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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第九話 冬コミ編(12月)
40/51

せっかくのコミケだからと香山先生は相当に張り切っていて、コスプレ広場の他にも、企業ブースをウロウロ案内してくれたり、エナジードリンクやカロリーメイトだらけのコンビニをネタに「コミケあるある」を話してくれたり、わたしがコミケを堪能できるように振る舞ってくれてるのが分かった。

でもわたしは、さっきの「キョウコさん」が気になって、ずっと上の空だ。

「菊池、元気ないな。腹減ったか? 朝飯食ってきたか?」

先生が心配そうにわたしの顔をのぞきこむ。

心配かけちゃってるな。

そう申し訳なく思いつつ、先生の元カノってどんな人だろうとか、「キョウコさん」と付き合ってたこともあるんだろうかとか、嫌な感情がグルグル渦を巻いている。

「スミマセン、ちょっと人ごみに酔っちゃって」

「平気か? お前結構丈夫だと思ってたよ」

失礼な、と思って顔を上げると、目がくらみそうなぐらいの満面の笑みで香山先生はわたしを見ている。先生こそどうしたというのだろう。

「俺もコミケ久しぶりだからはしゃぎすぎたよ。落ち着いてなんか食おう」

「移動するんですか?」

「うん、そうだな。もう見たいのない?」

先生といられればどっちでもいい、とは言えない。

わたしが無言でうなづくと、「はぐれるなよ」と言って足取り軽やかに歩きだした。置いてけぼりになりそうで、わたしは再び先生のトートバッグをつかんだ。先生は少し振り返ると、何も言わずに目を細めて歩みを遅くする。

手、つなぎたいな。



お昼どきを少し過ぎたぐらいの時間で、その「先生のお気に入り」のカフェは満席に近かったけど、窮屈と思うほどではなかった。周囲はほとんどがカップルだ。

「お前、結局何買ったん?」

ランチプレートをわたしの倍のスピードで平らげた香山先生は、トロトロ食べるわたしに聞いてきた。

「ん、……っ」

急いで飲みこむ。

「おー、ゆっくり食えよ」

「食べてるとこに話しかけてきたのは先生でしょ、もう。はい、この2冊です」

さっき「キョウコさん」が言ってたオススメと、「T.L.S.」の第14巻だ。

「新刊も買ってくれたのか。毎度あり。あと、ああこれな、恭子…、あの店番の女の人の方な、あいつが初めて挿絵つけてくれたやつ」

「その『キョウコさん』って、結構先生の本の挿絵描いてるんですか?」

「そうだな、うち他に絵師いないから、だいたいあいつ。『T.L.S.』もそうだよ。かなりタッチ変えてるけどね」

わたしは「付き合い長いんですか?」と聞きたくなったけど、何かが崩れる気がして、その言葉を飲み込むためにサラダを口いっぱいに入れた。

「恭子に何か言われた?」

香山先生は頬づえをついて身体を少しこちらに傾けた。目の奥が心配そうに揺らいでいる。

「…なんでですか?」

「んー、急に元気なくなったから」

言われたといえば言われたけど、わたしが勝手にそれに気をもんでるだけだ。

「悪いな。あいつ、ホント若い子好きなんだよ」

「はい?」

「つまりな、お前みたいなおとなしそうな女子高生からかうとか、ヤキモキさせるとか大好きなの」

「はあ、そうなんですか……」

わたし、からかわれてたの? オタクの趣味はやっぱりよく分からない。それが「萌え」というものなのだろうか。

「………」

でも、なんで先生はわたしがヤキモキしてるって知ってるんだろう。「キョウコさん」が何か言ってくることを予想できたとしても、それでわたしがヤキモキすることを、なぜ予想できるのだろう。

先生、何か知ってる。これはわたしの気持ちに気づいてる?

