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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第一話 香山先生の秘密編(12月~1月)
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「なんだ、コミケ興味あんの、ミサミサ?」

帰宅して菜摘にLINEしてみたら、音声通話がかかってきた。

「興味…そうだね、どんななのかなって。やっぱオタクっていうか、そういう感じの人多いんでしょ?」

「まぁそうだね。でも見た目は普通の人と変わんないよ」

そうなんだろうね。学校の先生とかも普通にいるんだよね。

「そのさ、なんか、ヤバげな漫画ばっかなんでしょ?」

「そうだけど、何? そういうの読みたいの?」

「違う違う! その、あれ、普通のはないのかなって」

「実はね、ギャグとかほのぼの系とか、わりとあるんだよ。高校生は成人向け買えないしね」

「成人向け?」

「そう。そのヤバげなヤツとか」

「そうなんだ、ちゃんとしてるんだね」

「明日からだから、一緒に行く? 始発乗るけど、それでよければ」

「え? ウソ…」

明日から? じゃあ先生は何してたんだろう? 「コミックマーケット」の看板はそこらじゅうにあったし、先生は間違いなく東京ビッグサイトに入っていった。

「普通始発だよ。お姉ちゃんは近くにホテルとってるけどね」

「あ、そっちじゃなくて…」

「ん? でもどうする? 行こうよ」

「……」

「無理だったらいいよ」

「ううん、行く。ありがとう、誘ってくれて」

行ってみよう。香山先生に会うかもしれないけど、そのときはそのときだ。いっそ出くわしてハッキリさせた方が、納得できるのかも知れない。



翌日29日。昨日と同じ経路をたどって東京ビッグサイトにやってきた。何この人、人、人……。なんで年の瀬の始発がこんなに混んでるの? 昨日もすごい人混みだと思ったけど、今日は比べ物にならない混み具合。ここ本当に日本?

「ミサミサー、大丈夫?」

「ちょっと、ちょっ…、大丈夫とは言えないね、これは」

「あたしもさっき並んでて思いっきり足踏まれた」

「毎回こんなに混むの?」

「うん、徹夜組もいるらしいしね」

「…へぇ、じゃ昨日も混んでたのかな?」

それとなく聞いてみる。

「あー、昨日は前日設営とか搬入とかもあったはずだし、それなりに混んでたかもね」

設営、搬入…。そりゃこれだけのイベントなら前日から準備するよね。昨日は序の口だってわけだ。じゃあ香山先生は何なんだろう。普通に菜摘みたいに買いにくるだけの人ではないのかな 。

「何それ、配置図?」

「うん。プリントしてこなかったの?」

「いやー…、わたしは別にそこまで…」

本当に同人誌とかに興味があるわけじゃないし。

「まぁ興味がなくてもさ、日本人なら一度くらい参加した方がいいよね。クール・ジャパンを語れるようにならないと」

今日の趣旨はそんな大げさな話だったっけ?

「とにかくはぐれても、あたしはミサミサのこと気にする余裕ないからね。回る順番が狂うから」

回る順番? そんなことも事前に決めておくんだ。妙に感心しながら、菜摘と腕を組んで、人いきれで真冬とは思えない熱気の会場を歩き回った。

「じゃあミサミサ、あたし一応お姉ちゃんのサークルんとこ行ってくるからここ並んでて」

「え? 並ぶって?」

「これリストね。全部で3000円ぐらいで買えるはずだから。助かるよ!」

「もう、菜摘!」

「2冊買うのもあるから気をつけてね~」

今朝の待ち合わせでいきなり缶コーヒーおごられたけど、こういうことね。仕方ない、か。充分すぎるほど気分転換にはなったし。

コミケは…、誤解を恐れずに言うと、変態オタクの集まりかと思ってた。でも今日、趣味に人生かけてて、情熱がほとばしってるって印象に変わった。確かに中身はアレなものが多いようだけど、この人たちはおかしな人ではない。来てよかった。

「すみません、ちょっと通してもらえますか?」

ボーッと並んでたからか、重そうな荷物を抱えた人に声をかけられた。とても聞き覚えのある声。優しく、温かい声。

「香山先生!」

えんじ色のチェックのシャツの上に茶色いジャケット。キャメル色のパンツ。細身のスタイリングがよく似合っている。先生は落ち着いた様子ながらも、周りを気にしていた。

「菊池…、どうしてこんなところに?」

わたしは不思議なぐらい冷静だ。

「それはわたしが聞きたいです」

「そうだよな」

「ちょっと、列進んでますよ」

わたしの後ろに並んでる人から注意された。

「すみません。菊池、並んでるのか?」

そうだけど……。

「いいえ、大丈夫です」

わたしはためらわずに列から離れた。菜摘、ゴメン。

「先生、こんなところで何してるんですか?」

「これまた直球だな…、分かった、ちゃんと話そう。これ置きに行くからついてこい。はぐれるなよ」

香山先生について、とあるスペースまでやってきた。そこそこ人気のサークルっぽい。先生と同い年ぐらいの女の人が本を売っていた。

「拓ちゃんゴメンね、急に追加頼んで。それで全部?」

拓ちゃん? 先生のこと? 何この人。

「もう俺んちにも在庫ないからな。これで終わりだ」

「じゃあ8巻完売しそうだね! やった!」

「…先生は、つまり、同人誌を作る側の人ってことですか?」

わたしを無視して話が続きそうだから、思いきって声をかけた。この人は何ですか? とも聞きたかったけど、それは喉の奥にとどめる。

「あー…、拓ちゃん、生徒さんに見つかっちゃったの?」

「そういうこと。今日は打ち上げパスな」

「ウソー、なんでなんで?」

「こいつに説明してやらんと」

先生は後ろからわたしのリュックにポンと触れた。

「えー? 拓ちゃんほとんど搬出からしか来ないし楽しみにしてたのにー。みんなに何て言うの?」

「悪い、ケンさんたちによろしく言っといて。ほら、お客さんだ。いらっしゃいませ、お会計こちらです」

「あ、ありがとうございます。拓ちゃん、ちょっと! どこ行くの!?」

先生に連れられて、わたしたちは人混みを縫って会場の外を目指した。やっぱり先生はコミケの参加者、しかも同人誌を作って売る側の人だったんだ。

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