④
「はーい、ありがとうございましたー。野球部主将の近衛くんに大きな拍手を!」
「あざーっす!!」
うん、やっぱり「未成年の主張」は大盛り上がり。司会・進行は、生徒会長の優。ここは外せない。タイムキーパーと、「主張」する人の送り出しはわたし。名前を書いた紙をめくる役もやりたかったんだけど、無理そうだったので書道部の部長にやってもらってる。
「えっと、近衛くんが終わって、今やってるのが1-Bの丸山さん。次は…あれ? いない、どこ?」
「菊池、落ち着け。次は休憩だろ」
「あ、そっか。ありがとうございます」
飯野先生にわたしのサポートをしてもらってる。助かった、ひとりじゃもっとテンパってるよ。本当は黒岩くんがわたしの補佐だったんだけど、「裏・未成年の主張」のため、今は生徒会室に籠ってる。休憩に入ったら様子を見に行こう。
「それでは、『未成年の主張』前半戦で叫んでくれた皆さん、ありがとうーー! ではまた30分後に!! ……ふう、半分終わったねー」
「お疲れ。やっぱさすがだわ、優。盛り上がるね」
屋上の「主張」ステージから引っ込んだ優に水を手渡した。この寒いのにカーディガンを脱いでいる。
「で、『裏』はどんな感じ?」
「さっきちょうど黒岩くんから連絡が入ったよ。今ひとり希望者がいるってさ」
「よし! 生徒会室行こう!」
優はさっきまでオーバーアクションで進行してたのに、電光石火で階段を降りていった。
「彬! 『裏』の希望者は!?」
「優先輩、ドア壊れるし。今タカさんに行ってもらってるとこ」
「そっか、タイミングいいね」
「でも美紗先輩、ずいぶん遠回りな呼び出しにしましたね」
そう、遠回りで慎重な呼び出しにしたのがミソ。「裏・未成年の主張」の希望者は、自分自身の名前・クラスなどの情報と、「主張」をしたい相手の情報、「主張」の内容、呼び出したい場所や時間を書いて「裏」用のアドレスにメールする。顔が広い黒岩くんはすべてのクラス・部活に知り合いがいるので、その相手が今どこにいるか、情報網を駆使して特定させる。そこから先は早瀬くんの出番。黒岩くんから一切の情報をもらって、相手を呼び出しに足を運ぶ。
「早瀬くん、どこに向かってるの? 様子だけ見たいな」
「3-Cの教室ッス。その相手は休憩中みたい」
「行ってみよう! サンキュ、彬!」
「いいなー、オレも行きたいよー」
黒岩くんにはかわいそうだけど、情報を整理する人はウロウロしちゃいけないんだ。これは香山先生の「T.L.S.」の受け売り。
3-C、3-C…、あ、早瀬くん、いた! 優はそのまま早瀬くんに声をかけそうだったけど、ここで邪魔が入ったら慎重に呼び出ししてる意味がない。
「こんにちは」
早瀬くんは丁寧に挨拶して3-Cに入った。爽やかで嫌味がない早瀬くんでないと、突然誰かを呼び出すのは波風が立つ。優は「未成年の主張」の進行を抜けることはできないし、生徒会長だから相手を警戒させる。黒岩くんは軽すぎるし、わたしは堅すぎる。相手に不審に思われないよう、穏便に、人目につかないように呼び出したい。早瀬くんと3年生の先輩が出てきた。呼び出しうまくいったみたい。早瀬くんは廊下の隅にいるわたしたちに気づいて、小さくガッツポーズをした。
「優、もうすぐ休憩終わる。屋上行こう」
「そうだね、早瀬グッジョブ! こっちも超盛り上げて、『裏』もひっそりやれるよう頑張ろ!」
表で裏で、学校のみんなの想いがたくさんあふれているのを、屋上へ駆け上がりながら、ひしひしと感じていた。
「未成年の主張」最後は、前の生徒会長。わたしたちへの期待や、先生たちへの感謝の言葉を、ありったけの想いを込めて「主張」してくれた。
「皆さん、ありがとうございました! オレはこの学校が大好きです! 卒業式の答辞で言うつもりだったこと全部言っちゃいました。ヤバいッス!」
観客から精一杯の拍手と歓声、そして笑い声。優の目が潤んでいる。涙を一切隠さず、優は進行を続けた。
「前会長の藤井先輩、ありがとうございました! そして『未成年の主張』をしてくださったすべての方にもう一度……」
「ちょっと待ったーーー!!」
わたしの横をすり抜けて、男女ふたりの生徒がステージに上がってきた。小さな優は転びそうになるのをどうにかこらえた。屋上はヒヤヒヤする。男子の方が大声で「主張」し始めた。
