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香山先生がこの学校の生徒会長だったときに始めた目安箱。うちの代の生徒会長・高嶋優は、この目安箱への投書に向き合うことを生きがいとしていた。ここへの投書の内容を見て、去年の卒業生を送る会の企画を決めたり、剣道部の事情を知ったり、いじめ問題を露呈させたりしたのだ。
その目安箱は、昇降口から教室へ向かう階段のすみにひっそりと置かれている。優が生徒会長になって初めてしたことは、目安箱を新しくすることだった。地道に広報を続け、投書が増えていった。そう、優はあれで信念の人なのだ。
目安箱へたどりつくと案の定葛目くんがいて、さわやかな笑顔を見せてくれた。
「こんにちは! 菊池先輩が一番乗りでしたか」
「あ、じゃあ優と早瀬くんもここ来ることになってるの?」
「はい。せっかくですから、ここから先の『宝探し』はご一緒になさったらどうですか?」
「そうだね、じゃあ待とうかな。今回の企画も考えたね」
「そうでしょう、そうでしょう。自信作です! それがですね、彬も芙美子も最初は『難しすぎる』と反対していましたが、聡ががんばってくれたのです。ブーブー言ってましたがね」
「ツンデレだ」
「ええ、いいツンデレですよ」
葛目くんはクスッと微笑みながら大仰に脚を組みかえこちらを見る。
「でも、今日の企画のフィナーレはこれからですよ」
「………」
雰囲気に飲まれる。このオーラ、本当に高2?
「あ、洋三だ! あれ、美紗もいたの?」
「よう、葛目。相変わらずだな、お前」
優と早瀬くんがそろって現れた。「さっきそこで会ってさ」と、この場所を指示するメモをふたりで見せてきた。
「お三方おそろいですね。いよいよ最終章の幕開けです」
葛目くんは階段を1段ずつ上がりわたしたちを見下ろした。ステージのつもりか、観客はわたしたちだけだというのに、またいい声で語りかけてくれる。
「次の謎は……、これだっ!」
3枚のメモをシュッと投げたけど、普通の紙なので空気抵抗でヒラヒラと落ちてしまう。「かっこわりー」、「何やってんの」とわたしたちは紙を拾った。3枚とも同じことが書いてある。「One for all, All for one. その原点は、いつもここ」。
身をひるがえして葛目くんはステージのつもりの階段から飛び降りた。
「それではみなさん! 自分は一足お先にゴール地点へと向かっております故! ご機嫌ようーーーっ!!」
何かのヒーロー、もしくは悪役のように「ハッハッハッハッ…」と高らかに笑いながら廊下をダッシュしていった。
「なんなの、あれ」
「しかしこのメモ。クサいこと書きやがって」
「これどこだろうね?」
わたしたちの志がそのまま書かれていると言っていい。3人で顔を見合わせ、誰からともなくつぶやいた。
「「「生徒会室…?」」」
生徒会室のドアを細く開ける。あの子らのことだ。とんでもない演出をしてるに違いない。
「早瀬、中見える?」
「死角で誰がいるか分かんねーな」
「ちょっと、優、押さないで」
急にドアが中から開いて3人で前につんのめった。馬上さんがあきれ顔で見下ろしている。
「バレてますよ、先輩」
「芙美ちゃん、久しぶり! ここは芙美ちゃんなの?」
奥で野々村くんが「クッソーッ、どこで狂ったんだ!?」と鬼の形相でパソコンに向かっていた。馬上さんもダイヤグラムのようなグラフを大量に持ってグッタリしている。
「ここは、まあ、あたしと聡が番人です。ちょっと忙しくて、メモ渡すんで次行ってもらえますか…」
「え、何かあったの?」
野々村くんがこちらをギロリとにらむ。
「今回の企画のせいですよ! 洋三たちの思いつきを形にするのにどんだけ苦労したか! 誰がどこにいて、誰と知り合いで、次に行くのはどこで、どこを経由させて、全部それを管理するんですよ、ここで! クソー…、次から次へとアイディア出しやがって、あいつは……」
「見ての通りです、先輩。よくシミュレーションしたつもりだったんですけどね。予想以上にみなさん思い出話したり、あちこち寄り道したり、計画狂っちゃって」
「あー…、大変だったんだな。お疲れ」
「明後日また顔出すからさ、ゆっくり話そうよ」
「ふたりともがんばってね」
「ありがとうございます。これ次の謎です」
この企画の舞台裏がどうだったのか、今のでだいたい分かった気がする。でも葛目くんが言ってた通り、野々村くんは文句言ってるけど反対はしていない。会長のやりたいことを確実に形にしようとしている。葛目くんもいい仲間を持ったんだね。
「で、次は?」
「これ意味分かんねー」
「また同じこと書いてあるんだよね。えっと、『優先輩! 超サイコーだったッス! ありがとうございました!』」
わたし宛てのメモも「美紗先輩」と書かれてるけど内容は同じだ。早瀬くんも同様。
「なんだろう、これ」
「多分黒岩だよな」
「どこにいるわけ?」
