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彼女の好きなモノ

作者: 赤いからす

背筋が凍る結末に期待して下さい!

 殺風景な四畳半の部屋に耳がこぼれ落ちそうな紫色のイヤリングをぶら下げ、真っ赤なワンピースを着た女と中年の刑事がスチール製の安っぽい机を挟んで座っていた。鉄格子がはめられた窓から見える桜の木が自然光の行く手を阻み、薄暗い取調室の中で白熱電球を備えた卓上スタンドが出番を窺っている。


「どうして恋人を殺したんだ?」

 刑事は紺色のスーツの襟を直しながら女に尋ねると隅の小さな机に陣取っていた制服警官が供述調書のためにノートパソコンのキーをカタカタと叩き始めた。


「好きだったからよ」

 女は反省する態度を見せず、膝を大袈裟に持ち上げ、足を組んで太腿を見せた。ストレートの長い髪が似合う美人タイプで挑発しているのかスタイルを自慢したいだけなのかよくわからない。

「ゴホン」

 咳払いをして一度視線を外した刑事は改めて質問をした。

「好きなら殺す必要はないだろ?」

「私はね、何事にも飽きっぽい性格なのよ。好きなものができるとツバをつけてすぐに手に入れる。新たに好きなものができてしまうと、古くなったものをそのまま捨てるのが惜しくなって自分の手で永遠に魂を奪わないと気がすまないの」

「好きなものを一人占めにしておきたい……というわけか?」

 刑事は女と視線を合わせた。

「まぁ、そういうことね」

 女はニッコリと微笑んで長い髪をかきあげた。クリスマスツリーの飾りとしてつけられるカラーボールそっくりのイヤリングが耳元で揺れた。


「一番初めに好きになったものは?」

 刑事は尋問を続けた。

「子供の頃は本だったかな。男の子を理由もなく殴ったら乱暴な子というレッテルを貼られて友達もいなかったから家の近所の図書館でブラブラするしか居場所がなかったのよ。塩素の嫌な臭いがしないきれいで冷たい水が無料タダで飲めたし。必然的に本を読むようになったわ。お気に入りは『赤毛のアン』でカナダの風景やアンの思想に浸透したものよ」

「それで?」

「片っ端から本を読んだの。小難しい蔵書から辞典から世界地図にも一通り目をとおしたわ。だって世界旅行した気分になれるでしょ。でも、そのうち飽きちゃうと独占したくなって燃やしちゃった」

「燃やした?」

「そう、図書館ごと。放火することを心に決めてから毎日一階の色々な場所の窓の鍵を外しておいたの。もちろん忍び込むためにね。警備員さんのミスでトイレの小窓の鍵の閉め忘れがあったのは四ヵ月後。暑くて寝苦しい日だった。家にあったサラダ油を本に染みこませてライターで燃やしたわ。なかなか燃えなくてちょっと時間がかかったけど半焼するまで誰にも気づかれなかった。消火活動がはじまった頃はほんとに焼け石に水だったわ」


 刑事はため息を押し殺して質問した。

「この写真の有水哲也と知り合ったのはいつだ?」

 机の上に置かれた写真には端然とした顔つきの若者が写っていた。髪も染めていなければ白いTシャツにジーパンというラフな格好で清潔感のある好青年といった印象の21歳の大学生。

「半年前に合コンで知り合ったの。最初に声をかけてきたのは向こうなのよ。すぐに付き合うようになって半年たったら別れも言わずに私の前から消えようとしたの。勝手すぎると思わない?」


「それが有水さんを殺した理由か?」

 刑事は両方の眉を寄せた。

「そうね。だってすごい失礼なのよ。私の家に招待してコレクションを見せたら家から飛び出して逃げたの」

 刑事は女を捕まえたときのことを思い出した。

『男が包丁を持った女に追いかけられている』という通報があって向かうと、血を流しながら住宅街を疾走する男を発見した。


 男が狭い路地裏に逃げるとすぐさま女が後を追って入っていった。路地裏の両脇は雑居ビルがひしめき合い、ブロック塀が各ビルの敷地を囲っていた。突き当たりのブロック塀を男がよじ登ろうとした背中へ女は背骨が軋む勢いで包丁を突き刺し、警官が取り押さえたときには男はなにかにとり憑かれたように痙攣しながら倒れていた。そして、彼女の家の物置には業務用の冷凍庫があり、カチカチに凍った元彼がコレクションとして保存されていた。マスコミは猟奇的な女の犯行より、警官の目の前で殺害を食い止めることができなかった警察の失態を大きく報道した。


「私、好きな人を追いかけている情熱的な自分が好きなの」

 女は両肘を机の上にのせ、手のひらで顎を支えて刑事の顔を覗きこむ。

 刑事は白い歯をこぼして苦笑い。

「君は起訴されるまで留置所で過ごすことになる。そのイヤリングを外してもらおうか?」

「どうして?」

 女の表情に不快感はなく、目をクリクリさせて楽しそうに訊いてきた。

「自殺するために飲み込んでしまうかもしれない」

「わかったわ」

 女は意外にも素直にイヤリングを外した。

「刑事さん。いま、私が一番好きなモノがわかる?」

 女は微笑みながら尋ねた。

「いいや、君の心はわからないよ」

 刑事が手を伸ばしてイヤリングを受け取ろうとすると、女は自分の手にペロッと唾をつけてから刑事の手を握った。

「私、あなたのことが好きになっちゃったかも」

                                 〈了〉








ホラー(連載)ですでに完結している「狂犬病予防業務日誌」と「無期限の標的」やホラー(短編)では「水たまり」「娘、お盆に帰る」「人類、最後の言葉」「面相筆」「彼女の好きなモノ」など多数投稿しています。恋愛(短編)でも「木漏れ日から見詰めて」という作品を投稿してますのでよろしければそちらのほうも感想と評価をしていただければうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] そして拝見さしていただきました・その6 うーん、最後の終わり方がいまいちでした。 では、次行って見よう。
[一言] 前書きからラストを期待して読んだのですが、今一つ、でした。 猟奇的な部分は緻密に描かれていて、こんな女がいたら…(怖
[一言] 読ませて頂きました。 う〜む。確かに猟奇的な彼女の性格が見え隠れする場面はありました。 ただ背筋が凍り付くような結末ではありませんでした。好きになった。それがもしなにも知らない人間で場所…
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