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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第十話 卒業編(1月~3月)
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予想外の展開になった卒業生を送る会。わたしはひとまず書道部の部室近くの手洗い場へ向かった。

3年間書道部で活動してきて、わたしは生徒会で忙しい時もあったけど、先輩も後輩も温かく迎えてくれた。行事の看板を書いてもらうことも多かった。生徒会でバタバタしていても、部室に向かう廊下の墨のにおいをかぐと心がシンとなって落ち着いた。

手洗い場にはゆきなちゃんたち、数名の後輩が待っていてくれた。

「美紗先輩ー! こっちこっち!」

「ゆきなちゃん、こんなことよく覚えてたね」

この手洗い場で彼女は墨汁をぶちまけて、制服を汚したことがあったのだ。わたしも忘れてた。

「あのときはありがとうございました。でもビックリした! 先輩急におにぎり持ってきてさ」

「あったねー、ホントにご飯つぶで墨汁落とした人初めて見ましたよ。ってか、ゆきなジャージ着とけし」

「出展前であせってたんだって」

「でも昔、あれが一番だって習字の先生から聞いたんだもん」

「美紗先輩あれからしばらく『おばあちゃんの知恵袋』扱いされてましたよね」

「やめてよ、もうー」

部活中の小さなひとコマが思い出される。後輩たち一人ひとりがこんなにもかわいい。

「はい、美紗先輩。次の謎です」

ゆきなちゃんから新たなメモを渡された。

「次はここへ行ってください」

「あ…、ゆきなちゃんが番人だったの?」

「はい。次は誰でしょうね?」

「ありがとう! また卒業式に部室に顔出すね」

なんとなく読めてきた。卒業生一人ひとりにつながりがある在校生を校内に配置してるんだ。部活をやってなくたって委員会やバイトとかで必ずなんらかのつながりを持っている。なんだかんだ在校生全員がどこかにいるんじゃないかな。



さて、次の指示は?

「かっこ悪いところをお見せしました。でも、無事にインターハイ行ってくれて、ホッとしたのも事実です。やめなきゃ良かったな…」

これ誰? 名前も書いてない。こういうパターンもあるんだ。インターハイというと、確か今年行ったのは陸上部がひとりと、早瀬くんたち剣道部の男子団体だ。「やめなきゃ良かった」とある。4月に剣道部やめちゃった、あの子?

どこへ行ったらいいんだろう。他に心当たりがないので、とりあえず剣道部の部室へ行くことにした。

剣道部を立て直そうと必死だった早瀬くんを思い出す。部長と立ち合い稽古をしているときの真剣さにシビれたのだった。

剣道部の部室の前には何人かの道着姿の部員がいた。思いきって「こんにちは」と声をかける。みんな会釈を返してくれたけどわたしに特別な反応を見せない。それより、あの子はいない。剣道部の下級生に知り合いはいないし、ここにいる部員たちは「わたしの番人」じゃないのだろう。

見渡すと、早瀬くんから部活の悩みを聞いてた石段が目に入った。そこにひっそりと男子が立っている。見つけた、あの子だ。

「こんにちは。元気?」

「ちっす。あのときはホントすみませんでした。しばらくしてから早瀬先輩に怒られたんス」

わたしの顔を見るなり腰を90°に曲げて深くおじぎした。

「やめてやめて、頭上げて。どうしたの? 早瀬くんになんて言われたの?」

「いや、オレが悪いんス。あのあと、菊池先輩がすごく剣道部心配してくれたって聞いて」

「そんな…、ずっと気にしてたの?」

その子は顔をそむけながら鼻をすすった。

「……。ずっと謝らなきゃなって。でもあのあと、みんなインターハイ行ったじゃないスか。なんか悔しいやら、うらやましいやら……。やめなきゃ良かったッス。早瀬先輩たちには失礼すぎて言えないけど」

「そんなことないよ。また入ったらいいじゃない」

「無理ッスよ。ブランクあるし、みんなにも結構ヒドいこと言っちゃったし。オレここに立ってるのすら場違いッスから」

本人が感じてる心の壁をどうにかしないと、どうにもならないのだろう。

「はい、次の謎です」

また小さなメモを渡された。

この子の様子はあとで早瀬くんに伝えてみよう。剣道部に戻れるかどうかは置いといて、わだかまりはどうにかしたいよね。



次の謎は、文化祭でお世話になったコンピューター部の部室、その次は園芸部とボランティア部と一緒に作った花壇だった。それぞれの場所で懐かしい顔に出会い、話に花が咲く。

