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バス停と、とらこ  作者: 藤崎珠里


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21/23

20 : 「思い出したらどう思うのか、っていうのが」

 とらこの代わりに、虎太郎さんがよく来てくれるようになった。とらこはまだ消えていないらしいが、妖怪の世界でさえ、動くことが難しいのだと。虎太郎さんはそう説明した。

 まだ、消えていない。それは、いつかは必ず消えるということ。


「あちらの世界にいても、とらこの力は出ていく一方だ」


 虎太郎さんは淡々と続ける。

 この世界に長くいすぎたせいで、向こうの世界でさえ、もう回復はできないらしい。

 もう手遅れだった。このまま、ただとらこが消えるのを待つしかないのだ。

 悪い幽霊や妖怪から守ってくれていたのは、やっぱりとらこだった。虎太郎さんが、とらこから口止めされていたのだが、と前置きして話してくれた。

 とらこが弱っている今、私を守ってくれるのは虎太郎さんで。……だけど、とらこのように一日中守ってくれるわけではないから、少し怖い。妖怪にも幽霊にも目を向けないよう、以前にまして気をつけるようにしている。


「とらこは力のほとんどをあなたのために使っていた」


 相変わらず、虎太郎さんは無表情だ。感情を押し殺しているのかもしれない。

 あーあ、もう、ほんと。

 とらこは馬鹿だ。


「……何となく、知ってました」

「そうか」


 手紙を奪った妖怪も、とらこが弱っていたから家に入ってきたのだろう。あのとき、無理やりにでも妖怪の世界に帰して、もうこっちに来ないように言ったら。とらこは、生きていられたんだろうか。

 もう何もかも遅いのだけど。

 バスを降りる。どこから手に入れたのか知らないが、虎太郎さんもちゃんと乗車賃を払っていた。

 とらこがいないと、静かだった。バス停でも、バスの中でも、家までの道も。バス停から家までの道って、こんなに長かったっけ。




「ちっさー、最近元気ない?」


 三人でスケートに行った帰り、電車の中で唯ちゃんが心配そうな顔をした。時間帯的に人が少なく、私たちは三人並んで座っていた。

 スケートは初めてだったが、あまり転ぶこともなく、普通に楽しめた……と思う。特に元気がない素振りは見せなかったつもりだが、そんなにわかりやすかっただろうか。

 ひとまず誤魔化そうと思って、「そう?」と首をかしげてみると、唯ちゃんにも瑞穂ちゃんにもうなずかれる。


「さ、寂しそうに見えるよ」

「うん、何かあった? 別に話したくなかったら話さなくていいんだけどさ」


 瑞穂ちゃんは自信がなさそうだし、唯ちゃんは尋ねるようにして言っているけど。二人とも、何かあったのだと確信しているんだろう。

 二人の顔を見ていると誤魔化しても無駄な気がして、諦めて認めることにした。


「……そうだね。寂しい、かも」


 かも、ではないけど。寂しいと言い切ってしまうのもなんだか癪で、そんな言い方をしてしまった。

 電車が駅に着いて、人が乗り込んでくる。その中におばあさんがいるのを見て、唯ちゃんはさっと立ち上がった。


「ここどうぞー」

「あら、ごめんなさいねぇ」


 いえいえ、と唯ちゃんはにこにこしながら返事をする。瑞穂ちゃんを真ん中にして座っていたので、おばあさんは私と反対側の瑞穂ちゃんの隣に座った。

 ……すごい、と思った。私だったら、席を譲るとしても黙って立ち上がって、結局素早い他の人に席を奪われてしまう気がする。

 私と瑞穂ちゃんの視線に気づいて、唯ちゃんは自嘲気味に笑った。立っていると座っている私たちに声が届かないと思ったのか、吊り革につかまりながら顔を近づけてくる。


「言ったでしょ? あたしのこういうのは、他人から綺麗に見られたいだけなんだってば」

「……それでも私はすごいと思う」

「え、えっと? 何の話?」


 一人だけ話がわかっていない様子の瑞穂ちゃんは、あわあわと私たちの顔を見比べた。……そっか、唯ちゃんは瑞穂ちゃんには話してないんだ。憧れ(輝いてる人)なんて思われてたら、そりゃあ汚い面なんて見せられないか。

 瑞穂ちゃんに「何でもないよー」と笑みを見せた唯ちゃんは、私に視線を向けた。


「でさ、さっきの続きだけど。寂しいときはこの本条唯さんが胸貸しちゃうよ? どーんと胸貸すよ?」

「ううん、いい」

「……その反応はあたしのほうが寂しいぞー」


 すぐに首を振れば、じとっとした目が返ってきた。


「唯ちゃん、わたしが胸貸すよ!」

「うんありがとー瑞穂、遠慮しとくー」

「えっ」


 慌てたように自分の胸を叩いた瑞穂ちゃんに、唯ちゃんもすぐに首を振る。がーん、とショックを受けたような瑞穂ちゃんについちょっと笑ってしまうと、二人はほっとしたように一緒に笑ってくれた。