「皆さん、今この『未成年の主張』の裏でも『主張』をしてるのをご存知ですか?」
観客はザワザワしだした。チラシも配ったし、たいていの生徒は知ってるはずだ。わたしたちが秘密裏に進めていたから、どこで誰が「主張」していたかは表に出てはいないんだけど。
「全校生徒の前で『主張』する勇気がない人、つまり10分前のオレみたいなヘタレのために、生徒会が『裏・未成年の主張』も企画してくれてたんです!」
そう、それで今日は本当にいっぱいいっぱいだった。黒岩くんからの情報だと、「裏」は最終的に10人以上になったらしい。男子生徒は、さらに「主張」を続ける。
「オレは、今度卒業するんだけど、後輩に好きな子がいて、でもなかなか言えなくて、さっき『裏』のやつで呼び出してもらって告白しました! そしてたった今、生まれて初めて彼女ができましたーーー!!」
割れんばかりの大歓声。一緒に上がってきた女子はその後輩ってことね。「もういいから」と降りたがってる。前会長は「持ってかれた」と言いたそうな複雑な笑顔で拍手している。優は感動のあまり号泣していて立つのがやっと。
「今のが、『裏』の最後の人」
早瀬くん、黒岩くん。「裏」も一段落ついたのね。
「ふたりともありがとね、ずっと『裏』で動いてくれて」
「おう。っつーかダメだな、高嶋。オレ行ってくるよ」
早瀬くんはヒラリとステージに上がり、嗚咽交じりの優を支えて一緒に最後の司会を務めた。拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
送る会直後の定例会議。話題は自然と表裏の「未成年の主張」のことになる。わたしと優、早瀬くんと黒岩くん、それぞれお互いの成果をよく知らないのだ。
「フラれちゃった子もいたんだってね」
「全員が全員うまくはいかないッスよ」
まぁ、それは仕方ないか。
「すみません、お話いいですか?」
生徒会室のドアを開けて、ひとりの女子生徒が入ってきた。
「どうぞ、座って座って」
「はい、ありがとうございます。あの、あたし、1-Eの三浦っていいます」
「あー、もしかして『裏』にメールくれた?」
黒岩くんが身を乗り出す。三浦さんは恥ずかしそうにうつむいた。
「そっか、いたな、そう言えば」
早瀬くんは「主張」希望者の顔を見てるので、覚えがあるようだ。
「卒業する先輩に告白したくて、でも呼び出すのも恥ずかしくて、その、友だちに呼び出してもらうのすら恥ずかしかったんです」
かわいいなぁ。みんな温かい目で三浦さんを見つめている。
「それで、『裏』のやつならって。生徒会の皆さんだったら、恥ずかしくないし」
「へー、そう思ってくれる人もいたんだ」
「はい。友だちはいつも会うし、フラれたら格好悪いから。生徒会の皆さんはいつも会うわけじゃないので、思い切って言えたって感じで」
それも、実はわたしの思惑に入ってた。あまり快くはないけど、生徒会ってちょっと遠い存在なイメージがある。それを逆手にとって、話しにくいことを引き出せないかと思ってた。
「屋上の『未成年の主張』見てて勇気が湧いたんです。あたしは『裏』でしか言えなかったけど、でもおかげで告白できて、うまくいきました。ひとことお礼が言いたかったんです。ありがとうございました」
三浦さんはペコリとお辞儀して生徒会室をあとにした。
「……んふふ」
「気持ち悪ぃよ、高嶋」
「だってねぇ、うれしいじゃん。ねぇ、美紗」
うれしい? そんな一言じゃ表せないよ。
「んふふ、ふふふ…」
「美紗先輩、大丈夫?」
ふたりでニヤニヤが止まらない。
「女子は分かんねぇな、ホント」
「先帰ろう、タカさん」
「だな」
「えー、待ってよ」
カバンをひっつかんで、優と一緒に早瀬くんたちを追いかけた。まだニヤける。昇降口までたくさんの先生、生徒とすれ違った。香山先生もいた。
「おー、お疲れ。送る会うまくいったな」
「はい、おかげさまで」
「うちらはこんなもんじゃないですよ!」
「アハハ、優、おっきく出たね! 先生、さようなら!」
春はすぐそこ。どこまででも走れる。香山先生は手を振って応えてくれた。
喜びじっくりかみしめたい。ねぇ、聞いて。今度、聞いてね、先生。
この④で第二話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。