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抜けるような日本晴れ。コスモスが青空を恋しがるかのように上を目指して咲き乱れている。絶好の体育祭日和だ。
わたしたちのひとつ下の代、葛目くんたちがこの体育祭で生徒会を引退すると聞き、優と一緒に遊びに行くことにした。
「美紗ー! 久しぶりー!!」
「元気だった? 優、ショート似合うね!」
高校のころと変わらず元気な優。駅前でわたしを見るなり思いっきり抱きついてきた。素で栗色だった髪を真っ黒に染めて、ベリーショートにしている。
「ありがと、昨日切ったの! 美紗もパーマかけた?」
「うん、耳から下だけね」
「いいね、ザ・女子だね」
優は気づかなかったけど、少しカラーも入れた。メイクも毎日するようになった。
卒業してから高校に顔を出すのは初めてで、実に7か月ぶり。この半年強はあっという間にすぎた。
勉強は今は一般教養メインだけど、ひとつの分野にのめりこんでる先生ばかりで、そのような勉強のしかたに憧れを抱いている。予定通り中国語を履修でき、今はこれを一番頑張ってる。
サークルはかけもちすることにした。今まで縁がなかった音楽がやりたくてマンドリンのサークル、それから広報紙の編集局。企画、取材、撮影、執筆、編集、校正と、相当忙しいけど勉強になる。
バイトも夏からラジオ局の下働きを始めた。大学の寮ではいろんな人と関われて、わたしには合っていた。かなりキャンパス・ライフは充実している。
「美紗さ、ずいぶん女子になっちゃったけど、彼氏とかできた?」
「できないよー、だからメイクとか頑張ってるんじゃん」
男の人も女の人も、本当にいろんな人に出会った。あちこち留学しまくってて8年生だという人が寮にいたり、バイト先は社会人だらけだし、取材で外に出ることも多いから、本当にたくさんの出会いがあった。
大人の男の人にこんなに会う機会は初めてだった。
「優は? 前よりさらに勢いついて、充実してるって感じ」
「まあねー、彼氏って感じじゃないけどスゴく気ぃ合う先輩いて、毎日おもしろいよ」
「毎日会ってるんだ。もうそれ付き合ってんじゃないの?」
「んー、んー…、どうだろ」
そういうわたしもこの半年いろいろあった。告白されたことも実はあったし、「ステキだな」と思う人もいる。
それでもわたしはここにやってきた。優が一緒じゃなくても、ひとりで来ただろう。
今、どうしようもなく香山先生に会いたい。
校門前のエントランスはずいぶんしゃれている。モチーフはパリの凱旋門だろうか。葛目くんの趣味?
「優先輩! 美紗先輩!! 来てくれたンスね!」
とりあえず生徒会のみんなは本部テントにいるだろうと向かっていたら、黒岩くんがわたしたちを見つけてくれた。
「ヤベー、うれしすぎて泣きそう! 元気!?」
少し背が伸びた黒岩くんは、相変わらずの笑顔でかけよって来た。
「うん、彬たちも元気?」
「みんな本部にいるの?」
「競技出てるのもいるし、今いるのは洋三だけかな。そうだ、さっきタカさんも来たンスよ、彼女さんと」
「みたいだね。連絡したら『彼女と行くから』って」
「美紗先輩、フラれてやんの」
懐かしい。早瀬くんも卒業から全然会ってないし、あいさつしたいな。
「高嶋先輩、菊池先輩! ご無沙汰しております! ようこそお越しくださいました!!」
「洋三だ! 洋三ー!」
さっきわたしに抱きついたのと同じ勢いで、優は葛目くんに突進していった。抱きつくのかと思いきや、キレイにみぞおちにこぶしを食らわした。
「…グッ…、高嶋先輩、いい右手をお持ちですね…」
「ヤバい、洋三腹筋スゴ!」
「鍛えてますからね、発声のために」
「へー、ちょっとわたしも触っていい?」
