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01 : 「誤解されるのは嫌なんです」

 いつものようにバス停で待っていたとらこは、私に気づいて嬉しそうに駆け寄ってきた。しっぽがぴんっと立っている。確か猫だとこれはご機嫌なときを表しているんだっけ。虎、なおかつ妖怪がそうなのかはわからないが、ごろごろ、というよりぐるぐる喉を鳴らしているところをみると、猫と同じように考えていいのかもしれない。……関係ない話だが、ごろごろという擬声語は誰が考えたんだろう。ぐるぐるのほうが合っていると思うんだけど。

 そんなどうでもいいことを考えながら、ゆっくりととらこに近づく。

 すぐに話しかけてあげたいところだが、そうもいかない。まずは辺りに人がいないことを確認しなくてはいけないのだ。きょろきょろと十分確認してから、スカートを抑えながらしゃがみこむ。


「おはようとらこ」

「はい、おはようございます!」


 おはようとは言っているが、今は学校帰りだ。こんにちは、は年上の人とかに使う挨拶という感じがして、その日初めて会った人への挨拶はなんとなく『おはよう』を使っている。特に意味はない。

 初めはとらこも「おはようですか……?」と戸惑っていたが、今では普通に返してくれるようになった。


「今日は早いですね」


 しっぽをぴんと立てたご機嫌なとらこは、人間ならきっと満面な笑顔を浮かべているだろう。


「ん、テストだったから」


 遠くに人が見えたため、会話はそこで一旦打ち切って立ち上がった。

 人、と言っても、あれは幽霊だろう。少しだけ透けていた。幽霊に見えることがばれるのは面倒なので、スマホをいじってやり過ごす。前を通り過ぎる妖怪も見ないふりだ。……人型の妖怪が裸だとちょっと目のやり場に困るんだよな。見ないようにするとはいっても、視界の隅で確認くらいはしてしまうから。今通り過ぎた妖怪は三頭身くらいのつぶれた外見で、でっぷりしたお腹をしていて、長い舌が口からぶらぶらしていた。

 それがのそりのそりとどこかへ去っていったところで、息をつく。妖怪はいかにも化物という感じがして、近づかれると緊張してしまう。小さいころは純粋に、変なのがいるなぁと思っていただけなのだが、そういう意味では耐性がなくなったのかもしれない。

 ぴひょろろろっ、と変な鳴き声が聞こえてきたので、何気ない動作を意識しながらそっと上を見る。細長い虫のような、龍のような妖怪が飛び回っていた。


 幽霊も妖怪もこの世界に溢れている、とまではいかないが、それなりの数はいる。歩いていたり走っていたり、飛んでいたり、変な鳴き声を上げたり。そうやって私の視界だけじゃなくて、聴覚にまで入り込んでくる。音は本当に、どれが実際に聞こえるものなのかまったく判断がつかないのだ。

 ……時々思う。この世界は、幽霊や妖怪が見えない人にとって、どれだけ静かなものなんだろうと。私にとってはこれが普通の世界で、これ以外知らないのだ。


 ――きっと、楽なんだろうなぁ。


 他の人と同じ。普通。それはたぶん、かなり楽だろう。

 幽霊も妖怪もやり過ごすと、もうバスが来た。乗り込んでいつもの席に座ると、とらこも隣に座る。バスには他の乗客もいるし、もちろん運転手さんもいる。とらことの会話は、バスを降りるまでお預けだ。

