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卒業生を送る会まで残すところあと5日。各クラスの準備も大詰めのようだし、「未成年の主張」の応募者もだんだん増えてきた。
「すごいね、20人超えたよ」
「やっぱりね。卒業前に言っときたいこと、先輩も在校生も結構あるよね」
優は目を輝かせて廊下をズンズン歩く。優は学校一小柄だし絶対わたしより軽いけど、「ズンズン」という擬音がしっくりくる。
「高嶋会長ー、今度の『主張』出たいんだけど」
確かこの人はハンドボール部の副部長。
「いいよ、何言うの?」
「前の部長のね、ちょっとした暴露」
「ふーん」
「これエントリー方法ね」
Gmailで捨てアドを作ってあって、所定の書式でエントリーメールを送ってもらうことになっている。いたずらメールも一定数あるけど、評判は上々、優もご満悦だ。今日の会議は送る会の予算案も完成させるから長引きそう。買い出しリストも着手しないと。
「それ、ちょっと気になるな」
「飯野先生もそう思います?」
生徒会顧問の飯野保先生は、腕組みをして椅子に深くもたれた。数学の先生でいつもヤニ臭く、生徒会も放置気味だけど大事な会議には顔を出してくれる。予算や大きな企画は飯野先生の承諾がないと通らない。「未成年の主張」の企画にはOKをくれてたけど、今日のハンド部の人のことを話したら考え込んでた。
「どんな『主張』が出てくるか分かったもんじゃないな。エントリーではどんな『主張』をするつもりか書かせてないのか」
「書いてもらえばよかったね」
「ハンド部は上下関係厳しいッスからね、この間オレの友だちもひとりやめちゃったよ」
先輩・後輩関係に水を差すような内容だったり、誰かを陥れるような内容の「主張」がないとも限らない。他にも、いわゆる不適切な内容だったりとか。
「今からでも確認すべきだな。高嶋、できるか?」
飯野先生は締めるところは締める。
「分かりました。美紗、エントリーメールに返信する形で『どんな主張をするつもりか』って確認できる?」
「OK。わたしの名前で打っていい?」
「いや、高嶋かオレの名前がいいだろ。ってか大丈夫かな、ハンド部。オレあいつたまに話すんだよ」
「すぐ返信来るといいんスけどね」
かなり確認作業は手間だったけど、意外と返信は来た。幸い、全校に向かって言ってはいけない内容はひとつもなかった。
「良かったな、菊池。全部の『主張』読んだのか?」
早瀬くんはハンド部副部長のをずっと気にかけていた。
「そう、ハンド部のあの人、傑作なんだよ、これが。読んでみよっか。『ハンドボール部は上下関係が厳しいことで有名で、特に前部長は悪魔のようにシゴいてきましたが、実は家庭菜園と料理が趣味のオトメンなんです。それを暴露してやろうと思ってます』って。これ読んで家でひとりで爆笑だよ」
「なんだ、微笑ましいな、おい。心配して損したよ」
「美紗、お疲れ。ありがとね」
「大丈夫。優も読んでみる?」
「そうだね、ザッと。……あれ、愛の告白ないじゃん」
優は至極不機嫌そうに顔を上げた。
「全校生徒の前で告白する勇気があるんだったらとっくに告白してるだろうね」
「えー! 屋上からの告白に応えて観客から『オレも好きだったんだ』とか『ちょっと待ったー』とかさぁ、そういうのしたかったのに」
「勝手な妄想するなよ」
「でも、これじゃ投書に応えられないよ…」
優、そのために「未成年の主張」やろうとしたんだ。生徒のささやかな要望と、お祭り騒ぎを両立させるあたり、優は本当に天才的だ。
「お疲れッスー! 『未成年の主張』の大看板、美術部に頼んできましたよ。日数ないからにらまれたー」
生徒会のメンバーがフル稼働で準備に奔走してる。他の生徒もみんなこの企画を楽しみにしている。今から変更するわけにはいかない。
「どうしたんスか、みんな暗くない? あとあれ、落語みたいに名前書いてめくるやつ? あれは美紗先輩が書道部に頼んでくれるんスよね?」
「あ、うん、今日わたしも一緒にやるの。優、行ってくるね」
「……うん」
優の表情が石のようだ。思考が停止した優は、はっきり言って使い物にならない。オンかオフしかない。何かいいアイディアはないだろうか。わたしは久しぶりの書道室に向かいながら、ない知恵を絞りだそうと無駄な努力をしていた。
翌々日、送る会直前の日曜日。部活後の黒岩くんと買い出しを済ませ、生徒会室に備品を片付ける。
「『主張』は締めきったんスよね?」
「うん。あとは当日の飛び入りがどれだけいるかだけど、これはね」
「読めないッスね」
「うん。優が気にしてるのも、飛び入りで来てくれたら盛り上がるんだけど」
優の理想も分からないでもない。飛び入りに賭けるしかないのかな。
「愛の告白かぁ、ねぇ、美紗先輩は?」
「え? わたし? そんな、好きな人とか別にいないし」
とんだ不意打ち。さっき買ってきたスズランテープを落として生徒会室の隅まで転がしてしまった。
「アハハ、何やってんの先輩。違うよ、もし告白するならって話。みんなの前でできますか?」
「なんだ、そっちね。うーん、やっぱりできないかな。ただでさえフラれたら怖いし」
「ですよねー、オレも無理だな。美紗先輩、好きな人いないんスか?」
「やっぱそれ聞くんだ。好きな人ね、今は、そうね、いないかな」
「じゃあ美紗先輩、オレ立候補しようかな」
「黒岩くん好きな子いるんでしょ。前言ってたじゃない」
「だってホントつれないんスよー、あいつ」
好きな人、告白、彼氏。やっぱりみんなの前じゃ恥ずかしい。告白とか、中学のときに初めてしたな。同じ委員会の人だった。会議だかのあとに、友だちに呼び出してもらった。呼び出すのすら自分じゃできなかったよ。全校生徒の前で告白だなんて、屋上からバンジージャンプする方が簡単に思える。
「投書もっかい見てみて、うまくいきそうな人の告白お膳立てして『主張』出てもらいますかね?」
「そうだね、多少サクラも必要かも。明日言ってみようか」
「ですね」
優はサクラなんて納得しないだろうな。買い出しした備品を片付けて、帰路につく。黒岩くんはチャリ通だから校門前で別れた。駅への道すがら、部活帰りの何人かの生徒に声をかけられる。
「『主張』楽しみにしてますー」
「うちのクラスの人出るんですよ!」
この期待以上のものを優は作りたいに違いないし、わたしだってみんなだってそうだ。送る会まであと3日。
「よっ、お疲れ」
背後から、なじみある優しい声。香山先生だ。
「先生、こんにちは。部活ですか?」
ジャージにウインドブレーカーをはおり、バドミントンのラケットを背負ってる。
「ん、今日は一日練。菊池は? 書道部もやってたのか?」
「送る会の買い出しです」
「そうか、いよいよだな。俺らも今年は楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます」
もうすぐ5時。午前中は家のこと手伝ってたし、日曜なのになんだか気疲れした。先生の前だというのに、愛想も空元気も出てこない。
「…菊池、これから予定あるか?」
「いえ、帰るだけです」
「うち寄ってくか? 俺の本貸してやるよ」
「ホントですか? いいんですか?」
「すぐ帰れよ」
ラッキー。先生、わたしが気落ちしてるの分かったのかな。