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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第八話 Awakening編(11月)
34/51

うちの高校はそこそこの進学校で、大学・短大への進学率が9割近い。文化祭が終わって11月になると、3年生は一気に受験モードになり緊張感が増す。

そんな中、3年生全体を揺るがすセンセーショナルな事件が起こった。

「ミサミサ、聞いた? D組の柳瀬くんと塙さん」

朝のHR開始前、クラスはある話題で持ちきりだ。

「あー、聞いたよ、優から」

「まさか今? って感じだよねー。もうちょっと我慢できなかったのかな」

「そんな菜摘、身もフタもない」

「でもビックリだよね、ホント。妊娠なんて」

そのふたりは優のクラス3-Dの名物カップルで、大学も同じところを受ける予定だった。

もう少しで卒業。センター試験後は自由登校になる。本当に菜摘の言うとおり「もうちょっと我慢すれば」、そういう声が生徒たちの大半の意見だ。

「どうすんのかな、自主退学? ってか産むのかな?」

「産むらしいよ。優は『クラスのみんなで守って一緒に卒業するんだ』って息巻いてるけど」

「ウワサになるし、先生も世間体とか無視しないっしょ。受験もどうすんだろ」

「親とかどうなんだろうね」

「おはよう、HR始めるぞー」

香山先生が出席簿を手に教室に入ってきた。何ごともなかったかのように淡々とHRを進め、そそくさと出ていく。

「明らか話題に上るの避けてるよね」

「でもオレらもさ、高校生だよ? 付き合ってたらやることやるだろ」

「産むとかマジかー」

「自主退学になるわけ?」

「でも生まれるのは卒業後だよね」

「卒業はするっぽいよ」

「体育とか無理じゃん?」

「えー、まともに体育やるのあと2か月っしょ」

「どうにかなんないの?」

わたしも含めてみんな、憶測で好き勝手なことを言ってる。

昼休みに生徒会の引き継ぎの相談のためにD組を訪れると、塙さんと柳瀬くんの周りに人だかりができていた。

「えー、じゃあ卒業してすぐ結婚するの!?」

「うん。親とはモメたけどね」

「オレのひいじいちゃんがかなり味方してくれて」

中心にいる塙さんが座る椅子の背もたれに柳瀬くんが手をそえて、守るように身を寄せて立っている。下校中の仲むつまじいふたりをよく見かけたけど、雰囲気に熟年度が増して見えた。

「オレは受験諦めたけど、落ち着いたら通信か夜間か考えてる」

やっぱり進路変更するんだ。優に資料を渡し、みんなの話に聞き耳を立てる。

塙さんはとても幸せそうで、女性らしく、母親らしく、そう、聖母マリアの微笑みとはこんな感じなんだと思う。柳瀬くんと顔を自然に寄せ、時おり花が開くように破顔する様子は神秘的ですらあった。

なんだろうな。ふたりには子どもがいて、ってことは清い付き合いじゃないはずだけど、後光がさしてきそうなこの雰囲気はなんなのだろう。



数日間ふたりは時の人だったけど、卒業後柳瀬くんは就職し、すぐに結婚して塙さんの出産に備えると決まると、徐々にウワサは収束していった。

結婚しての新しい生活が甘いものではないのは、本人たちの覚悟以上に周りの大人がよく聞かせているようだ。それでも決めたのは柳瀬くんたち自身。

カレシ・カノジョ、か。

わたしも中学のときに付き合ってた人はいるけど、そんなに長続きしなかった。高校に入ってからはそういうのに縁がない。部活や生徒会が楽しくて興味が回らなかった。

元カレのことは好きだったけど、なんだか心を開けなくて、手をつなぐくらいはともかく、キスするとか、ましてそれより先なんて、喜んでする気になれなかった。だからかな、高校に入ってご無沙汰なのは。

そういえば「好き」ってどんな感じだったっけ。塙さんの輝きが自分とは違う世界のもののように感じる。女子高生として由々しき事態だ。

好き。好き。好きってなんだっけ。どんな気持ちだっけ。

「イチ、ニ」

「「「イチ、ニ」」」

校庭をランニングする野球部を尻目に、進路指導室に大学の資料を見にいく。そこは職員室の奥にあるけど、印刷室や会議室をはさむのであまり人気(ひとけ)がない。

「……、……だよ。良かったな」

「…す、………。…せいのおかげです」

誰か中にいる。細く隙間が開いているドアから、無意識に中をのぞいた。

「いや、安達の努力の成果だ。俺もうれしいよ」

「ありがとうございます、…ッ…」

「泣くなって。な? よく頑張った、うん」

香山先生と、G組の女子だ。香山先生はF組とG組で世界史を、E組で日本史を教えている。ふたりの様子から察するに、受験の結果を喜んでいるのだろう。AOや私立の推薦はちらほら結果が出てる。

ポロポロ涙を流すその子の頭を、先生はそっとなでている。泣き顔をのぞきこんで、優しく笑いかける。

わたしは反射的にきびすを返して、早歩きで教室に向かった。いや、教室に戻る気が途中で失せ、生徒会室に足が向く。違う、それも違う。書道室が頭をよぎるけど、そこも行く気にならない。校舎をほぼ1周して、社会科教員室にたどり着いた。

ノックしようとしたところでハッと気がついた。誰に用があるの? 香山先生は今あの子と進路指導室にいるから、ここにはいない。

胸がチクリとする。

香山先生があの子に笑いかけている顔が、あの子の頭に触れている手が、優しい声が、頼もしい瞳が、いつまでもわたしの脳裏から離れなかった。

文化祭で優が占ってくれたときの言葉が耳の奥でこだまする。「自分だけを見てほしい」。

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