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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第九話 冬コミ編(12月)
38/51

「美紗、聞いたよ! こないだのセンタープレ、文系で1位だったんだって!?」

「ウソ、優も知ってたの? 情報早いね。そうだね、結構本気出したよ」

11月のセンタープレの結果が返ってきて、3年生は何度目かの志望校見直しに忙しい。わたしは絶好調で、校内の文系の中で1位を初獲得した。文系が約170人いる中、今まで40位以内に入るかどうかだったから、ちょっと注目を浴びてしまった。お母さんもご満悦だ。

そうは言っても特別な勉強はしていない。センター試験は結局は教科書の内容しか出ないし、出題パターンは決まってるから過去問をくり返し解けば充分だ。それがなかなかできないのは、テレビなどの誘惑に負けてしまうからだ。

しかし、目下わたしはそんな誘惑は屁でもないほどの新たな目標のために、寸暇を惜しまず勉強している。

「早瀬も順調っぽいもんね。あたしは指定校で決まったし、ウチら生徒会はやっぱ優秀だねー」

「優ホント楽勝だったよね。でも頑張ってたもん、会長さん」

「引退する前からもっと褒めたたえてくれて良かったんだよ?」

「したら調子に乗るでしょうが」

まったく、優は調子に乗ったら空ぐらい飛べそうだ。

「ねえ、早瀬と3人で軽く忘年会しようよ」

「センター受けないからって、それだもん、優は。でもいいかもね。早瀬くん予備校あるから、ホントの年末年始じゃないと時間とれないと思うけど」

「そうだろうね。美紗はどう?」

「わたしはねー…」

スマホで予定を確認する。

「大晦日さえ外してもらえば平気かな」

「なんだ、美紗も予定入れてんじゃん。余裕だね」

「フフッ、最後の息抜きかな、これは」

「じゃあ31日はナシだね、了解。早瀬に聞いたら連絡するね」

優は誰も見ていないのにスキップしながら3-Dの教室に帰っていく。ホント分かりやすい。

朝のHRの本鈴が鳴った。教室の石油ストーブの周りにたまってた生徒がパラパラ自分の席に戻りだし、担任の香山先生が勢いよく入ってきた。

「あー、教室温かいなー。おう、席につけよ」

センタープレの結果を返してくれたときの先生を思い出す。苦虫をかみつぶしたような顔でわたしを呼び、「菊池、やってくれたな」と言うもんだから、よっぽど悪かったのかとドキッとした。しかし結果は優のクラスにまで知られている通りで、実に9割近くをマークしていた。自信はあったけど、ここまでいけるとは自分でも思ってなかった。

なのにどうして香山先生は渋い顔で結果を返してきたのか。

それはわたしがこのセンタープレで8割とったら、年末のコミックマーケットに連れて行ってくれると約束していたからだ。

テレビやネットの誘惑なんて何のその。



街をにわかに飾りたてるこの時期は、何の予定もなくたって、心がウキウキしてくる。いろんなショップにクリスマスやお正月の限定品が並んでいる。

クリスマスコフレには手が届かないけど、自然なコーラルピンクのグロスをひとつ買った。マスカラは、うん、滅多にしないんだけど手持ちのやつが使い勝手がいい。それから誕生日にお母さんが買ってくれたショートブーツを満を持しておろす。

なに着ていこうかな。ブーツに合うカバンあったかな。ネットでコミケの情報を見ておかなきゃ。何日も前からそんなふうに考えるの、いつ以来だろう。

もちろん香山先生のお陰で勉強の意欲が増したから、センター、二次、すべり止め私大の受験対策も力を入れる。

浮かれてる。浮かされてる。

受験ムードで味気ない終業式も、耳を針で刺すように攻めてくる空っ風も、クリスマスリースから正月飾りへと変わり身激しい師走の玄関も、すべてわたしの背中を押してくれる。大晦日が待ち遠しい。

わたし、本当に香山先生のこと、大好きなんだなぁ……。



その日は、あいにくの曇り空。

朝から重く暗い雲が垂れこめている。風は強くなく、ピンと張りつめた冷たい空気が体温をジワジワと奪う。

待ちに待った大晦日だ。身体の芯から冷えるけど、ここはやはりスカートをはいて行かなくては。

肌の丈夫なお母さん譲りで、わたしは色白ではないけど肌荒れはしない。パウダーをはたけば充分だ。あとはチークだけでベースはおしまい。マスカラも重ね塗りしないでさりげなく、ポイントはグロスに置く。こんなもんかな。学校ではノーメイクだから、急にガッツリやっても不自然だ。

「姉ちゃん、いつまで占領してんだよ。どいて、歯ぁみがくから」

「待って、もうすぐ終わるから」

「何、化粧してんの? デート?」

「!! デー…ト、かなぁ?」

生意気盛りの悠太は、長いこと洗面台に陣取っているわたしをじろじろ見た。

「知らねーし。キモいよ」

おっしゃる通りで。意味もなくニヤニヤしないように気をつけよう。

でも、デート、か。デートかな? よく分からない。

わたしのゴリ押しでコミケに連れてってくれることになった香山先生。デートだとかそんなことはまったく考えてないだろう。ワガママ娘を子守りするような気分だろう。

今日はそれでもいい。いや、良くない。いや、でもうれしい。

やっぱりうれしい。



約束した電車の一番後ろの車両で待ち合わせることにしていた。わたしが先に乗って、香山先生が途中の駅から乗る予定だ。

電車がホームに入って、すぐに先生を見つけた。新聞から目を上げた先生も、間を置かずにわたしを見つけてくれた。小さく手を上げながら柔らかい笑顔でこちらに近づいてくる先生の歩みが、スローモーションのようにもどかしく見える。わたしから駆け寄ってしまいそう。

「おはよ」

「おはようございます。あの、今日はホントありがとうございます」

「ハハッ、何言ってんだ。お安いご用だよ」

やっぱりあんまり意識されていない。

と思ったら、急に先生は背を丸めてわたしの顔をのぞきこんだ。

「なんだ菊池、化粧してんのか?」

近い近い近い。先生の息が鼻にかかりそうだ。意識されてないなぁ。でもここでわたしが意識してる態度をとったら、お互い立場あるし、このかりそめのデートが打ち切りになってしまう。こらえなくては。

「いいじゃないですか、たまの東京なんですから。似合わないかな?」

「いや、それぐらいなら自然だし、いいんじゃないの? 制服にはイマイチあれだけど」

「そんなこと言ったら、毎日ガッツリ頑張ってる子に怒られますよ」

先生はさらにかがんでプッと吹き出した。

「俺がハデなやつを注意するもんだろ。逆、逆」

「乙女心を踏みにじるのは、先生でも許されないんですー」

「ふーん、それでお前もささやかに乙女心を表してみたわけ?」

あれ? おかしいな、先生。

「…っ、なんか腹立つなぁ、もう。バカにしてますよね。もっと本気出せば良かった」

あ、これはマズい。いろいろバレる。でも先生もなんかおかしい。

「ん? お前はそれぐらいをMAXにしとけばいいって。似合ってるよ」

先生おかしいよ。なんでそんなに温かい目なの? なんでそんなにいたずらっぽいえくぼなの? なんでそんなに親しげな口調なの?

なんでそんなに、なんで? なんで?

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