「悪ぃ、ちょっと」

先生はハンカチをポケットにつっこみながら席を立った。

最後の一口を飲みこんで、先生の帰りを待つ。プレートを下げられたので手持ち無沙汰になり、カバンからのぞいている先生の本を取り出して開いた。こっちのは再版って言ってたな。奥付けとかあるのかな。

「ただいまー。あ、そっち読んでんの?」

「あの人、これ再版って言ってました。いつぐらいのかなって思って」

「俺の趣味丸出しなんだよね、これ。よくあいつも挿絵描いてくれたよ」

「趣味? 子どもですか? 先生、昔から小学校のぞいてたんですか?」

「違うっつーの。そういう目で見てるわけじゃねーから、恭子と違って」

「え、『キョウコさん』ってさっきの人?」

「そうだよ。危なかったぞ。お前みたいの、あいつの大好物だよ」

大好物? 何言ってんの、先生。

「いやいや、そういう話はやめよう。その本な、第一次ポエニ戦争のシチリアを舞台にして書いたんだよ」

オタク趣味な話題をはぐらかされたような気がするけど、多分ついていけないからツッコまない。

「へー、どっちサイドですか? ローマ? カルタゴ?」

「いや、メッサナの住民たちが主人公だね」

「じゃあ翻弄される運命って感じだ。読むの楽しみです。古代ローマを題材にしたの結構あるんですか?」

「3冊ぐらいかな。それしか再版してないから、他のは俺ら自身のとりおきしか残ってないんだけどね」

「読んでみたいです、そういう歴史物も」

「ん、じゃあまたおいで。受験終わったらな」

先生の柔らかい微笑みに、どう反応していいか分からない。のめり込みそうだ。

「菊池は? 中国史やりたいんだよな。なんかきっかけあったわけ?」

「わたしは…、単純でスミマセン、兄と三国志のゲームやってて…」

「おー、何やってたの?」

食いついた。歴史学を志すのにこんなんでいいんだ?

「俺も世界史はもともと好きだったけど、古代ローマにハマったのは映画がきっかけだったなー」

先生でもきっかけはそんなもんなんだ。

「シルクロードの西端はシリア説が有力だが、ローマだとする説もあるよな。東はどうだろう、長安かな?」

「交易の歴史から見たら、洛陽でしょうね。日本人としては奈良説を推したいですけど」

「ロマンだよなー。いつかシルクロード制覇したいなー」

「わたしも行きたい」

「いいな、洛陽からローマまで。途中ラクダに乗って」

「わたし井上靖の『敦煌』好きなんです」

「渋いな、お前。いいと思うよ。あれこそロマンって感じだよな。あと死海文書とかも。お前と一緒にシルクロードの旅したら楽しいだろうな。お互い趣味全開でも気兼ねしなそうだもん。博物館もいいな」

何? この人デートプラン練ってるの? おかしいの。でも「趣味全開でも気兼ねしない」って、実はスゴくない?

「先生、そういうの一緒に行ってくれる相手いないんですか?」

「それ嫌味? まあ、彼女はいないけど」

「元カノとか、どんな人が多いんですか?」

「聞いちゃう? それ、聞いちゃうの?」

なんだ、このノリ。ちょっと面倒くさい。

「俺みたいなノリのがほとんどかな。歴女もいたけどわりと腐ってるから、しみじみ悠久のロマンかみしめるのは難しかったね」

それは、わたしはどうなんだと言いたいのだろう。というか、「レキジョ」って? 「腐ってる」って? どういう意味だろう。多分聞かない方がいい。

「帰るか。遅くなる」

ゆっくり食べていたからか、気づいたら15時を過ぎている。やっぱり早めに帰るんだね。もう少し先生との時間を味わいたいんだけどな。

「…ちょっと散歩しながら帰りませんか?」

「そうだ、レインボーブリッジ歩いて渡れるの知ってる?」

「ホントですか? 行ってみたい!」

先生は満足そうに深くうなづき、鼻歌を歌いながらカフェをあとにする。それを追うわたしの手から、先生は「本あるから重いだろ」と自然にカバンをとって持ってくれた。

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