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バス停と、とらこ  作者: 藤崎珠里


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12/23

11 : 「え、大事でしょ?」

 七月二十三日。黒板に書かれた字を見て、やっとそれを知った。

 ……誕生日か。

 知ったところで、別に何も思わない。誕生日だからって、誰かから何かしてもらえるわけでもないし。たぶんお母さんとお父さんも頭にないんだろうな、と思うものの、それに寂しさは感じなかった。

 黒板の日付は、その日の日直が書き直すことになっている。昨日の日直は瑞穂ちゃんだっけ。少し小さいが、整った字だった。なんとなくじっと見ていると、紙みたいなぺらぺらの妖怪が黒板の前を横切った。窓から外に出ようとして、風に押し戻されている。なんだかかわいい。風が弱くなったときに、ようやく外への脱出を成功させていた。

 一時間目の授業の予習を確認していると、瑞穂ちゃんが来た。目を向けると、びくっとしながら手を小さく上げる。


「ち、ちーちゃん、おはよー!」

「おはよ」


 瑞穂ちゃんは朝の挨拶でさえもまだ緊張するみたいだ。まろんの一件で、随分話してくれるようにはなったけど。

 いつも休み時間中にちょくちょく話しかけてくれるのだが、上手く返事ができなくて申し訳なかった。会話が続かないことが自分のせいだと思っているようで、毎回毎回しょぼんとさせてしまうのも心苦しい。

 だけど、会話が苦手な者同士だとこんなものだろう。唯ちゃんのようにはできるわけがないのだ。


 六時間目まで特に変わりなく授業を受け、バス停に向かう。あ、でも、とらこたちとの言い争いのことについて、女子に何か言われることはなくなった。たぶん私が何も反応しないから飽きたのだろう。

 それ以外に変わったことといえば、瑞穂ちゃんと「じゃあね」「ま、また明日」と挨拶を交わすようになったことくらいだろうか。

 ……挨拶以外の会話、頑張らなくちゃな。



「ちーさん、誕生日おめでとうございます!」


 バス停に着いた途端、とらこが大きな声で言った。……唯ちゃんもいるから返事できないんだけど。少し困って、唯ちゃんに不自然に思われない程度にうなずいておいた。

 唯ちゃんは私に気づくと手を振ってきた。


「やっほー、ちっさー!」

「おはよう」

「……やっほー!」

「おはよう?」


 もー、と唯ちゃんは唇を尖らせる。


「ちっさーのそのおはようへのこだわりはなんなの?」

「特にこだわりはないけど。その日初めて会った人にはおはようを使いたい」

「それがこだわりでしょー? あたし、たまにはちっさーの『やっほー』が聞きたい!」

「やっほー」

「……あっははは、棒読み!」


 聞きたいと言ったのは唯ちゃんなのに、何がおかしかったのか大笑いされた。なんだか納得がいかない。そもそもやっほーに感情を込めるとかどうしたらいいんだ。

 少しむっとしながら、「あ、なんかツボった……っ!」と笑い続ける唯ちゃんを見る。


「やっほー」

「お、いいね、さっきより棒読みじゃない!」


 なんとなく悔しくなってもう一度言ってみると、唯ちゃんはぐっと親指を立てた。どこが違ったんだ。

 どう反応すればいいのかわからなくて微妙な顔をすれば、ちょうどバスが到着した。乗り込みながら、ふと思いついた、というふうに唯ちゃんが首をかしげる。


「ちっさーって誕生日いつなの?」

「……七月二十三日」


 今日、というのはなんだか嫌だったので、日にちで答えた。何か突っ込まれる前に、とそそくさと席に座る。というかなぜこのタイミングで訊いてくるんだろう。知っていたとしか思えない。

 唯ちゃんも私の隣に座りながら、スマホを取り出した。


「はーい、りょーかい! メモっとかなきゃ……ん?」


 打ち込もうとした唯ちゃんはぱちぱちと目を瞬き、ぱかりと口を開けた。

 ……あ、本当に知らなかったのか。


「今日じゃん!?」

「そうだよ」

「えーもう、なんで言ってくれなかったの!? 毎日会ってたのにー!」

「え、ごめん……?」


 そこまで言われることなんだろうか。

 困惑すれば、唯ちゃんが人差し指で私の頬をぶすぶす突き刺した。ラメが入った薄いピンクのマニキュアをつけていたんだ、とそこで初めて気づく。


「もー、友達だと思ってたのはあたしだけなのかい? こいつめー」

「唯ちゃんなんか結構痛い。それから私、友達ってよくわからないけど、唯ちゃんと瑞穂ちゃんは友達だと思ってる」

「え、照れる。照れちゃう」


 痛いという言葉を気にしてか、突き刺す力は弱くなる。それでもやめる気はないのか。「これだからちっさーは……」と頬を両手で挟まれてむにゅむにゅされた。……何がしたいんだろう。