「美紗先輩、意外とノるよねー」
みんなで葛目くんの腹筋を触るこの状態、あとで考えたら異様としか言いようがない。
「…菊池? 高嶋? 何やってんの?」
この異様な状態で、わたしが会いたくて会いたくて仕方なかった人に出くわしたのだ。
首にタオルを巻き、ジャージにクラスTシャツ姿の香山先生(今は1年生の担任をしていると聞いている)が、わたしたちを怪訝な目で見ていた。
「香山先生!」
「先生、違うんです、これは美紗が!」
「何、ちょっと、優!」
「はぁー、菊池たちも東京に染まってしまったんだな…、白昼堂々男の腹をまさぐるとは…」
先生はタオルを頭にかぶせため息をついた。こんなはずじゃなかった。もっと劇的な再会を予定していた。
「あたしは群馬だから、ここより田舎だけどねー」
「ってか、いつまで触ってンスか、優先輩。普通にセクハラだし」
「自分としてはずっと触っててもらって構わないのですが」
「うっせ、洋三。優先輩もやめなって」
香山先生、香山先生だ……。
優たちもいるからひたりたくないのだけど、香山先生があまりにも香山先生なので、ジー…ンときてしまった。夢にまで見たそのままの香山先生がここにいる。
「菊池、久しぶり。元気そうだな」
「お陰さまで」
他に言葉が出てこない。
泣きたい。笑いたい。しゃべりたい。触れたい。
「美紗、美紗! 早瀬いるよ! 早瀬ーーー!!」
優に腕を引っぱられ、そのまま香山先生から離れてしまった。感動の再会のはずだったのに。
早瀬くんと彼女さん、馬上さんに野々村くん、書道部の後輩にも会えた。元クラスメイトも何人か来ていた。
優はどこへ行っても引っぱりだこで、会長として学校中から愛されていたんだと感じる。
「何言ってんの、そんなの美紗もだよ」
「ありがと。でも優がいたからこその生徒会だったでしょ?」
「違うって。美紗がマジメに仕事してくれて、早瀬が信頼集めてくれてさ、ふたりじゃなかったらあたしの手綱とれないっしょ」
こういう優だからわたしも早瀬くんもついていったのだ。それを現役時代に伝えることはなかった。ほんの少しそれを後悔している。
「あ、美紗。テニス部の後輩見っけた」
「行ってきなよ。わたしトイレ寄りたいし。出たら連絡する」
キョロキョロする優にそう告げ、わたしは校舎へ向かった。卒業生なので来客用のスリッパをはき、職員室近くのトイレを使う。このトイレを使うのは初めてだ。
トイレで用を足して再度外に出ると、香山先生が通りかかった。なんとも普通の光景で、感傷も何もない。こんなもんなのかな。
「よっ。高嶋は?」
「テニス部の子のとこ行っちゃいました」
「相変わらずだな、あいつも」
「はい。むしろパワーアップしてます」
午後の日ざしがわたしたちを優しく照らすけど、大勢の生徒、先生、保護者、関係者がいて、じっくり再会を噛みしめられない。
「菊池は? 大学はどうだ?」
先生の歩みは自然に校舎が作る日かげへ向かった。しゃべる体勢に入るつもりだろう。
「スゴく楽しいです。あっという間の半年って感じ」
校舎のちょっとした出っぱりに並んで寄りかかった。
「充実してそうだな。見れば分かるよ」
先生が少しこちらに身体を向け、わたしを見ているのが分かった。
先生は素直だ。わたしは周りを気にしている。
違う。周りじゃない。先生でもない。分かってる、自分自身だ。
「菊池、俺の話、聞く気ある?」
先生の声が熱を帯びているのも分かった。
「…どういう意味ですか?」
「分からない?」
距離が近づいている気がする。いや、気のせいじゃない。
「俺がお前に伝えたいこと、分からない?」
先生の方を見られない。心の箍を外してはならないと、わたしの中で警鐘が鳴っている。