 こんなに気を遣わせてしまって、自分が情けない。とらこが来なくなる前からスケートに誘ってくれていたのも、私が落ち込んでいるのを察していたからなんだろう。こうして冗談っぽく話して、少しでも私が楽になれるように。


「……ごめんね、今度話すから」


 まずは自分の中でちゃんとけりをつけて。納得はできないけど、受け入れて。

 二人に話すのは、それからがいい。

 私の言葉に、唯ちゃんは焦ったように顔の前で手を振る。


「え、いや、話したくないんなら話さなくていいんだってば」

「話したいけど、今は話したくないだけ」

「そなの?」

「わ、わたしにも話してくれる、と嬉しいです……」


 おずおずと手を上げた瑞穂ちゃんに、うん、とうなずいた。


「じゃあ今度は私からどっか誘うね」

「え、え、マジで? うわぁ、この三人だといっつもあたしが誘ってたから、なんか嬉しい。やった!」

「……わたしも頑張るね!」

「瑞穂は今のままでいっかなー」

「えっ」


 くすくすと静かに三人で笑う。電車なのであまり騒いだらいけないのだ。唯ちゃんが席を譲ったおばあさんから、「仲良しねぇ」と微笑まれた。

 もう結構、色んなところに行ってるんだよな。どういうところに誘うのがいいんだろう。こういうふうに悩むのも、楽しいかもしれないと思った。


 とらこのことを忘れてはいけない。忘れることで受け入れるのは違う。今までのとらことの日々を思い出して、してもらったことを思い出して、それで受け入れなくてはいけないのだ。

 どうすればいいかわかっていても、できそうには思えなかった。

 ふと唯ちゃんに訊いてしまう。


「唯ちゃんは、まろんのこと今でも思い出す?」


 唐突な質問に、唯ちゃんはきょとんとした。


「……まあ、そりゃあね。思い出すときは思い出すし、思い出さないときは思い出さないよ。そこはさ、生きてても死んでても変わらないんじゃない? ちっさーとか瑞穂のことをいつも考えてるわけでもないし。思い出したらどう思うのか、っていうのが、生きてるか死んでるかの違いの気がするけどねー。まろんのこと思い出すと寂しくなるけど、懐かしくて笑っちゃうこともあるし」


 電車の窓の外の風景を見ながら、唯ちゃんは少し目を細める。

 唯ちゃんは、まろんの死をちゃんと受け入れてるんだ。

 そう思ったとき、唯ちゃんは「でもさ」と続けた。


「たぶん、こんなに早く懐かしめるようになったのは、ちっさーのおかげだよ」

「……え?」


 ぽかんと口を開けてしまった。

 唯ちゃんは座っている私を見下ろして、ふふふ、と笑う。


「最後に、まろんと遊べたからさ。たぶんあれのおかげ」

「……そっか」

「そうそう」


 まあ時間が解決したとは思うけどねー、と唯ちゃんは言う。

 ……私が千佳の死を受け入れたのは、いつだっただろう。死そのものを受け入れたのは、すぐだったかもしれない。だって、その死は私のせいだったから。

 千佳のことを普通に思い出せるようになったのは、つい最近のことだ。あの人からの手紙を読まなければ、千佳が成仏をしなければ、きっと今でも千佳のことをできるだけ考えないようにしていただろう。

 時間だけで解決したことだとは思えなかった。だけど、その時間というものの期限は決まっていない。正確に言えば死ぬまで、という期限があるのだろうが……あの手紙がなくても、私も十年くらいすれば受け入れていたのかもしれない。


「お、着いた」


 唯ちゃんと瑞穂ちゃんの最寄り駅に到着した。私の駅はもう一駅先だ。

 瑞穂ちゃんは立ち上がって、唯ちゃんと一緒に開くドアへ向かう。近くにいた人が、瑞穂ちゃんが座っていた場所へそそくさと腰を下ろした。


「それじゃ、またねー」

「ま、また明日!」

「……うん、今日はありがとう。またね」


 降りる二人を見送って、ふう、と小さく息を吐く。

 すると私の前に、よぼよぼしたおじいさんが立った。吊り革につかまっているものの、足腰は弱そうで、電車が発車したら転んでしまいそうに見える。……少し迷ったが、結局勇気を出すことにした。


「あの、ここどうぞ」


 ありがとうございます、とくしゃっと笑ったおじいさんに、なんて表せばいいのかわからない感情が湧いてきた。きっと私が立たなくても、誰かがおじいさんに席を譲ってくれたんだろうけど。でも、私が声をかけてよかった。

 ……唯ちゃんは、本当すごいな。

 窓の外を見ながら、そう思った。







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