 これは特に痛くもなかったので、しばらくされるがままになる。

 一分くらいして気が済んだのか、唯ちゃんは手を離した。ふう、と満足げに息を吐き、今度は自分の頬をつまんで横に引っ張り始めた。


「変顔練習?」

「違うよ!? いや、ちっさー肌綺麗で柔らかいなーって思ってさ」

「そうかな」


 試しに自分でも頬を引っ張ってみる。痛いだけでよくわからない。

 とりあえず引っ張った状態のままで唯ちゃんを見てみると、唯ちゃんはおもむろに自分の頬をまた引っ張った。

 どちらも頬を引っ張ったまま数秒見つめあい、同時に吹き出す。


「ち、ちっさー、かわいい、かわいい……!」

「それは知らないけど、私たち何やってるの」

「知らなーい。というかちっさーは女子によくある『かわいいー』『いや、かわいくないよ! ○○ちゃんのほうがかわいいじゃん』的なのやらないんだね。あたしもやんないけど」


 自分では経験したことがないからいまいちぴんと来ないが、それが女子によくあることなのか。なんか変なの。


「かわいいとか感じるのは個人の感覚だし、私が否定できることじゃないから。私自身はかわいくないと思ってるけど、かわいいって言われたらこの人にとってはそうなんだなって思うだけだよ」

「だからちっさー好き。うん、あたしにとってはちっさーめっちゃかわいいよ」

「ありがとう? ところでなんでこんな話になったんだっけ」


 え? ときょとんとした唯ちゃんは、ぽん、と手を打った。


「そうだそうだ、誕生日ね。ちょっと待ってね」


 ごそごそとリュックを漁りだす唯ちゃん。今日知ったのならプレゼントは用意していないはずだし……何をするつもりなんだろう。

 唯ちゃんは「お、あったあった」と一口サイズ金色の包みを取り出した。


「はい、チョコ。ちょっととけてるかもだけど。明日にはなんかもっとまともなの用意するからさー」

「いや、別にいいよ」

「えー、受け取ってよ。誕生日当日になんもあげないとか、あたしのポリシーに反するの!」

「……ありがとう」


 ありがたく受け取って、早速口に入れる。噛むとぐにゃりと柔らかかったが、味はチョコだ。問題ない。普通においしかった。

 甘くてちょっと喉が渇いたので、水筒のお茶を少し飲む。

 お菓子を持ち歩くと、こうやって急なことにも対応できるのか。私ものど飴くらいは持ち歩くようにしようかな。喉が痛くなったときにも便利そうだし。

 お茶を飲んで一息つくと、今度は唯ちゃんに訊くことにする。


「唯ちゃんの誕生日は?」

「十月八日」


 言われたとおり、スマホのカレンダーに打ち込んだ。

 十月か。唯ちゃんは夏生まれのイメージだから、少しだけ意外だった。

 唯ちゃんが「でも訊いてよかったー」とにへらっと笑う。


「当日になんにも渡せないとこだったよ。もしかしてちっさー、訊かれてないのに誕生日教えるのはプレゼントねだってるみたいでやだー、って人?」

「ううん、そういうことじゃないけど。それでも訊かれてないこと言うのも変でしょ」

「変じゃないよ! むしろ言ってくれなきゃ困るからさ!」

「困るの?」

「困る困る。あ、もしかして瑞穂にも言ってない感じ?」


 そっか、瑞穂ちゃんにも言わなくちゃいけなかったのか。同じクラスなのに教えなかったの!? とちょっと怒られそうで、おそるおそるうなずいた。

 するとやっぱり、唯ちゃんは「もー!」と怒った声を出す。


「あたしが後で言っておくからね? そうだ、ちっさーラインやってる?」

「うん、一応」

「友だち登録しよー。それで瑞穂にも教えとくからさ。瑞穂も当日中に何か言いたいだろうし」

「……友だち登録ってどうやるの?」


 連絡が回ってこないのがめんどくさいからクラスのラインには入っているが、それだけだ。知り合いかも? というところに表示されている子たちは別に友達というわけではないし、そのままスルーしている。

 私のラインはグループ1、友達1という寂しい表示になっている。この友達というのもグループに入るために登録しただけだし、そのときも相手に全て任せてしまったので、ラインの仕組みがよくわからない。

