④
※ご注意※
第八話全体を通してチョイチョイ出てきていますが、今回はそのまんま「高校生の猥談」が出てきます(笑)。直接表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。
夕闇が迫る空き地のような公園にベンチを見つけ、菜摘と並んで腰をかけた。ガチャピンまんとムックまんを食べ終えると、菜摘が「はい」、とシトラスミントのガムをくれた。
「……ありがと」
わたし、なんで公園に誘ったのかな。香山先生のことを話すわけにはいかないけど、なんでだろう。
「菜摘さ、彼氏と別れちゃったんだっけね」
「うん。文化祭前にね」
「どこで知り合ったんだっけ?」
「ライブで対バンしてて。あっちのがメインだったんだけどね」
「年上? だったっけ?」
「7つ上かな。遊びまくってたよ、彼。超バンドマン」
こんな話してどうするんだろう。
「どうしたの、彼氏できたの?」
「そんなんじゃないよ」
「全然そういうの聞かないもんね、ミサミサから」
「モテないもん、わたし」
「そうかなー」
「菜摘さ、その人、菜摘から告ったんだよね」
「うん。……ミサミサ、好きな人いるの?」
そりゃこんなこと話してたら「好きな人ができた」って言ってるようなものだ。すべてぶちまけて、大声で叫んでしまいたい。
「え、誰、誰?」
「………」
「言えないような人?」
「………」
「その人のこと好きでいたら不幸になっちゃう系? 不倫はダメだよ。あたし許さないよ」
「不倫とかじゃないけど…」
「ちょっと言えない感じ?」
「……うん…」
不倫じゃないけど隠しておかなきゃマズい相手ってなると、それなりに絞られる。バレるだろうな、そのうち。
「…どんな人? いい人なの?」
暗くなってきた公園の灯りがパッとついた。
どんな人、か。
優しく、温かく、頼もしい。熱心に生徒に語りかける姿からは教師としての信念を感じる。大きな手、広い背中。そしてお調子者で、意外な趣味があって……。
香山先生が担任になった去年の4月から、少しずつ少しずつ先生を知っていった。その一つひとつをかみしめる。わたし、香山先生のことがすごく好きだ。
他の子に触れないで。他の子に笑いかけないで。
でも誰に対しても分け隔てない先生が好きだ。ああいう香山先生じゃなかったら、わたしはここまで先生を知ることも接することもなかったろう。とんでもない自己矛盾だ。
「んー、ミサミサも苦しい恋をしてるんだねー」
恋、か。改めて言われるとなんだか照れくさい。
「菜摘さ、なんで別れちゃったの? 言いたくなかったらいいけど」
「……まぁ、あたしが一方的に好きになったんだよね。彼はファンと遊ぶのやめなかったし、つらくなっちゃって」
「そう。傷ついた…、よね」
「身も心もボロボロだよ」
突然菜摘は立ち上がり、思いっきりのびをし、振り向いて悲しく笑った。
「でも好きになっちゃったんだよ、それが! 向こうは『JKと付き合えてラッキー』としか思ってなかったっぽいけど。腹立つよね!」
まだ吹っ切れていないのだろう。受験が終わるまで次の人を積極的に探すのもはばかられる。
「嫌われたらイヤだからいいようにされたし、今思うと散々だったよねー」
なんだか話が妙な方向へ行きそうだ。でもそれもアリかも。もうなんでもアリだ。
「その彼、そうとう遊んでたんでしょ? 結構ヒドかったわけ?」
「ん? エッチとか? マジ調子こいてたよ、アイツ。初めっから『くわえろ』とかありえないし。あたしが生理んときもさー…」
北風に吹かれながら話はエスカレートしていく。こんな話、菜摘とじゃなきゃできない。
「はー、しゃべったしゃべった!」
「鬱憤たまってたんでしょ、菜摘」
途中でコンビニに引き返して温かい飲み物を買いなおし、延々しゃべり続けた。公園のゴミ箱に力いっぱい空き缶を投げつけ、菜摘は心底スッキリした顔になる。
「やっぱさ、好きなもんは好きだし、ヤリたいもんはヤリたい!」
「出た、豪語!」
「ミサミサは? 好きな人と付き合えたらヤリたいっしょ?」
「んー、今の人は、そうだなぁ、正直そこまでリアルに考えてない」
怖いとか、イヤだとかいう前に、それが本音。
「まあ、付き合ってもなかったらピンと来ないよね。ダメなのはさ、リアル? ってか真剣? に考えてないうちに、流れでエッチしちゃうのが一番ダメだよ。今すぐ過去の自分にツッコみたい! 『自分そんなに安い女やないやろ』って」
香山先生と今すぐどうこうなんてまったく考えてないし、そもそも望み薄だけど、そうなったらちゃんと考えよう。でも考えるっていっても、ただ身持ちが堅い女でいようとも思わない。
