あの日の月
つたない文章ですが、いろいろな方に見て楽しんで頂ければとっても嬉しいです。
~あの日の月~
手元の時計を見ると十時を回っていた。
街灯のない公園をゆっくりと歩く私。二、三メートルほど進むとベンチに座る一人の男がいた。姿をみた瞬間、『彼』だとわかった。
「やあ、こんばんは。お嬢さん」
黒いハットをかぶり、両手に黒い革の手袋をしているその姿は、秋と言えども異様だった。彼は私にあるものを渡した。その中から一つを取り渡す。
「ほう、これはなかなか面白い。さて、楽しみですね……」
そして、一呼吸おくと生気の感じられない低い声で彼は言った。
「さあ、貴方の望むものを教えてください。僕のどんな唄が聞きたいんですか?」
「……私、私の望むものは……最高に楽しい青春。そう、最悪だったあの学生時代をブチ壊して最高の青春を作り直したい」
「そうですか……わかりました。しかし、僕は夢を見せるだけです。それは、貴方の記憶となりますが、本物ではありません。しかし、最高の幸せとなるはずです」
そう言って、小さく微笑んだ。
私は彼のことはインターネットでみた噂でしか知らない。その噂もどれもこれも信憑性に欠けるものばかりだった。しかし、最後に書かれていた内容には『いくらお金を積んでも手に入らない最高の幸せが手に入る』そう書いてあった。それを見たときに私は彼に会うことを決めたのだ。今年で、二十五歳になるがこの人生、ほぼ一度も幸せと思ったことはなかった。昔から病弱で学校に行ってもいじめられる毎日。それは、中学生になっても高校生になっても続いた。自分の入社したい会社にも入らず、ただ親の言うことに従ってきた。
そんな「弱い自分」「醜い自分」を消すためには偽りでもいいから最高の記憶にすがるしかない。
そのために、私は彼に会いに来たのだ。
「一つ聞かせて下さい。もし夢の中にずっといたらどうなりますか?」
そんな私の質問に表情一つ変えずに彼は言った。
「一人一人に個人差はありますが、夢にいれる時間はたったの三時間です。向こうの時間に換算したら、一日程度……。時間になったら、きちんと私が呼びに行きますが、それを拒否するようなら私は止めません。しかし、貴方はこの世界の記憶から消えます。簡単に言うと死を迎えるということですね」
それを聞いて安心した。
誰にも、迷惑をかけることなく死を迎えられる。本当に、安心した。
「ありがとうございます。では、夢に連れて行って下さい。お願いします」
彼はゆっくり頷き詩のような歌のような言葉を紡ぎ始めた。
― 日々つまずく私たち
それは無駄じゃないと信じてる
でも、それはすべて嘘
それは偽り
つまずいたら立てるそんな人間はほとんどいない
だから……
だから、みんなで助け合うんだ
一人じゃなんにもできない私たちだから
その大切さを知っている
でも人は人を憎み合う
そうして一人になりたがる
人をきらうのが怖いから自分がきらわれるのが怖いから
だから……
だれも他人を
自分をわかろうとしない
でも、それでいいんだ
それが人間らしさ
そう、
それが私らしさなんだから ―
私は優しい声に包まれながらゆっくり、ゆっくりと夢の中へと落ちていった。
意識が落ちる最後に目に入ったのはとても大きく、煌々と光を放つ月だった。
「おい! おい、起きろよ松村。もう授業終わったぞ」
男の子の声が頭に響いて、私はゆっくり目を開けた。
「……え、田中くん?……どうして……」
「何言ってんだよ。もう下校時間だぞ。お前五時間目からずーっとねてたじゃねぇか」
「うそ……」
そこで、やっと思い出した。ここは夢で、私は案内人に頼んで自分が望んだ夢に来ているんだと。
でも、もっとぼやけているものかと思ったら、色も付いてるし想像よりもずっとリアル。
「おい、早く帰るぞ!」
「え? どうして私が田中くんと帰るのよ?」
彼の突然の言葉に驚いてしまった。
