①
いつもの放課後の、いつもの生徒会室。目安箱の投書を整理しながら、早瀬くんはため息をついた。
「卒業式が近くなると、こういう投書増えるんだな」
「なになに? 早瀬、ちょっと見せてよ。……なるほどね、『ナントカ先輩に告白したいんです。協力してください』系ね」
「ほら、その手のやつだけで12通。オレらを何でも屋だと思ってるな」
卒業式まで2週間。学年末試験も終わり、わたしたち生徒会は卒業生を送る会の準備をするため、ほぼ毎日生徒会室で会議をしている。
「ちょっと優も早瀬くんも、生徒会企画はどうするのー?」
「気分転換だって。美紗も見る?」
「悪い悪い。こういうところにヒントがあると思ってさ」
各クラスの出店企画は上がってきてて、どれもかなりおもしろそう。飲食店にするところもあるし、先輩たちの逸話を寸劇にして出し物をやるクラスもあるらしい。それなのに、生徒会としての企画が一向に決まらない。
優は会議に飽きてきたようで、早瀬くんは優の集中力を取り戻そうと、あの手この手で話題を作っている。優の生きがい・目安箱を取り出し、軽く息抜きをしていた。案の定、食い入るように優は投書を見つめている。しばらく優はじっとしていたけど、突然立ち上がった。
「……よし来たーー! 神降りてきたー!!」
反動で机のものがいくつか床に落ちる。優は竜巻ぐらい起こせそうだ。
「お疲れッス、遅れました。…何これ? 投書巻き散らかして。また優先輩暴れたの?」
「黒岩、お疲れ。生徒会企画考えてきたか?」
「彬、その必要はないよ。すごいの思い付いたから」
優はツカツカと黒板に歩み寄りチョークを走らせた。白いチョークのかけらが勢いをつけて飛び散る。
「題して『未成年の主張』!!」
バンッと割れそうなぐらいに黒板をたたいて、優は「どうだ」と言わんばかりにわたしたちをねめまわした。
「『未成年の主張』か、また高嶋は懐かしいもん知ってるな」
廊下で香山先生に出くわしたので、この前貸してもらった「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」の第8巻を返そうとしたら、「ここじゃマズい」と社会科教員室に引きずり込まれた。他の先生もいるので、当たり障りない会話をする。
「懐かしい? 前にもやったんですか?」
先生が入れてくれたインスタントコーヒーをすすった。この教員室にはミルクがないらしく、仕方ないから砂糖を大量に入れた。
「昔な、そういうのをやってる番組があって流行ったんだよ。俺のときもやったな」
「そうだったんですね」
「どう卒業生とからめるんだ?」
教員室にある古ぼけたソファーに座りながら先生は尋ねてきた。あれ、わたしが座ってる椅子は香山先生のだったんだ。
「要するに『卒業前に一言叫びたい』ってのを受け付けるんです。屋上から叫んでもらうんですけど、卒業生からでも在校生からでもOKです。個人あてでもいいし、『部活の後輩たちへ』とかってまとめてもいいし。先生たちもなんかあったら叫んでもらいたいなって思ってます」
「そうか、俺もバド部のやつらに何か言おうかな」
「香山先生、お先」
「あ、お疲れさまです」
「さようなら」
社会科の他の先生がみんな帰り、わたしと香山先生だけになった。古びた石油ストーブで沸かしたお湯で、先生は2杯目のコーヒーを入れた。2月も後半だけど、まだ温かいコーヒーが恋しい。これでミルクがあったらもっといいのに。
「はい、先生。ありがとうございました」
例の本をカバンから取り出し、手渡した。
「どうも。菊池わざとだろ? 廊下で返そうとして」
「バレました?」
「まったくお前は。どうする? 最初から読むか?」
「学校でやりとりするの良くないですよ。URL教えてくださいってば」
「やっぱりなぁ、お前らぐらいのときに書いたやつも残してるし……」
「わー、そうなんですか? 読みたいです、それ!」
「うーん、どうするかなぁ」
なんかムニャムニャ言ってる。面倒くさいなぁ。
「じゃあ、先生のお家行ってもいいですか? その話のだけでいいです。最初から貸してください」
「え、家に来るのか?」
「やっぱダメですか?」
「まぁ、いいか。持ってくるよりは。今日は遅いから、今度な」
「やったぁ、ありがとうございます!」
なんだか不思議。担任の先生の隠れた趣味に、こうもツッコんでいくなんて。