「わたしも、そうだね。好きなもんは好き、ヤリたいもんはヤリたい。誰にも恥ずかしくないよね。でも自分を安売りする気もさらさらないし。そういう意味で調子乗ってる女ってカッコ悪いもん」
「そ! もっと女上げて、高飛車にいこう! 恋して、エッチして、んで勉強して、超稼いで、いい女になるの! ねぇ、ミサミサの好きな人はさ、それに値する人?」
「えー、どうだろ。お調子者だし、なんかオタクっぽいとこあるし。でも、うん、……好きなんだよねぇ…」
菜摘はヒマワリの笑顔をまた見せてくれる。遊び人なんかじゃなく、優しくおおらかで紳士な人が似合うよ。
「いいなー、ミサミサかわいいなー。うまくいったら教えてね!」
うまくいくのかな、まったく。
あの「先生」としての顔を崩すのは容易じゃない。今日先生に告ってたあの子のように、無策では玉砕するだけだ。でも「先生」としてだけじゃない、香山先生のいろんな一面もわたしは好きだ。そう声を大にして言える。いや、実際には言えないけど。
やってやろう。絶対に入試に合格して、女子力も超上げて、先生のいろんな面を引き出して、先生がわたしだけを見てくれるようにしてやる。
世界がバラ色に見える。恋って不思議。
自分を高めて、最高の状態で、それで一番好きな人と一緒にいられるようになったら、世界はどう変わるだろう。軽はずみでなく、自暴自棄でなく、それでいて恋する喜びと女の喜びを余さず享受できる、そんなオトナの恋に憧れる。できるといいな。
「香山先生、おはようございます!」
出張から帰った先生は少し髪を切ってかわいくなっていた。アラサー男を「かわいい」と思うなんて、わたしもたいがいどうかしている。
「おはよう。菊池、問題集やってみたか?」
香山先生はただの朝のあいさつにも一言つけ加えるのを欠かさない。それから一人ひとりの名前をちゃんと呼ぶ。そんな小さなことに気づける自分がうれしい。
「はい、助かりました。先生、相談があるんですけど」
わたしだけが知ってる香山先生の一面がある。これを利用しない手はない。
「ん? ちゃんと時間とるか?」
「そんな大したことじゃないです。あの、わたし息抜きって大事だと思うんですよ」
「そうだな。なんだ、どうしたんだ?」
歩みを遅くし、先生の耳に顔を近づける。
「今年の年末も、またコミケってあるんですよね? 連れてってほしいんです」
「はあ?」
予想外すぎたのか、先生は身体をのけぞらせた。
「えー、結局そういうの興味あったわけ?」
「だって先生、他の本貸してくれないんですもん。買いに行くしかないじゃないですか」
「でも俺が連れてくんだろ?」
「行くなら詳しい人と一緒のが楽しめるから。前に斎木さんが、『クールジャパンを語れるようになった方がいい』って言ってたんですよ。去年はいろいろ見られなかったし。あ、やっぱりちょっと興味あるのかも」
「俺に案内させる気だな、お前。斎木と行ったらいいだろ」
「ダメですかー? 斎木さん、1月中に2つ入試あるから頼みにくくて。というか、斎木さんと一緒のときに買ったらアウトですよね?」
先生はクスッと笑って、手に持ったプリントを丸めてわたしの頭をポンッとたたいた。
「そりゃ確かにアウトだな。お前にはかなわないよ。よし、じゃあ来週末のセンタープレで8割とったら連れてってやろう」
「8割!? S大A判定レベルじゃないですか!」
「それぐらいとれないで年末に遊びに行けると思うな、ってことだ」
ムムム…、という顔をしてみせる。先生がノッてくるだけでもめっけもんで、内心小躍りしたいぐらいだけど、それをおくびにも出さないように先生を挑戦的ににらみつける。
楽しい。うれしくて、苦しくて、楽しい。
こんな話題をできる生徒はわたしだけのはず。いや、ダメだ、調子に乗っちゃ。獲物を狩るヒョウのように虎視眈々と先生に迫っていかなくては。
「分かりました。絶対ですよ!」
「よーし、じゃあ俺も企業ブースとか調べとくかな。まともに行くの久しぶりだ」
「先生、あんまり大声で言ったらマズいんでしょ?」
ふたりだけの秘密。先生は「いけね」と腰をかがめて舌を出す。いちいちお茶目だなぁ、アラサー男なのにかわいいなぁ。負けるもんか。
先生、見ててよ! 女子の本気、とくとご覧じろ!
この④で第八話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。
「高校生の猥談」……。高校生ってこれぐらいの話しますよね…?