「なんでって、昨日いっただろ? 俺に料理教えてくれるって!」
「はぁ……そうなんだ」
「なんだよ。寝ぼけてるのか?」
そっか、そういう設定なんだ。リアルの私よりも夢の私の方がずっとコミュ力が高いじゃないか。
少し悲しくなる。でも、楽しくもあった。あのとき最悪だった高校時代をもう一度、違う私でやり直せるような気がした。
「なんでもない。行きましょうか!」
学校を出ると私たちは町で一番大きいスーパーに向かった。
食品コーナーの前に来ると、田中くんが言った。
「で、シフォンケーキの材料ってなんだ?」
はぁ~、いきなりレベルが高い。簡単に素人が作れるものじゃないのに。
「ねえ、一つ言わせてもらうけど、簡単にはできないわよ」
「んなことはわかってるよ。でも、作らなきゃいけないんだ。それよりも松村は本当にできるのかよ? お前なんか不器用そうだし……」
「田中くんて案外失礼ね。教える気なくす」
確かに不器用だけど、十年くらいお菓子づくりをしていれば嫌でも作り方は覚える。
私は無言で、材料をかごに入れていった。
「へー、牛乳も使うのか……」
「ええ、入れないこともあるけどね。でも、入れた方がおいしくできるの」
田中くんは感心したように何回も頷いた。そして、ポケットからメモ帳を取り出し、私の言ったことを書き止め始めた。
へ~、真面目なところもあるんだ。
少し自分の頬が緩んだ気がした。
「おい、なに笑ってんだよ」
「ふふ、私、笑ってた?」
「ああ、思いっきりな!」
そんな、彼の不機嫌そうな顔を見るとなぜかもっと可笑しくなってしまう。
「あはは、別に笑ってないわ。材料も揃ったしもう行きましょう」
レジでお会計を済ませると、私たちは彼の家に向かった。
道の途中、懐かしい神社が目についた。東京に出てからは地元にほとんど帰ってこなくなった私だが、昔はこの場所にはよく助けられた。小、中、高、と学生時代にずっといじめられていた私の逃げる場所は、いつもこの「鳴神神社」だった。ここは、不気味でよく幽霊が出るそんな噂があった。そのせいか、私以外に人はほとんどいなかった。こんなところに来るのは、私か神社の神主くらいだった。
「ねえ、あれ松村さんじゃない?」
「うん、それと……田中くん?」
そんな声が目の前から聞こえた。
私は顔を上げ、彼は顔を伏せた。その異様な光景のおかげで私の中で整理がついた。
そう、何も変わってないのだ。夢の中でも私はいじめられっ子。そして、それを幸せに変えるのも私自身。しかし、一日という短い時間ではなにも変わらない。
いいや、一生ここにいても夢の私は「今の私」と同じ人生をたどる。だったら、この世界で楽になったしまう方がよっぽどいい……。
彼女たちと会ってからの私と田中くんは家についてからもほとんど会話がなかった。私たちは何かから逃げるようにシフォンケーキ作りに没頭した。その沈黙を破ったのは、私のケータイだった。
「……おい、メールきてるぞ」
「ええ……」
メールを開くと笑ってしまった。そこには一言。
『今日の10時、一人で鳴神神社にこい。 優姫』
それだけのメールに足が震えた。
八城優姫……。
中、高と私をいじめていた主犯格の人間。勉強もスポーツも学年上位。おまけに顔もよく、女子からも男子からも名前の通り、お姫様のように扱われていた。そして、私が一番会いたくない人物。
多分、帰りに会った女子が田中くんと一緒にいるのを優姫に言ったのだろう。彼女は貪欲だ。嫌いな人間の物をすべて奪おうとする。自由も、楽しさも、人も……。
今の時間は九時。後、一時間ほどでケーキが焼きあがる。私はそれを食べる間もなく、行かなくてはならない。
仕方ない……もう、行こう。
「じゃあ、私は帰るわね」
「お、おい! まだ焼きあがってないぞ」
電子レンジの前であたふたする田中くん、見ていて面白い。こんな彼が一生懸命に作ったケーキはとっても美味しいのだろう。