 バスに揺られること二十分と少し。最寄のバス停の一つ手前で、いつも一番後ろの席に座っているおじいさんが降りた。乗ってくる人をすり抜けて。

 ……ここ一週間くらいいなかったのは、そういうことなのか。

 何が未練なのか知らないけれど、早く成仏できればいいな、と思った。


 バスを降りると、早速とらこが話しかけてきた。なぜか私の家の周辺は幽霊も妖怪も少ないので、周囲への警戒をあまりしなくていいのが嬉しいところだ。


「今日のてすとはどうでした?」

「わからない問題もあったけど、八割はいったかな。というかテストって何か知ってるの?」

「それくらい知ってますよー。でも八割ってすごいですねぇ。さすがちーさんです!」


 一応これでも、家事と勉強を両立させるために頑張っているのだ。その努力を褒められたことなんて今までなくて、なんだかむずむずとした気持ちになってくる。

 ひとまず話題を変えよう、と考えて、ふと疑問に思うことがあった。


「そういえば、いつもよりも早い時間に帰ったのになんでいたの? もしかして一日中バス停にいるとか?」

「まっさかー」


 ふふふ、ととらこが笑い声を出す。こういう声はどうやって出しているんだろう。

 そう笑ったきり何も言う気配がなかったので、知られたくない理由なのかもしれない。まあちょっと気になっただけだし、別にいいか。

 人が見えてきたので、二人して黙り込んで歩く。

 とらこと出会ってから一週間。周りに人がいないときだけ、他愛無い話をする。私は話題を出すのが苦手だから、大体とらこが話し始めてくれるのだけど。


「……人がいるときに話せないのは不便ですね」

「しょうがないんじゃない? とらこは他の人には見えないし」

「むー、一応わたし、人に化ければ普通の人間にも見えるんですよ。今はすっごく疲れるのでやりたくありませんけど」

「じゃあやっぱりしょうがないじゃん」


 人の姿をしたとらこは少し見てみたいけど、無理をさせてまで見たいわけでもない。

 だからそう言ったのだが、とらこは「見たくないんですか!」とむっとした声を出した。


「見たいけど、疲れるんでしょ? やりたくないんじゃないの?」

「……そうですけど、でもそんな簡単に諦められたら、ちょっと複雑なんですよー。なんかわたしに興味ないみたいじゃないですか」

「まあ特に興味はないよ」

「え、えっ。興味持ってくださいよ!? 悲しいですよ!」


 足元にすがりついてきたとらこに、首をかしげる。何かおかしいことを言ってしまっただろうか。


「こうやって話してるだけで普通に結構楽しいし、そういうなかで色々知っていけたらいいなって思って。興味なんて持たなくても、自然と知っていけるでしょ」

「あー……そういうことですか。そうですね! さすがちーさん!」


 さっきの「さすがちーさん」とは意味が違う気がする。純粋な褒め言葉じゃないというか、投げやり気味に言われたような。

 うーん、と考えて、なんとなく理由がわかった。仲良くなりたい相手から、自分に興味がないと言われたらショックかもしれない。

 だからって、興味があるっていうのは嘘になるし。どう言うのが正解だったんだろうか、と少し悩む。こういうときは嘘をついたほうがいいのかな。

 まあとらこも納得してくれたようだし、付け足した説明はよかったのだろう。


「私の言葉で傷ついたりしたら言ってね。たぶん直らないけど」

「直らないんですか……」

「直ってたらたぶん、私友達いたと思う」

「いないんですか……」


 特に気にしていることでもないので、「うん」と軽くうなずいておく。

 後からじっくり考えれば、ああそっか、ここが駄目だったのか、と気づけるが、会話している最中にはそんなことに気が回らない。思ったことをそのまますぐ言ってしまうのだ。

 私の言葉を聞いて、とらこはなんだかしょんぼりした。表情は変わらないのに、感情は豊かだよなぁ。


「気にしないでいいのに」

「だって、ちーさんの優しさをわかってもらえないなんて悔しいじゃないですか」

「……私優しい?」

「優しいですよ!」

「仮にそうだとしてもなんでとらこが悔しいの?」


 黙りこんでしまったとらこに、また自分が失言したのだと知る。いや、でも本当に意味がよくわからなかったのだ。とらこからしてみれば私は優しいとしても、それをわかってもらえないから悔しいってなんだろう。普通の人には共感できる感覚なんだろうか。

