③
「お前な、すぐ帰れって言っただろ? これ飲んだら帰れよ」
「はーい、いただきまーす」
またインスタントコーヒー。先生の家にはミルクも砂糖もないからブラックで。ブラックは飲んだことないんだけど、「あとはビールか水道水しかない」と言われたので我慢する。砂糖がないってことは、先生は自炊派じゃないっぽい。でも牛乳すらないなんて、先生の健康状態は大丈夫かな。アラサー独身男性はそんなもんだろうか。
「とりあえず3巻まででいいか。待ってろ、かなり古い地層にあるはずだ」
地層? 物置きの奥の方ってことかな。でも先生の部屋は思ったよりきれい。と言うより、本は多いけど物が少なくて、なんだか殺風景という印象。大きな家具はベッドとコタツ、それと本棚ぐらい。
「あー、ちょっとよじれてるな。ちゃんとしまっとけば良かった。おい、ちょっと何見てんだ?」
やっぱり世界史の本が多い。わたしが好きな中国史の本はあまりないけど、先生の専門の古代ローマと中国の文化交流について、興味深い本がいくつかある。先生はあきれ顔でわたしの右側からコタツに入ってきた。
「それも持ってくか?」
「あ、はい」
先生が貸してくれた「T.L.S.」をカバンに入れ、文化交流の本はそのまま読みに入る。
「お前、それ読み終わるまでいるつもりか?」
「コーヒー飲み終わるまでです」
「全然飲んでないじゃないか」
「だって苦いから」
「菊池、帰りなさい。遅くなる」
「……。はーい」
確かに、あまり長居するのは良くないね。なんだか居心地いいんだけどな。
「駅まで送るよ」
先生はわたしのコートを取って、着せてくれた。暖房でいい具合に温まってる。
「先生、告白したことありますか?」
ふと、気になった。
「はぁ? まぁ、そりゃあるけど。どうした?」
「どんな風にしたんですか?」
「…何言ってんだ、お前」
わたしのすぐ背後で、先生はそれきり黙った。
みんな好きな人に告白するときって、どんな状況でするんだろう。大人の人もやっぱり大勢の前では恥ずかしいものかな。優の思惑通りにするにはどうしたらいいのかな。先生が「いいから早く帰れ」と追いやるのを尻目に、またわたしは上の空になってしまった。結局、先生は送ってくれなかった。
家で明日の予習を終わらせ、「T.L.S.」を読み始めた。さっき香山先生からは役に立つ話は聞けなかったけど、本をたくさん借りられたから良しとしよう。先生の本は難しい文章じゃないからあっという間に読み進む。1巻は「T.L.S.」部隊の結成。2巻はチームワークを築いていく様子。3巻は、他の部隊の子に恋をする隊員の話だ。
====================
(地球が大ピンチだっていうのに、私は何をしているんだろう…)
ナミは暗い空を見つめた。今の自分を映しているかのようだ。
タケルはだれにでも優しい。頻繁に会うわけではないから、優しさが際立って見えるだけだ。それは分かっている。
「ナミ、次の作戦の前に、タケルに告白しなよ」
「無理だよ、ヒナ。絶対無理」
次の作戦は総力戦である。命の保証はなく、家族ある隊員は面会を許可されたぐらいだ。
「作戦前だもん。自由行動ダメだもん。ふたりきりになんてなれないし」
「誰が見てたっていいじゃん」
====================
ふーん、なんかわたしたちと似たようなことやってるな。眠くなってきたけどもう少し読みたい。コーヒー入れようかな。ブラックはやっぱり美味しくないから、たっぷりミルクと砂糖を入れて。
====================
「ただ今より、『グレー・ストーム作戦』臨時混成団、結団式を挙行する」
5,000人が一堂に会したAフォーラムは静寂に包まれた。作戦関係者は余さず、団長の訓話を固唾を飲んで見守っている。
転じてフォーラムの外は人気が消え失せていた。人目を避けた行動にうってつけである。
「ほらナミ、今しかねぇんだから」
「そうだよ。もう呼び出せるタイミングないよ」
「ヤスヒコ、ヒナ、ごめんね。ありがとう」
「さすがヤスヒコ、今はAフォーラムに注目が行ってるもんね」
タケルをそっと呼び出すにはこの時しかない。
「ほら、タケルだ。待っててくれたみたいだ」
売店前のベンチから立ち上がり、タケルは軽く手を挙げた。
「ナミ、久しぶり。作戦、ナミも出るんだろ?」
====================
結局「ナミ」はフラれてしまった。でも、告白は誰にも邪魔されずにできた。そうか、大勢の人目が集まっている裏は、案外盲点かもしれない。「未成年の主張」と同時進行で、こっそり何かできないだろうか。大げさにしなくていい。生徒会の4人だけでどうにかしたい。
「なるほどね、美紗、考えたね」
「綱渡りだけど、やるしかないな」
「結構4人とも重要ッスね」
授業が始まる前に優たちを呼び出し、わたしのアイディアを聞いてもらった。「未成年の主張」をやっている裏で、全校生徒の前では言えない「主張」、要するに愛の告白などを、特定の人を体育館裏などに呼び出して「主張」してもらう。わたしたち自身の細かい動きも考えた。飯野先生にも協力してもらわないと。
「じゃあ告知はどうする? 大々的にやるのは避けたいな」
「漫研に手伝ってもらって小さいチラシ作るぐらいにとどめたいと思うんだ」
「そうだね。美紗、斎木っちに頼める?」
「もちろん。夕べ話だけはしといた」
漫画研究会と軽音部とソフトボール部と演劇部に所属してる菜摘は本当に器用。
「今日の放課後までにできると思うよ」
「授業中にやるんスか。珍しい、美紗先輩」
「今回ばかりはね。菜摘が授業中に内職してるのはいつものことだけど」
「そのチラシに新しい捨てアドを載せると。それはあたしが作っとくよ。あとでLINE送る」
一刻の猶予もない。「未成年の主張」と「裏・未成年の主張」、どっちも絶対成功させたい。