でも駄目、これを食べたら私は弱くなる。行けなくなる……。
だから、彼に言おう。
「ありがとう。今日は楽しかった。バイバイ」
私は小さく手を振って、逃げるように走り去った。秋の夜風が頬にこすれてピリピリと痛む。でも止まれなかった。
どれほど時間がたっても、トラウマは心に残る。二十五歳になった今でも優姫に会うのは怖かった。
神社につくと、二匹の狛犬が不気味に笑いながら私を迎える。その向こうに暗くそびえている鳥居を抜けると、彼女たちはいた。
女子三人。いじめをしていた主犯格三人。その中心に優姫はいた。薄ら笑みを浮かべ弱者を見下すようなドス黒い瞳。背中に嫌な汗が流れるような気がした。
「早かったじゃない。松村さん」
夢なのに本物と同じ声で彼女が言った。その笑みは崩れることはない。
「ねぇ、最近ちょーし乗ってない? あたし聞いたんだ。あんた、最近楽しそうだって……」
両隣の女子もクスクスと笑う。震える足を押さえながら私は言った。
「ええ……楽しいわ」
「そう、よかった。あたしさ、人の幸せを壊すのだぁい好きなんだ。それが、むかつく奴ならなお更ね。あんたが、楽しそうにしてるの見るとね、なんかこう! ワクワクすんだよ! どうやって絶望に突き落としてやろうかなって!! あははははっ」
とことん、最低な奴だ。もう、人間的に欠陥があるとしか思えない最低さ。
でも、一番最低なのは私……。こんな奴にここまで言われて、ただ震えて涙を流すことしかできない私。
周りの二人も、優姫につられて笑っている。でも、顔がこわばっているってことは彼女たちも怖いのだろう。優姫を敵に回すのが。その中の一人が言った。
「ねえ、こいつ生きてる価値あるの?」
その何気ない一言が、引き金になった。
「やっぱり、あんたもそう思う? じゃあ、消そうよ。あたし、いいもの持ってきたんだ! ほら」
優姫はコートのポケットから、カッターナイフを出した。
「え?」
彼女の言葉に、二人が固まった。
「ねえ、あんたやりなよ。嫌いなんでしょ? こいつ」
「えっ、でも、今のは言葉のあやで……ねっ」
もう一人に、同意を求めるが目を伏せてしまう。
「ゆうちゃん、さっきのはなんて言うか、冗談って言うか……」
「あぁ? あたしの命令が聞けないの? じゃあ次はあんたがこいつと同じ目に合う訳だ……」
「えっ、でも……でも……」
カッターナイフを持たされた一人は泣きながら震え始めた。そんな友達の姿を見ながら、優姫は無情に言い放つ。
「早くやれよ」
「ごめん、ごめんね、松村……私あなたと同じになりたくない」
なに言ってるの。泣きたいのはこっちだ。私はこの世界に死を求めてきた。でも、まさか、こんな結末になるとは思わなかった。これは、自分に対しての罰なのかもしれない。人は簡単に死を選んではいけないのかもしれない……。
震えている彼女に私は言った。
「大丈夫、貴方は悪くないわ」
とても残酷で一生、彼女が背負う言葉。歪んだ泣き顔で驚いたように私を見つめる。
そして……。
「ばかやろう!!」
次の瞬間。全ての静寂を打壊す声が辺りに響いた。振り向くと、息を切らし汗を拭う彼がいた。まるで、王子様のような登場にこの場の全員が動揺する。
そして、糸の切れた人形のように彼女はナイフを落とした。
「ちっ! なにやってるのよ。馬鹿!!」
そのナイフを優姫はすばやく拾い、私に突き刺した。一瞬、何が起きたのかわからなかった。数秒後、身体中の血が腹部に集る感覚がした。
「くそっ!」
田中くんが私に駆け寄ってくる。その姿を見ながらゆっくりと崩れ落ちる。
優姫は固まったまま動こうとはしなかった。あとの二人は、何やら電話をしているがもう私にはわからない……。
「絶対、絶対助ける!!」
田中くんの言葉も、もう聞こえない。
意識が遠のく。
そんな中、夢のくせにすごく痛い……そんな事を思った。
