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バス停と、とらこ  作者: 藤崎珠里


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13/23

12 : 「ちっさーの浴衣は大人っぽいね」

 夏休みになった。


「あっつー……」


 基本的にエアコンは使わない主義だが、そうも言ってられなくなってきた。ひとまず扇風機をつけてみる。一番暑い昼間は耐え切ったのだ、出かける前にこれくらいはいいだろう。

 夏休み。

 普段は特に何も用事がないのだけど、今年は唯ちゃんと瑞穂ちゃんに遊びに誘われてる。遊園地、花火、映画、プール……。

 あれ、誘われすぎじゃないかな。こんなに遊べるんだろうか。全部了承してしまったが、今更不安になってきた。というかそもそも唯ちゃんは足怪我してたよなぁ。プールは確実に無理な気がする。浴衣も水着も買って、準備万端だったんだけど。

 少し残念に思いながら、出かける準備を始める。


 夏は幽霊が多い。視界がごちゃごちゃとして疲れるため、毎年この時期の外出は控えていた。……しかし、今年はそうもいかない。今までの私ならげんなりしていたのだろうが、今はなんとなくわくわくしていた。夏休みに友達と遊ぶなんて、小学校低学年以来だった。そもそも友達と遊ぶのがそれ以来だし。

 ……でも。

 視線を、千佳の写真があるほうへ向ける。

 夏は幽霊が多いのだ。外出を控えていた理由は、疲れるからだけではなくて。


 ――探しちゃうんだよな。


 千佳を。

 この幽霊たちのなかに紛れてるんじゃないかと。思ってしまうのだ。

 どんなに探したって、私の夢の中以外、千佳は現れてくれないのに。

 ふっと苦笑いが浮かぶ。一人首を振って、浴衣を着ていった。調べながら着てもよくわからなかったが、なんとなく形にはなったのでこれでいいやと思うことにした。

 今日は近所の大きな公園の花火大会に行くことになっている。もちろん唯ちゃんと瑞穂ちゃんと一緒だ。

 髪の毛は……めんどくさいから下ろしていこうかな。いつもは適当に一つにまとめてるんだけど、浴衣だとそれはだらしなく見えるかもしれない。

 浴衣と一緒に買っていた下駄に足をひっかける。下駄を履くのは初めてだけど、靴ずれしたときのために絆創膏をちゃんと持ってきている。

 待ち合わせ場所は公園の入り口の一つ。誰もいない家に「行ってきます」と声をかけて、私はバス停に向かった。自転車でも行ける距離だが、人がすごく多いので停める場所があるかわからないし、浴衣じゃこぎづらい。入り口のすぐ目の前のバス停があるので、そこを使うことにした。


 今日はとらこはいない。夏休み中はできるだけ近寄らない、ととらこ自身も言っていたが、バスに乗っているのに隣にとらこがいないと変な感じがした。

 窓の外を見る。夕方でも日差しは強くて、眩しさに目を細めた。


「ごっめーん、遅くなった!」


 待ち合わせ時間から一分、唯ちゃんと瑞穂ちゃんが到着した。瑞穂ちゃんも「ご、ごめんね」と言いながら、慣れない下駄のせいかよたよたと走ってくる。


「ううん、遅れたって言っても一分じゃん」

「でもちっさーのことだから五分前には来てたんでしょ? そんなイメージ!」

「……うん」


 実際は二十分前だけど、それは言わなくていいだろう。


「あれ、唯ちゃん松葉杖は?」


 この前会ったときにはまだ使っていたのに、今日はなかった。まさか花火大会だと邪魔だから置いてきたんじゃ……と思っていると、えっへへー、と唯ちゃんはピースした。


「もう取れたよ! あ、プール誘っちゃったよね? 流石にプールはやめたほうがいいっぽいけど、運動しない系の遊びなら大丈夫だから、いっぱい出かけようね!」

「あの、び、美術部は緩いから、えっと、さぼっても平気だし……わたしもいっぱい、遊びたい」

「え、さぼっちゃうの」

「うん」


 そこははっきりうなずくんだな。緩い部活はさぼっても平気なのか……私もそういう部活なら入ってもよかったかもしれない。時間があるときにでも、美術部に仮入部に行ってみようかな。絵を描くのは得意ではないけど、結構好きだし。


「んじゃ、行こっか」

「だね」


 三人で公園に入る。普段は有料だが、花火の日だけは無料で入れるのだ。

 覚悟はしていたが、公園内は人で溢れていた。ざわざわと楽しそうな声で賑わっている。花火が始まるまであと一時間はあるから、これからまだまだ増えていくのだろう。

 花火が見えやすそうな場所の草むらにレジャーシートを敷いて、三人で座る。レジャーシートとか、遠足みたい。


「瑞穂ちゃんの浴衣可愛いね」


 座って一息つけたので、思っていたことを言ってみる。

 瑞穂ちゃんの浴衣は、白地にパステルカラーのピンクや黄色、オレンジの花が描かれたものだった。あ、よく見たら花には金色のラメが入ってるんだ。帯は薄紫から濃い紫へのグラデーション。

