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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第九話 冬コミ編(12月)
39/51

去年は始発の電車で来た東京ビッグサイト。今回は混雑が一段落した時間に到着したから、かなり余裕をもって見物できる。

「コスプレ広場見てく? それなりに見応えあるよ」

「じゃ、せっかくだし。でも見てるこっちが寒くなりそう」

「みんな衣装の中はカイロだらけだよ」

香山先生がだんだん「先生口調」じゃなくなってく。うーん、気のせいかな。一緒に歩くのがうれしすぎて判断力が落ちている。

「スゴい、あの女の人、生足ですね。なんであの衣装にしたのかなー」

「あの人たちは命かけてっからな」

コスプレの人たちみんな、キャラクターになりきってポーズをとったりしてる。露出の激しい人もいるけど、本当にスタイルいいし、かなりの美男美女もいる。

「夏のコミケはヤバいらしいぞー。ただでさえ蒸し風呂なのにさ、衣装によっては悲惨だよな」

「メイク落ちるでしょうね、汗で」

「お前それどこじゃねえって。熱中症続出で大変なんだぜ、夏コミ。太い動脈が走ってるところに冷えピタ貼るんだってさ。脇とか脚のつけ根とか」

「さすが、詳しいですね。先生もコスプレやるんですか?」

「やんねえって。オリジナルだもん、俺が書いてんの。自分のキャラのコスプレとか無理無理」

やっぱり香山先生、「先生口調」が抜けてる。なんだか心の奥がくすぐったい。

香山先生のサークルは「歴史創作」や「オリジナル」といったジャンルのエリアにスペースがあり、エリア全体として人があまり集まっていなかった。

「まあ、分かるかな、お前に。こう、人気のある漫画とかアニメとか、あとゲーム? そういうやつの二次創作に人気集まるんだよ」

「二次創作って?」

「あー、マジ? そこからか。んー、なんていうかな、パロディとも違うし…」

さっきからオタク文化を説明してくれる香山先生がたまらなくかわいい。わたしが分からないことにショックを受けたり、はたまた「俺はガチじゃないから」と急に一般人アピールしたり、本当に…、本当に先生のこと全部知りたくなっちゃう。

「いいえ、すいません、知ってます。作品のキャラとか設定とか借りて、新しく話とかグッズ作るんでしょ?」

「え? あぁ、合ってるよ。何、知ってたわけ?」

「来る前にちょっと調べましたよ。先生があんまり一生懸命しゃべってくれるから、つい」

先生はキョトンとした顔で無言になった。怒っちゃった? と思ったら、急に大声で笑いだした。

「……ハハハッ、おっ前、いい度胸だなぁ! 俺をからかうとは、このやろう!」

笑いながら先生はひじでわたしの後頭部にツッコミを入れ、さらに手のひらで頭をわしづかみにした。

「やー、ごめんなさい! だっておもしろいんだもん、先生」

ああ、楽しい。香山先生、どうしよう、大好き。大好きです。



いざ香山先生のサークルのスペースに向かおうとすると、先生はメガネと中折れ帽を取り出し、不自然な変装を始めた。

「……先生、なんですか、そのあからさまな変装」

「あ、やっぱ似合わない?」

変な色のストールも巻こうとしている。

「似合うかどうかより、自然かどうかを気にした方が…」

「だって自分のサークルに生徒連れて来たことねーんだもん。『そういうの切り離すタイプ』で通ってるから」

「それで変装していくつもりですか。なんで顔に目線を集めやすい小物をチョイスするかなぁ、かえって目立ちますよ」

「お前頭いいな。どうしよう?」

そして、なんで素直にわたしに質問してくるかな。邪気なさすぎ。

「堂々と行くのは?」

「それはない」

「もういいですよ、ここで待っててください。ひとりで買ってきます」

「え、マジで? 俺のペンネーム知ってんの? うち何人か作家いるよ」

何冊か先生が作者である「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」を読んだけど、ペンネームまで細かく覚えてない。

「知りませんよー…、『T.L.S.』の作者さんの他の本くださいって聞きます」

「お前ホント頭いいな。ほら、目立つから早く行ってこいよ」

「ワーワー騒いでる先生が一番目立ってます!」

そう捨てゼリフを残して、駆け足でスペースへ向かった。昨年末にもいた女の人と、先生ぐらいの歳の男の人がふたりで店番をしている。

「こんにちは、いらっしゃいませ」

「こんにちは。……あの…」

「生徒さん? 去年も来てたよね」

ハッと顔を上げると、女の人が余裕綽々の笑みでわたしを上目使いで見てきた。

香山先生と同年代、いや、もう少し若いかもしれない。控えめに髪を染めてて、ハッキリした顔立ちながらメイクはナチュラルだ。

「えっと、その…」

「フフッ、可愛い生徒さん持って、拓ちゃんは幸せだね。センセイの本、買いに来たのかな?」

「よせよ、からむなって。いらっしゃい、欲しい本がありますか?」

そんなのわたしの思いこみに違いないのに、なんだかふたりに値踏みされてるような気がして、恥ずかしいような悔しいような、泣きたい気持ちになってきた。

ふと、背後から別のお客さんが来て、男の人がそちらの接客に回る。

女の人とわたし、対峙して軽く目を合わせた。向こうは落ちついた笑顔でわたしに本の説明をするけど、まったく頭に入らない。

去年も思ったけど、何、「拓ちゃん」って。

「センセイの書いた本はこんなとこかな。これとか、私が初めて挿絵描いたやつの再版なんだけど、オススメですよ」

本当に一緒に本作ってるんだ。

しばらく無言でいると、女の人が声をひそめてわたしの耳元でささやいた。

「…ねぇ、あの柱のとこにいるの、香山センセイでしょ?」

少しつり目で、繊細なまつ毛。わたしを挑戦的にとらえて、瞬きせず見つめてくる。

「センセイ、友だちとか彼女とか連れてくることはあったけど、生徒さんは初めてかな。一緒にこっち来ないのね。なんでかな」

なんでかって、そんなの知らないよ。何が言いたいんだろう、この人。「センセイは自分のプライベートに生徒を入れる気ないのよ」とでも言いたいの?

「こっちに呼んでみたら? センセイ」

「……。この本ください」

「毎度ありがとうございます」

毎度は来たくないな。だいたい、あなたの「センセイ」じゃないでしょ。

振り向かずに香山先生の元に戻った。先生のトートバッグをつかんで、別のホールへ移動する。

「どうしたどうした、菊池」

「……バレてましたよ」

「うわ、ウソだろ」

展示棟を移動する通路まで早足で来て、先生は速度を緩めた。

「バレてたかー、恭子なんか言ってくるだろうなー」

キョウコって呼んでるんだ。でもそっか、拓ちゃんって呼ばれてるんだもんね。

「…先生、違いますよ。先生はバレてないです。わたしだけ。わたしが去年も来てたことが気づかれちゃっただけですって」

「あ、そうなの? なんだ」

ウソついちゃった。でも、あの人は多分、他の人には何も言わないだろう。先生にも何も言わないんじゃないかな。

良かったですね。生徒を連れてきたことが知られなくて。

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