つけてるとこも見たいし、こっち来て。つけてあげる」


 大人しく近づいてきて、後ろを向いてくれる。毛を巻き込まないように気をつけながらネックレスをつける。手先がそんなに器用ではないので苦戦したが、なんとかつけることができた。


「で、はい、鏡」


 机の椅子を鏡台の前に移動し、そこへとらこを乗せてあげる。

 じーっと鏡を見つめているのだが、気に入ってくれたんだろうか。何か反応がほしい、と少しそわそわしてしまう。

 とらこは、今度はうつむいて本物のほうを見た。チェーンが長めでよかった、これならつけているときでも見ることができる。

 片手でそうっとネックレスにふれる。爪で傷つけないように、本当に気をつけているようだった。


「どうする? つけっぱなしにする?」


 気に入ってくれたんだろう、と考えることにして、提案してみた。とらこは我に返ったように私のほうを向く。


「……そうですね、今は。落としたら嫌ですし、くわえて傷つけたらもっと嫌ですし。帰ったら兄にでも取ってもらいます」

「あれ、お兄さんいるんだ」

「はい。兄はちゃんと人になれるので、やり方さえ教えれば取れると思います」


 へえ、と相槌を打つ。

 兄妹だとやっぱり、年上のほうが妖力的な力が強いんだろうか。

 また鏡をじっと見ていたとらこは、ふとくるりと振り返って首をかしげた。


「ところでこの鏡、他のものと比べてちーさんっぽくないですね」



 ――それはたぶん、ただの純粋な疑問で。

 だけど一瞬、息がひゅっと止まりそうになった。


 気づかれないように小さく深呼吸をして、何てことのないように答える。


「妹のだから」

「……そうですか」


 それっきり。とらこは黙ってしまった。ただうなずくのが不自然なことだなんて、きっとわかっているだろうに。

 ああ、と諦めにも似た何かが心に広がる。諦め、落胆、絶望。よくわからなかったけど。

 やっぱりとらこは、知ってるんだと。それだけがわかった。


「そんなのどうでもいいでしょ。用事も済んだし、もう帰っていいよ」

「……すみません」

「……ううん。こっちこそごめん。言い方きつくなっちゃった」


 こんなふうに言うつもりなんてなかったのに。後悔の気持ちが広がっていく。だけどそれ以上、謝罪の言葉を口にすることはできなかった。

 怒ることもなく、とらこは椅子からふわっと飛び降りて、ドアの前でこちらを向いた。その顔を見て、思い出す。


「そうだ、誕生日おめでとう」


 危ない、言い忘れるところだった。

 そんなついでのようなお祝いの言葉に、とらこは笑顔を浮かべてくれる。表情は変わらないけど、雰囲気が笑っていた。


「ありがとうございます。すっごく嬉しいです」


 とらこの首元で、ルビーが軽く揺れた。







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