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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第一話 香山先生の秘密編(12月~1月)
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菜摘には「急に親から帰ってこいって連絡が入った」ってLINE送っといたけど大丈夫かな。年明けに何かおごらなきゃ。

「ひとりで来たのか?」

「いえ、斎木さんに誘われて」

「斎木か。放っておいて大丈夫なのか?」

「連絡したから大丈夫です、多分」

「でも斎木がいるのか、近くは良くないな…」

香山先生はそうとだけ言って、ほぼ何も話さずに、ゆりかもめの国際展示場正門に向かった。

「先生、どこ行くんですか?」

「落ち着いて話せるところ。あ、俺PASMOチャージするから、ここを絶対動くなよ。はぐれるぞ」

「はい」

こんな人混みの中で、指定された場所を1センチでも動く気はしない。いそいそとコミケ会場から帰る人たちと、のんびりこれから参加するという人たちが、アリの巣のようにうごめいている。紙袋やトートバッグを抱えていたり、キャリーカートに本をくくりつけてガラガラ引いている人もいる。

「ほら、行くぞ」

先生はわたしにキップを渡した。

「え、先生、わたしもPASMO持ってます」

「いいから」

さりげなくわたしのキップを買ってくれた。

豊洲とは反対方向へ向かうみたい。ゆりかもめも尋常でない混み具合だ。押し寿司になった気分。

「あっ…、とと…」

危ない、そんなに押さないで。電車が揺れるたび、あっちへこっちへドミノ倒しになりそう。斜め後ろから大柄な男の人が寄りかかってくる。先生の隣から引き離されそうになった。

「…っ」

ヤバい、ヤバい。倒れそう。

「菊池、ちょっと辛抱してくれな」

先生に強く肩を引き寄せられ、身動きがとれなくなった。見上げると申し訳なさそうにしている。近い近い…、とは思いつつ、振り払ったら人の波にどこまでも流されるに違いないので、台場で少し空くまでジッとしていた。香山先生はクラスの男子と比べてもそんなに背は高くないけど、大人だからだろうか、芯があって動じない感じ。

わたしたちは次のお台場海浜公園で降りた。コミケほどではないにしろ、主にカップルでかなり混雑している。

「俺の気に入ってる喫茶店があるんだけど、入れそうにないな」

「わたしどこでもいいですよ。そこらへんのベンチでも」

「寒いだろ」

「平気です。家からチャリで風切ってるんで」

とは言え、話をしてどうなるわけでもないと思う。先生は同人誌をやってる人。それ以上でも以下でもないじゃない。オタクは変な人ばかりじゃないって分かったし、何を聞かされてもどうってことない。でもこのモヤモヤはなんだろう。

「あ、ちょっと待ってろ。温かいもの買ってくる」

先生はコンビニを見つけて小走りで向かっていく。

「先生、寒いからわたしも行きます」

「ん? そうか」

自然に歩みを緩める。コンビニはかなり暖房が効いていたけど、暑いのはそのせいだけじゃない気がしてきた。

「はい、ココア飲みたかったんだろ?」

尊敬する担任の先生が、小学校をのぞいてて、同人誌を作ってコミケで売ってて、今はわたしに優しく接してくれてる。

「菊池、ちょっと歩こう」

レインボーブリッジを右手にして、海浜公園の浜辺を歩いていく。潮風は冷たいけれど、頭は沸騰しそうだ。

「……先生」

「うん、ごめんな。何を言ったらいいか分からなくて」

わたしの葛藤を先生は見抜いてるんだろうか。

「分かったと思うけど、俺は同人誌の作家ってやつだよ」

「ですよね」

「教師になったばっかのときも一度バレて、スペースに顔出すの避けてたんだけど」

それでさっきの女の人が「ほとんど来ない」とか言ってたんだ。

「香山先生、わたし先生のこと……、すごく、尊敬してるんです……」

どの先生がホントなんだろう。今ここにいる先生は、どの先生なんだろう。

「泣かないでくれ、って言っても無理だよな」

あれ、わたし泣いてる。いつの間に?

「菊池は頭に『クソ』がつくほど真面目だからなぁ。ショックだったか?」

わたしは無言でうなずいた。本当は同人誌よりもノゾキの方がショックなんだけど、それは追々ハッキリさせよう。

「俺の本、読んでみるか?」

先生はカバンから本を取り出した。

「高校生が読んでもいいやつですか?」

「そんなことも知ってるのか。いや、そりゃコミケ来るならそうか」

「斎木さんから聞きました」

「斎木なぁ、何についても耳年増なんだよな。まぁ、それは今はどうでもいい。俺の本はそういうんじゃないから」

渡された本の表紙はきれいなイラストで、小学生ぐらいの子どもがエヴァンゲリオンみたいな格好で大きな剣を構えている。タイトルは「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」。これは第8巻のようだ。

「俺はこの本の文章担当」

「文章?」

パラパラめくってみた。これ、漫画じゃない。小説だ。ライトノベルみたいにたくさん挿絵がある。

「二次創作じゃない、完全オリジナルだよ」

二次創作? オリジナル? そう言われても意味がよく分からないんですけど。とりあえず、しばらく読んでみる。これまでのあらすじがついてて助かった。

話の舞台は近未来。外宇宙から知的生命体が地球を侵略しにやってきて、人類は軒並みたたきのめされ、子どもも戦わなくてはならない状況の中、日本の子どもの一部隊が目覚ましい活躍をし、いつしか米軍の若い兵士が「Tiny Little Soldiers」とニックネームをつけ、人類は彼らに一縷の望みをかける――とザックリこんな感じ。どっかで聞いた話なような気もする。

でも、子どもの描写がとてもリアル。男の子は忍耐力がなくて、女の子は決断力に欠ける。セリフも動作も自然そのもの。責任感が強い子、落ち着きがない子、少し臆病な子、どの子も本当にいそうなぐらいキャラクターが練られている。

そしてみんな真っ直ぐで、決して仲間を見捨てない。思えば小学生のころは、本当に卑怯なイジメとかってそうなかった。みんな基本いい子で、思春期になるにつれ素直じゃなくなり、悪いことを覚えていくんだ。

「あ、もしかして…」

「なんだ?」

小学校をのぞいていたのはこのため?