 たぶん活用できていないんだろうな、とは思うが、特に困ったこともないので何もしていなかった。

 ライン画面を見せると、唯ちゃんはうわぁという顔で唖然とした。無言で私のスマホを操作してQRコードを出すと、自分のスマホにそれを映す。ふーん、こうやって友達登録するんだ。

 手際いいな、と感心しながら見ていたら、唯ちゃんが私の肩に手をぽんと置いた。


「めんどくさがらないで、友だち登録しよ……?」

「めんどくさいのは確かにそうだけど、私友達いないよ」

「……おかしいよー……世の中おかしいよ!」

「おかしいのは私で、世の中は普通だよ」

「そうですね!」


 投げやりな感じで唯ちゃんは叫ぶと、疲れたようにため息をついた。バスの中ってこと、また忘れてるんじゃないだろうか。

 唯ちゃんのバス停を告げるアナウンスがかかる。光ったボタンを押して、唯ちゃんは立ち上がろうとした。停車するまで立たないでくださいと言われても、唯ちゃんはアナウンスがかかった時点で立ち上がってしまう。

 バスの手すりに掴まった唯ちゃんに、気になったことを尋ねてみる。


「……誕生日ってそんなに大事?」


 誕生日を祝ったことも、祝われたことも、あまり記憶にはない。小さなころはあったような気がするし、千佳の誕生日は毎年お祝いしていたけど。

 誕生日を祝う、という意味がよくわからないのだ。単に生まれた日であって、年を一つ取るだけだ。それなのにどうして祝うんだろう。

 私の問いに、唯ちゃんは目を瞬く。


「え、大事でしょ?」


 さも当然であるかのように。


「だって、生まれてきてくれてありがとーって日じゃん」


 そんな言葉を、言い放った。


「そりゃあおばさんになったら誕生日が嫌になるかもだけど、今はまだお祝いするだけなんじゃないの?」

「……生まれてきてくれて、ありがとう?」

「そーそ。うん、ほんとありがとね、ちっさー。なんてまだ会って一ヶ月経ってないのに言うことじゃないかもだけど、まあ出会ってからの時間は問題じゃないない!」


 にひっと唯ちゃんは笑う。

 ありがとう、と言われたって。どう反応すればいいのかわからない。

 唯ちゃんに対して、一緒にいてくれて、一緒に話してくれてありがとうとは思っている。それは『生まれてきてくれてありがとう』ということなんだろうか。そこまで遡って感謝するんだろうか。

 生まれてからしてきたことを思い返せば、私はそんな感謝をされるような人間ではない。

 ……けど。

 それも『かわいい』と同じように、私が否定できる気持ちではないんだろう。心がこもっている分、こちらのほうがより否定してはいけない。


「じゃあね、また明日ー」


 笑顔で手を振る唯ちゃんに、つい「待って」と声を出す。


「……どういたしまして」


 数秒戸惑ったようにしていた唯ちゃんは、意味がわかったのか再び笑顔になった。

 十月八日。ちゃんと、唯ちゃんに生まれてきてありがとうって伝えなくちゃ。



 バスを降りても、とらこは言葉を発しなかった。

 むすっとした雰囲気が伝わってきて、何かしてしまっただろうかと内心首をかしげる。バスに乗る前は普通だったし、バスに乗ってからも私は唯ちゃんと話していただけだし。特に機嫌を悪くするようなことはなかったはずだけど。

 誰の気配もなくなったときに話しかけてみた。


「とらこ、なんか機嫌悪い」

「いえー別にー」


 とらこはぷいっとそっぽを向く。そんなあからさまにしておいて、別にということはないだろうに。

 訊くのもちょっと面倒だったけど、今日は訊きたい気分だった。


「どうしたの」


 うー、と唸ったとらこは、しぶしぶ口にした。


「……誕生日おめでとうございますって、最初に言ったのわたしですからね。生まれてきてくれてありがとうって、わたしだって思ってますよ」


 なんだ、そんなことで拗ねてたのか。ちょっとおかしくなって、ついぷっと笑ってしまう。

 生まれてきてくれてありがとう。二人から言われてしまうと、照れくさい。千佳のことを考えると、その言葉がずしりと重くのしかかってくるけど。

 だけど、唯ちゃんもとらこも、心からそう思ってくれている、のだと思う。


「大丈夫、わかってるよ。ありがと、とらこ」




 次の日の朝、テーブルの上に三万円が置いてあった。ああなんだ、一応覚えていてくれてはいたんだ。このお金で好きなものを買え、ということなんだろう。

 ……高校生の誕生日プレゼントには多すぎるでしょ。ほんと金銭感覚狂ってるんだから。







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