生徒としてこの学校に来るのは、今日と、明後日の卒業式で最後になる。そんなわたしたちにとって、校内を縦横無尽に探索する機会は、思い出を探して回る宝探しのようなものだ。

次はどこかな? 「書は心を映す鏡なり」。これ、書道部の部室に貼ってある「部訓」だ。「部室に行け」ってことで間違いないな。

部室へ向かう途中、さっき会ったゆきなちゃんたちはまだ手洗い場にいた。声をかけると、「まだ他の先輩が来るんです」とのこと。そういえば、なんでいっぺんに手洗い場→書道部部室と行くようになってなかったんだろう? 道順もわざと遠回りしているように思う。外に出たり、特別棟に入ったり、部室棟に行ったり。

でもこんなに校内をウロウロする機会はなかった。今まで気づかなかったことがたくさんあった。特別棟の雨漏りがいつのまにか直っていること。部室棟に「オレの青春はここにあった!!」と小さな落書きが残されていること。家庭科室前の廊下に先生お手製の「10分レシピ」のリーフレットがあること。2年A組(この代の理系は異様に男子が多く、A組は男子のみとなった)の後ろのドアにグラビアの切り抜きが堂々と貼られていること。

わざわざ遠回りしないと気づけないことが本当にたくさんあった。



気持ちを落ち着かせて書道部の部室のドアに手をかけた。

「こんにちは」

「美紗先輩、こんにちは」

部長と副部長が並んで半切を前に筆を構えている。

「え、何? 何か書くの?」

「「せーのっ」」

ふたりは息を合わせて一気に書き上げた。

ああ、わたしへのメッセージだ。ちょっと、ちょっと。視界がにじんできたじゃない。

「美紗先輩! 生徒会で忙しい中、時間見つけて来てくれてありがとうございました。何にでも全力投球の先輩はあたしの憧れです!」

「あたしも書道部と卓球部かけもちしてるけど、先輩のおかげで『自分もがんばろう』って思えます。いろいろ大変でも、先輩らしくほんわかでいてください!」

もう、いや、泣く準備はしてたけどさ。なんなのさ、もう。言葉にならない。

「先輩、見て、見て。今書いたやつ」

明るい声のふたりに導かれ、書をじっくりと見た。部長が書いたのが「一途で硬派でちょっと不器用」、副部長が書いたのが「美紗先輩 愛してる!」。力強くもしなやかで、のびのびと素直な心が表れている。

もう、ホント、ホント……。

「ありがとう、ありがとう……」

ダメだ、もう。涙が止まらない。大きめのハンカチ持ってきて正解。

「よっしゃーっ! 全員泣かせた!」

ふたりは飛び上がってハイタッチした。わたしを含めて今年卒業する書道部員は3人だ。みんな泣いたわけね、そりゃこれは泣くって。

「いっぱいしゃべりたいけど、次の謎があるからまた明後日来てくださいね」

「これまだ乾かないから、あとで持って帰ってください!」

「そうだね、ありがとう。わたしこそ、生徒会で来られないときもあったけど、温かく迎えてくれたから続けられたんだよ。ありがとう、また卒業式のあとにね」

次の謎をもらって部室をあとにすると、ゆきなちゃんたちが手を振っていた。

「先輩ー! 泣きましたー?」

「もう、まんまとやられたよ! これさ、ふたりとも部室にいるときにわたしが行くとは限らないよね」

「だからあたしたちがここにいるんですって」

「連絡取り合って、場合によっては足止めするんですよ」

なるほど、考えてある。この抜け目なさ、さては生徒会の入れ知恵だな。

それにしてもこの企画、スゴい情報統制力だ。思いついたのは葛目くんだろうか。それと黒岩くんの人脈の広さも存分に生かされているはず。誰と誰が知り合いだなんて、黒岩くんでないと把握できない。しっかり者の馬上さんが実際の指揮官だろう。野々村くんはパソコンに強いから、情報をまとめるときに実力を発揮したかも。

その生徒会。いよいよ彼らが番人の場所へ向かうことになるようだ。

次の謎は、「高嶋優の生きがい」。

目安箱のことだ。

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