「なんかこれ遺書っぽいな」
「やめてよ! 縁起でもない!」
「これはあれじゃない? 『自分を探せ』ってことじゃない?」
「マジかよー、ヒントなさすぎだろー」
「とにかくいそうなところ探そう!」
捜索は難航を極めた。黒岩くんの教室、ラグビー部の部室や筋トレ場、チャリ置き場、生徒会顧問の飯野先生のところにまで行った。しかしどこにもいないどころか、黒岩くんのクラスの子ですら、送る会が始まってから誰も黒岩くんを見ていないと言うのだ。
「彬、どっか隠れてるね」
「便所片っ端から回るか」
「もう時間ないよ」
「うわ、悔しいなー」
「あ、校内放送だ」
「卒業生を送る会にご参加のみなさま」
この声、黒岩くんだ。わたしたちは空を見ながら身構えた。
「彬の声だ!」
「放送室か?」
「間もなく『宝探しゲーム』の制限時間となります。まだ校内を宝探し中の方も、全員体育館へお集まりください。なお在校生は……」
優はわたしたちより1テンポ速く、放送室のある特別棟へ走り出していた。
「おい、高嶋!」
「優、放送室行くの!?」
「行くよ! ひっとらえよう!」
「待って、優! 去年体育館からも放送できるように改修したでしょ。録音流してるのかもしれないし。とりあえず体育館に行こうよ」
「あ…、そっか。そうだったね。よし、とにかく行こう」
卒業生がゾロゾロ戻るのに混ざって、3人も体育館を目指した。
到着すると明かりが落ちていて、何かの映像を見ている。学校行事や日常を撮った写真やムービーを編集したもののようであった。ほぼ卒業生が集まったと見て、いったん映像がストップされると、一同から「えー?」とブーイングの声が上がった。わたしも最初から見たかった。
ステージの明かりがついて、葛目くんが上がってきた。こんなに歓迎されない葛目くんのステージは初めてだ。
「みなさん、本当にお疲れさまでございました! 卒業式は明後日にせまっておりますが、おそらく当日はあわただしく過ぎ、部活などで深いかかわりのあった先輩としかごあいさつできないでしょう。それは決して看過できないことだと自分は感じたのです。自分はもちろん生徒会、他の在校生も委員会、学外の活動、アルバイト、日常の一瞬一瞬の様々な場面でみなさんとはお付き合いがあったわけです。自分自身の心境からしても、在校生全体の思いからしても、かかわりのあった多くの方に感謝の気持ちを伝えたいと思ったのです」
今日は本当にいろんな後輩と話した。剣道部をやめちゃった子とか、この機会がなかったら絶対に会話する機会はなかったろう。校内をグルグル回れたのも、この学校を最後によく目にとどめることができて、少し疲れたけれど良かった。
「さて、最後の謎までたどりつけた方はここがゴールとなっており、そうでない方もみなさんここにお集まりいただいております。早めに到着された方には今のムービーを見ていただいておりました」
卒業生の中から「もっと見たーい」と声が上がる。葛目くんはそちらを振り返りオーバーアクションで答えた。
「もちろんですとも。この映像はDVDに焼き、全員に差し上げます。それこそが最後の『宝物』です!」
「イエーーイ!」
「お疲れさまでした!」
ところで、黒岩くんはどこに行っちゃったんだろう? まさかわたしたちに何のメッセージもないなんてことないよね?
「さて最後になりますが、在校生全員の感謝と祝福の気持ちをこめて、代表して副会長の黒岩彬よりごあいさつさせていただきます」
ここで出てくるんだ。ずっと体育館に隠れてたわけね。
なんか様子がおかしい。なかなかステージに上がってこない。卒業生がザワザワするのと同時ぐらいに、ステージのバックにある幕がモゾモゾ動き出した。ここか!
「プハーッ! ホコリ臭ぇ! スイマセン、絶対見つかりたくなかったンスよ」
言い訳しながらマイクへ向かっていく。ここを見つけろったって無理な話だ。
「みなさん、改めましてご卒業おめでとうございます! 差し出がましいンスけど、代表してお礼の言葉を述べさせていただきます」
黒岩くんはひと呼吸置いて、まっすぐ卒業生の方を見た。わたしはハンカチを握りしめ、泣く準備をする。
「先輩! 先輩たち、超サイッコーでした!!」
葛目くんにも負けない叫び声にマイクがハウリングを起こす。ステージの下手に下がってた葛目くんがあわてて飛んできてマイクを切ったけど、地声で充分だ。
「先輩、ずっとオレらの先輩でいてください! ずっと前向いててください! ずっと突っ走っててください! 絶対振り向かないでください! 一生追いつけないと思うけど、オレらもがんばるんで、ずっとずっとオレらに背中見せててください!! 2年間、本ッ当にありがとうございましたーー!!」
深く深く黒岩くんは頭を下げた。わたしたちはみな「ありがとう」と叫び返しながら拍手で応えた。
即効性の涙が大量に出てきたわけではない。でもじんわり心にしみてくる。
黒岩くん、最高のエールをありがとう。