「その…、すごく登場人物がリアルですね」

「実際の子どもを観察してるからかな。草野球を観たり、日がな一日公園で家族連れを眺めてることもあるよ」

「小学校とかも?」

思わず聞いてしまった。

「そうだな、近くの小学校にはよく行くよ」

事もなげに言われた。やましいことはないんだろうな。なんだか拍子抜け。

「でも、なんで同人誌なんですか?」

それはやっぱり気になる。

「もとはWebで小説サイトやってるだけだったんだよ。そこに『挿し絵描きたい』って言ってくれる読者がいて、そしたら『せっかくだから本にしよう』って盛り上がって、気付いたら似たような人が集まってサークル作っちゃったんだ」

「先生、前から小説書いてたんですか?」

少し先生は照れた様子を見せる。

「意外だろ? 教師になれなかったら作家になろうとしてた」

「これは8巻? かなり続いてるんですね」

「実は12巻まで出てる。オリジナル小説としては売れてるんだよ。教師だし、実費以上では売らないけどね」

ちょっとドヤ顔。

「最初の方はないんですか?」

「お、興味あるか? 今度持ってこようか?」

メチャメチャうれしそう。

「学校に同人誌持ってくるんですか? 大丈夫ですか?」

「いや、マズいな。さすがに」

そんなに落ち込まなくても。なんか先生おかしい。

「笑いすぎだよ、お前」

「だって。先生、わたし今日、先生の色んな面知っちゃいました」

「悪うござんした」

先生はすねた顔で、わたしの頭を小突いた。

「幻滅したか?」

「分かりません、読んでみないと。なんで、先生のサイトのURL教えてください」

「そう来たか」

「ダメですか?」

「古いのもあるし…、いや、ここまで知られたら俺の全部を見てもらおうか」

「その言い方は語弊があります。それにわたし結構本読むんで、厳しいですよ」

「そんな感じだな。お前は見たまんまだよ」

「ひどーい、さっきから軽くセクハラだし! 教師の風上にも置けないよ、この人!」

先生もバカみたいに笑っている。

「ハハッ、悪かった悪かった。調子に乗った。前にバレたときは相当白い目で見られてさ、菊池が引かなかったからうれしくなっちゃって」

引かないよ。

「このお話、子どもへの深い愛情を感じるんです」

先生が普段わたしたちに接するときと同じ温かさを感じる。

「だから引きません」

「そっか、ありがとな」

優しく先生は微笑んだ。

「帰るか」

「はい」

そのまま浜辺を歩いていく。品川のビル群の向こうに夕日が沈みかけていた。



「またその投書かー…」

「え? 前にもあったんですか?」

年明け初の定例会議前に目安箱を回収していたら偶然香山先生がやってきたので、「変な投書されるから人間観察はほどほどにした方がいい」と忠告してみた。

「犯人は分かってるんだよ。ライバルのサークルの人間でさ、予備校の営業やってるやつだから難なく校舎に入って来るだろ? それで俺にしょうもない嫌がらせしてくるんだよ」

「へー、人気作家は大変ですねー」

「お前絶対バカにしてるだろ」

あの日からたまに香山先生はわたしを「お前」と呼ぶ。バド部の人すらそんな風には呼ばれてないけど、わたしだけ? なんだかな。

「でも先生、この手の投書が前にあったとき、ノゾキやめなかったんですか?」

「ノゾキって言うな、ノゾキって。執筆のための取材だ」

「コソコソしてたらノゾキにしか見えないですよ」

「子どもの自然な姿を観察するにはだな」

「はいはい」

必死すぎ。教師としての威厳はどこへ行ったんだろう。わたしは目安箱を持って生徒会室へ向かって歩きだした。先生もついてくる。

「で、やめなかったんですよね? 知りませんよ、捕まっても」

「いやー、これはやめられないんだよなー。ちょっといい場面とか、かわいらしい場面とか、微笑ましく眺めちゃうんだよな、うん」

「先生、わたしたちのこともそんな風に見てるんですか?」

ちょっと及び腰になってみる。

「あ、俺は子どもにしか興味ないから」

「ガチじゃないですか、もー!」

先生はまたバカ笑いをしながら、軽やかにくびすを返した。

「会議頑張れよ。頼んだぞ」

出席簿でポンッとわたしの頭をたたく。まったく、なんだかなぁ。

「美紗、あけおめ! 会議やろう!」

ハツラツとした声。優は今年も絶好調だ。

「菊池、久しぶり」

「なんかご機嫌ッスね」

生徒会のみんな。

各々、教科書や辞書をカバンにつめこみ、部活の道具を背負いこんで、生徒会の資料を抱えている。高校生活は大忙し。香山先生、今年も生徒会は任せてください。

この④で第一話完結です。お読みくださりありがとうございました。

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