⑤
後夜祭はクライマックス。
化学部以外の「地味文化部」の部長がステージへ上がっていき、テンション最高潮の葛目くんが生徒会企画の発表をする。
「あっと言う間の1時間だったけど、みんな盛り上がってるかーーーッ!!!」
葛目くんは叫びながらステージにかけ上がった。ジャケットを脱いで生徒たちの方に放り投げ、「もってけ、コノヤロー!」。ゲットした女子が「あとでサイン書いて、洋ちゃん!」と呼びかける。その子に投げキッスをすると黄色い悲鳴があがった。
ほとばしる汗、高揚した瞳、炎に染まる立ち姿。カリスマとはこういう人のことを言うのだろう。優は少し後ろに下がっている。
「さあ、飛ばしてくぞ! 今回の生徒会企画は彼らに全面的に協力してもらった! まずは漫研! 『後夜祭でハデに生徒会企画やる』ってビラを作ってもらった! そして次、美術部と書道部だ! メインテーマの『感動』をイメージした絵を美術部に、『感動』のふた文字をダイナミックに書道部に書いてもらった!」
すべての言葉に勢いをつけて葛目くんはかっ飛ばしていく。少しも声はかすれない。
紹介された子たちは照れくさそうにみんなの声に応えている。書道部部長のはにかんだ顔も、脳裏にしっかりと焼きつける。
「その絵と文字を合成させてできたのがこの作品だ!」
葛目くんの合図でスクリーンに映し出されたデザインは、パソコン部が合成したものだ。大きな虹色のハートの両脇に「感」の字と「動」の字が躍っている。生徒たちからどよめきの声が響いた。
「そして本番はここから! 写真部と生徒会のオレたちで写真を撮りまくった。今日撮ってたのはみんな知っての通りで、準備中も写真部には出張ってもらった!」
いったんスクリーンはわたしたちが撮った写真のスライドショーになる。校長先生のギター演奏、優のアラビア風占い師、そして香山先生の女装と、わたしの写真もたくさん流れた。
背後からいきなりチョップされ、
「おい、お前あれ流すか?」
と香山先生ににらまれた。いつの間にかわたしのすぐ近くまで来ていたようだ。
「知りませんって。ほら先生、企画はこれからが佳境ですよ」
でも、これで本当に最後。
「ねえ先生、先生は生徒会を引退するとき泣いちゃいました?」
「…………。覚えてねーな、目まぐるしすぎて。いつも笑ってたような、いつも泣いてたような」
「フフッ、先生いつも泣いてたんですか?」
「ものの例えだっつの」
でも、わたしもそうかも。1日1日がスペシャルだった。毎日笑って、毎日泣いて、毎日考えて、毎日走って、それから毎日笑ってた。
葛目くんは大きく息を吸い、お腹から声を振りしぼった。
「合成したハートのデザインを元絵にして、この写真約3000枚を材料に、パソコン部が完成させたのがこれ、『モザイクアート』だーーーっっ!!!!」
巨大なスクリーンに映し出されたモザイクアートに、全員が釘づけになった。
「このモザイクの1枚1枚がちゃんとさっきの写真なんだよ! 聡、ところどころ拡大して。ほら、これはさっきの校長先生!」
野々村くんがパソコンを操作して、優が補足し説明していくうちに、みんなこのスゴさが分かってきたらしく、徐々にざわめきが歓声に変わっていく。
「今回のこの企画はね、みんな! 洋三が考えたんだよ! あたしからの『文化祭なんだから文化部を目立たせろ』っていうムチャ振りをかなえてくれた。しかも全校のみんなの、え、笑顔が…、こんなふうに形になって…」
とうとう優は涙をこらえられなくなったようだ。みんなから「優がんばれー」、「会長ありがとー」と声が上がる。
わたしもステージの方に行きたい。背後にいる香山先生を見上げると、先生は何も言わずにうなずいた。
わたしが輪から抜けてステージに上がったのと、早瀬くんが上がってきたのはほぼ同時だった。早瀬くんはワイヤレスマイクを手にしている。
「高嶋っ!! ホッントお前アホだな。ひとりで勝手に泣いてんじゃねえぞ!」
「そうだよ、優。みんなと葛目くんたちにお礼言わなきゃ!」
マイクを通しみんなに丸聞こえ状態で優に食ってかかった。優は気合いを入れ直し、グッと胸を張る。
「みなさん。あたしたち、高嶋優、早瀬隆弘、菊池美紗は、この文化祭をもって生徒会を引退します。この1年ちょっとは、本当に短かった。でも今日のみなさんの笑顔を見て、笑顔で作った虹色のハートを見て、少しでもみなさんに貢献できたのかな、とうれしく思っています。本当にありがとうございました!」
わたしたち3人、深くおじぎする。非常に平凡な、しかしこれ以上でも以下でもない、100%のあいさつだった。
「そして明日から、葛目洋三、黒岩彬、馬上芙美子、野々村聡、自分たち4人がみなさんのために尽くします」