 いつもはお下げの髪の毛は、左上の高い位置で一つにまとめている。小さな白い花が集まった髪飾りは、瑞穂ちゃんによく似合っていた。


「そ、そんなことないよっ、ありがとう……」


 恥ずかしそうにうつむきながら、瑞穂ちゃんはあわあわと顔や髪に手をやる。

 唯ちゃんがずいっと近づいていて、「はいはーい」と手を上げた。


「ちっさーあたしはあたしは?」

「甚平っていうのが予想外だった。でも可愛いよ」


 てっきり浴衣だと思っていたが、すごく似合っている。

 唯ちゃんの甚平は、白地に……八重桜だろうか。赤に近いピンク色の桜柄だった。黄緑色の葉っぱも綺麗。花の大きさや花びらの描き方が色々違って、華やかだった。髪もボリュームがあってかわいい。上はくしゃくしゃっとお団子になっているけど、そのまま一つ結びだ。……この髪型なんて呼ぶんだろう。とにかく、唯ちゃんの雰囲気に合っていてすごく可愛かった。


「でっしょー? いや、浴衣ってめんどいじゃん。甚平のほうが動きやすくて好きなんだよねー」


 にひひ、と唯ちゃんは両腕を上げて甚平の袖を広げた。


「ちっさーの浴衣は大人っぽいね」

「そう?」

「う、うん、すごい似合ってる」

「でも二人とも白地なら白地にすればよかったかな」


 自分の浴衣を見下ろす。

 私の浴衣は、紺地に薄紫の竹と桜が描かれている。あまり派手な色合いが好きではないからこれを選んだのだが、二人の可愛い浴衣とは雰囲気が違う感じがする。……なんだか私だけ仲間はずれな感じ。

 ちょっとむーっとしていれば、唯ちゃんが私の髪の毛をいじってきた。


「髪の毛下ろしてきたんだねー」

「めんどくさかったから」

「……言えばあたしが道具持ってきたのに! いや、言われなくても気づかなきゃいけなかった……くっ、不覚」

「……変?」

「めっちゃかわいい!」


 じゃあ別にそんなに悔しがらなくてもいいんじゃ。

 花火が始まるまでに、焼きそばやアメリカンドッグなんかでお腹を膨らませておくことにした。私が荷物番として残って、二人に買ってきてもらう。

 私が頼んだのはアメリカンドッグと、バニラとチョコのミックスソフトクリーム。お礼を言って受け取るとお金を払い、ちびちび食べ始める。唯ちゃんは焼きそばとチュロス、瑞穂ちゃんはから揚げとカキ氷を食べていた。皆でちょっとずつ交換もして、その感じがなんだかすごく楽しかった。チュロスって初めて食べたけど美味しいんだね。


「お、始まったー」


 一発目の花火が打ち上がって、唯ちゃんが声を上げた。薄暗くはなってきたものの、まだ空は明るい。普段は終わりかけのほうを家の窓からちらっと見る程度だから、ちょっと新鮮な感じがする。

 スマホのカメラで写真や動画を撮っていた唯ちゃんも、空が完全に暗くなると静かに花火を見ていた。


 しかし私は今、冷や汗をだらだらとかいていた。綺麗だけど、集中できない。

 思えば、この時間帯、かつ夏に外にいたことはなかったのだった。幽霊も妖怪も、うじゃうじゃといる。酔いそう。花火を見る余裕がない。せっかく唯ちゃんたちと見てるのに。

 幽霊たちは、普通の人間たちと同じように花火を見上げ、歓声を上げている。みんなは気づかない。大きな龍のような妖怪が、花火と一緒に空に上がっていった。みんなは気づかない。

 ふっと横を見れば、小さな一つ目鬼がいた。私の視線に気づいてこちらを向くと、無邪気ににぃっと笑う。真っ赤な口が裂けた。

 気持ち悪い。


「ちっさー、だいじょぶ? なんか気分悪い?」


 唯ちゃんが気づいて、心配そうに声をかけてくれる。暗いから顔なんて見えないはずなのに、なんで気づけたんだろう。ああ、花火の光か。


「あー、うん。人酔いしたかも」

「ええっと、お、お茶飲む?」

「ありがと」


 瑞穂ちゃんからもらったお茶をこくりと飲む。少し落ち着いた気もするが、気持ち悪さはなくならなかった。

 流石に夜は厳しいのか……。夏の夜はこれから出かけないようにしないと。

 そう心に決めたとき、一際大きな花火が打ち上がる。それを見上げれば、視界がぐにゃりと歪んだ。

 あ、やばい。世界がまわ、る……?


「ちーさん!」


 ……とらこ?

 気づいたら、とらこが私にくっついていた。背中を押さえてくれていて、そのおかげで倒れずに済んだらしい。

 とらこがくっついていると、不思議なことに気持ち悪さが治ってきた。すーはーとゆっくり深呼吸をする。

 不自然な体勢の私に、唯ちゃんと瑞穂ちゃんが心配そうな顔をしたのがぼんやりと見えた。


「帰る? 大丈夫?」

「なんか治ってきた。ありがとう」


 そのありがとうは、よくわからないけどとらこにも向けて。きっととらこが何かしてくれたんだろう。

 とらこにくっつきながら、最後まで花火を見た。幽霊も妖怪も相変わらずうじゃうじゃいたけれど、フィナーレの花火には歓声を上げられた。



「じゃあね」

「うん、ばいばいー」


 バスを降りて、気まずげなとらこに視線を落とす。

 夏休み中はできるだけ近寄らないようにする、と言っていたのに。……見守っていてくれた、らしい。そんなに守らなくていいのに。守らないでほしいのに。


「とらこ、何したの」

「た、大したことはやっていませんよ」


 そうやっていつもいつも、私のことばっかり考えて。私がとらこを心配することは、拒否するのだ。


「……ふーん。ありがとう」

「どういたしましてです」


 感謝とともに皮肉を込めたつもりだったけど、とらこは嬉しそうにそう言っただけだった。







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