 わからない、けど。……どうしよう。こんなに失言ばかりしていたら、とらこに嫌われてしまうかもしれない。

 不安になってとらこのほうを窺うと、とらこはわざとらしく大きなため息をついた。


「ほんっとうにちーさんは馬鹿です!」

「……ごめん?」


 言葉を続けようとしたとらこは、急に口を閉ざした。前を見れば、少し先の曲がり角を人間が曲がってきた。もうちょっとで家だから、とらこと別れなくてはいけないのに。タイミング悪いなぁと思いながら、その人が見えなくなるまでそのまま歩く。

 確かにこれは、不便かもしれない。

 少し焦ってきた。このままとらこと別れたら、本当にとらこに嫌われてしまうんじゃないだろうか。……いや、家に着くまで猶予がある、とプラスに考えよう。初日はバス停を降りてすぐのところで帰っていったが、次の日からは家までついてきてくれるようになったのだ。

 うん、プラスに考えたらちょっと余裕が出てきた。

 ようやく声が聞こえない程度の距離ができたところで、とらこが話し始める。


「わたしはですね、ちーさんのことが好きなんですよ。だから、他の人に誤解される……いや、まあ誤解とは言えないかもしれませんけど、誤解されるのは嫌なんです。ちーさんはすごくすごく優しいんですよって、ちーさんのことが好きだから、ちゃんと皆に知ってほしいんです。こう言えばわかりますか?」


 好きな人のことを、誤解されるのが嫌。そう言い換えられてもよくわからない。

 自分のことに置き換えようとしてみたが、それも難しかった。私にとって好きな人……誰だろう。その時点でつまずいてしまうのだ。ちゃんとその人のことをわかってほしいって、どういう人に思うかな。

 とらこは辛抱強く、私が何か言うのを待っていてくれている。

 あー、家が見えてきちゃった。早く何か言わなきゃ……と思ったところで、あ、と気づく。

 

「……私も」


 そうだ、近くにいた。


「とらこがひどい妖怪だって誰かに思われてたら、悔しいかも」


 とらこがもし誰かから誤解されてたら、とらこは優しい妖怪なんです、と説明したい。ような気がする。うん、わかってもらえないのを想像してみたら、ちょっと悔しい。

 なるほど、とらこはこういう気持ちだったのか。納得した。

 とらこの返事はなかった。うつむきながら、私の隣を歩いている。これも失言だっていうなら、もう何を言えばいいのかわからないんだけど。

 ちょっと不安になりながら、とらこが口を開くのを待つ。

 家の前に着いた。もう諦めて家に入ってしまおうかな、と思ったが、一応最後にとらこのほうを向いてみる。と、いきなりとらこはがばっと顔を上げた。しっぽは興奮しているようにぱたぱたと動いていた。


「そうなんです、そういうことなんですけど! そういう納得の仕方なんですね!? 恥ずかしいんですが!」

「恥ずかしい?」

「というか嬉しいですありがとうございます! でもやっぱり恥ずかしいです!」


 嬉しい、ということは、私の答えは合っていたんだろう。ほっとした。


「じゃあまた明日」


 なぜだか呻き声を上げているとらこに手を振ると、「はい!」とやけに大きな声が返ってきた。……まだ恥ずかしがっているんだろうか。

 家の鍵を取り出して、ドアに差し込みがちゃりと回す。とらこが去っていく気配がした。

 誰もいない家の中は、当然静かだった。前まではそんなふうに感じなかったのに、とらこと話すようになってからは、一人なのだということを強く認識するようになってしまった気がする。


「……ただいま」


 リビングに置いてある写真に声をかける。なんとなくそのふちをそっと触ってから、自分の部屋に荷物を置きにいった。

 まずは洗濯物をしまわなきゃ。夜ご飯、今日はカレーでいいかな。まとめて作っておいて、ちょっとでもテスト勉強の時間を取りたい。







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