知らぬ間に新生徒会の4人がステージに集合している。機材の操作はどうしたのかと見渡すと、飯野先生と教頭先生と教務主任の先生が、パソコンや音響や照明を守ってくれていた。
「よーし、湿っぽいのはここまで! 最後はみんなで合唱しよう!」
最後の合唱は毎回違う曲だけど、今年は優と早瀬くんの意見が一致し「大きな歌」にした。7番まであるから、わたしたち7人がひとつずつリードする。1番は優、2番は早瀬くん、3番はわたし。野々村くん、馬上さん、黒岩くんと続き、最後の7番は葛目くんだ。7番は葛目くんにピッタリだと思う。
歌声は最後の炎と一緒に夜空へ吸い込まれていった。
「高嶋先輩、早瀬先輩、菊池先輩、本当にお疲れさまでした!」
翌日の振り替え休日が明けて、生徒会室でささやかな打ち上げを開いた。小さなブーケと、新生徒会のみんながメッセージを書いてくれた色紙を受けとった。明日からここに来ることはないのだ。
「あたしは教科書とか置きっぱだから、ちょくちょく取りに来るけどね」
「優先輩、教室のロッカー使わないんスか?」
「えー、入りきらなくない?」
「卒業までには持って帰れよ」
座りなれた椅子、年季の入った黒板、朝日がまっすぐ入る窓、わたしたちの代で作り変えた目安箱。一つひとつが急に懐かしいものに感じる。卒業はまだ先で、いつでも見に来られるのに。
「また先輩たちに相談することも多いと思いますが、でもこれからは自分たちが頑張ります」
「優先輩、タカさん、美紗先輩、ホント長い間お世話になりました」
「優先輩たちと一緒に活動できて楽しかったです」
「本当に勉強になりました。ありがとうございました」
葛目くんたちの言葉がゆっくり心に届いて、ストンとお腹に落ちてくる。彼らに言いたいことは多くない。
「洋三、彬、芙美ちゃん、聡。頼んだよ」
「ありがとな、ついてきてくれて」
「頑張って。期待してるからね」
そう、これだけ伝えれば充分。わたしたちは笑顔で生徒会室をあとにした。
「…お疲れ。早瀬、美紗」
「おう、お疲れ」
「お疲れ。ふたりともありがとう」
言葉少なに歩いていく。廊下ですれ違う先生や生徒の何人かに「ご苦労さん」、「ありがとう」と声をかけられ、温かいものが心にあふれてくる。同時にさみしさがこみ上げてきてどうしようもない。
「じゃ、またね」
「うん。またな」
「またね」
優はそのまま帰っていき、早瀬くんは3-Aの教室へ向かった。
どうしようもない温かさとさみしさが胸の中でグルグル回ってる。温かい。さみしい。温かい。さみしい。温かい。温かい。さみしい。さみしい。
無意識のうちに、社会科教員室を目指していた。香山先生は不在で、ちょうど廊下の向こう側から現れた。
「菊池、どうした? お、キレイな花だな」
部活が終わったところなのか、ジャージ姿だ。
「先生、わたし……」
「葛目たちからもらったんだろ? お疲れさん。俺のあとに続いてくれて、ありがとう」
この間から香山先生の前では涙腺がゆるむ。
「……ッッ…、せんせぇぇ…、ウッ…」
「よしよし、頑張った頑張った。本当によくやってくれたな。最高の仲間にも恵まれたな」
そうです。そうなんです。優たちがいて、飯野先生たちが支えてくれて、菜摘たち生徒のみんなが協力してくれて。そう言いたいんだけど、香山先生に聞いてほしいんだけど、嗚咽になって言葉にならない。
教員室の中から他の先生の声が聞こえる。
「香山先生、生徒を泣かすのは感心しないねー」
「まったく何言ってんですか、菊池たちは頑張ってくれたんですよ」
「ハハッ、分かってるって。ほら、入った入った。香山先生がコーヒー入れてくれるから」
「なんで私が入れるんですかね…」
香山先生だけじゃなく、いろんな先生にも見守ってもらってた。
「ほれ、飲んだら落ち着くだろ。菊池、お前生徒会やってて良かったか?」
ブラックのまま飲んでみた。苦い。そして涙のせいで変にしょっぱい。でも温かい。
「はい、良かったです! あのね、先生…」
ああ、しゃべりたい。優との出会い、生徒会に引っ張りこまれた時のこと、去年の先輩と作った体育祭、目安箱への投書に向き合ってきたこと。話は尽きない。日が暮れても、香山先生はずっとわたしの話を聞いてくれた。
温かい。さみしい。温かい。温かい。温かい。
全部がわたしを育ててくれた。
ありがとう、生徒会。
この⑤で第七話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。
【参考】モザイクアート
http://matome.naver.jp/odai/2136223498891436201