「もう、死ぬのはまだ早いですよ。依頼人を勝手に死なせるわけにはいかないので」
突然、頭の中に声が響いた。
そう、この声は……。
「予定よりも少し早いですが、迎えに来ました」
「どうして? 私はもう人生を諦めたの」
目を開けると、『彼』がいた。黒いハットに隠れた表情は何を考えているのかわからない。
「貴方がどこで人生を諦めようと、勝手ですが……まだ、死なせるわけにはいきません」
薄暗い、洋館のような場所に私は寝ていた。彼と私を挟んで木のテーブルがある。その向こうのソファーに彼は座っていた。
「どうして……どうして、楽になるのがいけないの?」
「いいえ。貴方一人がどうしようと勝手です。しかし……まだ、貴方を必要とする誰かがいるとなれば、またそれは変わります」
「私を必要とする誰か……?」
彼は微笑むと、ハットを取った。初めて見るその瞳は『赤』『青』と別の光を放っていた。
「そう、赤は過去。青は未来を見通します。お会いした時に見た、貴方の未来と過去には生を感じませんでした。しかし、今は違う……待っている誰かがいる」
「いえ。そんな人はいるはずない。だって、私には絶望しかなかったんだから」
そんな私の言葉に可笑しそうに笑う。
「そう、これまでの人生は絶望だらけだった……。でも、もう引いていたんです。タロットナンバー『十番』を」
タロットカード。そう、確かに私は彼に会った時に引いた。でも、何を引いたかは見なかった。どうせ、占いのようなものだと思い込んでいたからだ。
「それは『運命の輪』のカード、これ自体は珍しくありません。しかし、とてもギャンブル性が高い。そして、『逆転の一手』となるものです」
「逆転……?」
彼はどこからか、カードを取り出しテーブルに置いた。
「はい。幸福が不幸に、そしてその逆も然。人は必ず幸福にはなりません。しかし、幸福になる確率を上げることはできます。それは、自分を信じること。そして、他人を信じること……」
「自分を、他人を信じる?」
「もう、自分を必要とする人間などいない。そう思っても、意外といるものですよ。貴方を必要とする人々は……お話はここまでです」
そう言って、彼はソファーから立ち上がった。そして、私の手を取り起き上がらせると、
「さあ、帰りましょう。元の世界に……貴方を待つ人のところへ」
彼は唄い始めた。とても綺麗な声で……。
― こがねの風
私の体を吹き抜ける
ゆっくり ゆっくりと
そして街を染めていく
あか あお みどり きいろ くろ しろ
色々な幸せのいろ
ひとり、ひとり
別々の幸せを
そっと運んでいく
その中に一つ見つけた
私のやさしい
やさしい
小さい幸せ ―
ゆっくり瞳を開けると、煌々と光る月が見えた。
背中に固い感覚がある。だんだんと視界がはっきりとした。
私はベンチに寝かされていたようだ。しかし、頭には心地良い感触がある。
顔を上に向けると男性がいた。清潔感のある髪型に、私より少し大きい手。
不思議と彼を呼んでいた。
「田中くん……?」
「おう。起きたか?」
「どうして……ここに?」
「お前を迎えに来たんだよ。なんか、昔を思い出してな……ここなら松村に会える、そんな気がした」
「そう……」
起き上がると、昔よく見た鳥居があった。たぶん、あの神社だろう。
「なあ、店に来いよ。あの時、食べれなかったシフォンケーキご馳走してやる。お前より上手に出来ないかもしれないけど、一応、パティシエやってるんだ。もちろん、牛乳も入れるぞ!」
顔を赤くしてそんな事を言う田中くんは、どこか子どもっぽくて懐かしい気持ちになった。そっか、これが……私の幸せなのかもしれない。
「そうね。行きましょうか!」
そう言って、私たちは歩き出した。
夜道を照らす大きな月に微笑みかけながら。
なかなか、小説が書けなかったのですが、久しぶりに投稿できました。
読んで頂きありがとうございました。




