③
「オレ以外の男と話すような口なら、いっそ、縫い合わせてしまえばいいんだ。耳も、そう、ふさいでしまおう。目も……、くり抜いて、いつもオレを見ていられるように、どこへでも持ち歩いてあげるね」
超満員の第二理科室。暗幕を張ってることもあり蒸し暑い。演劇部の気鋭・葛目くんのひとり芝居は絶大な人気を誇っている。浮気していた恋人を殺してしまい、壊れていく男の心理を追っていて、この電波なシナリオを書いたのが菜摘だというから驚きだ。コンタクトにし、エレカジな衣装に合うよう髪もセットしている。スッキリしていて似合ってる。
「あああぁぁああッッ! なぜだ! なぜそんな目でオレを見るんだ!」
ノッてきた、ノッてきた。これはシャッターチャンス。
最後までたったひとりで、照明や音楽の演出なしに演技力だけで観客を魅了した。
優のクラスの展示は「占いの館」だ。かなり並んでて、20分ほどでブースに案内された。
「いらっしゃい、おひとりさまですか? さみしいね~」
「優! 何、優も占いやるの? 大丈夫?」
アラビアンナイトみたいな衣装に身を包んだ優がわたしの担当だ。わざとここに案内されたような気がしてきた。
「占いの研究はみんなでちゃんとやったんだよ。手相・人相、タロットカード、占星術も東洋・西洋両方勉強してるし、おまじないも紹介するよ。で、何占いましょう、お客さま?」
「じゃあ受験がうまくいくか」
「えー、つまんないなー!」
「おい高嶋、静かにやれよ」
隣のブースから文句が飛んできた。わたしは苦笑しながらカメラをスタンバイし、水晶玉をのぞきこんでブツブツ言う優を勝手に撮影した。
「来た来た来た! はい、出た! 受験は健康管理が要となるであろう。流行り病に注意すべし。無理と無茶は別物と心得よ」
うやうやしく結果を告げているけど、実際は生年月日とか人相からいろいろ計算したシートを読み上げてるだけだ。でも本格的なシートで、占いの勉強は本当にしたらしいことが分かる。
流行り病か、インフルエンザの予防接種は受けておこう。
「それから…」
薄いベールの向こうで、優はニヤリと笑った。
「美紗、彼氏いないんだよね? 近々、ある人に『自分だけを見てほしい』と感じるできごとが起こるぞよ」
優のキャラがブレている。アラビア風にしたいのか、シャーマン風にしたいのか、仙人風にしたいのか、よく分からない。
「心当たりないけど…」
「ふふふ…、あたしの占いは当たるよー。さぁ、おまじないはどうする? 普通は別料金だけど、タダにしとくよ」
この笑顔、うさんくさいことこの上ない。でもせっかくだし。
「…なんか教えてもらおうかな。そうだね、一応、恋のおまじないをひとつ」
「そうこなくっちゃ!」
ウインクした優は衣装もあいまってセクシーで、ちょっぴりドキッとした。
クラスの当番はもうすぐだ。午前中の当番はフロア担当。更衣室で古代ローマ風の衣装を身にまとい、髪を結って花冠をつける。男子は月桂冠だ。
「来た、ミサミサー! 写真撮って、写真!」
菜摘たちが廊下の向こうから手を振っている。中央には香山先生がいた。
フロア担当の衣装を着せられてるけど、あれ、わたしと同じのを着てる。
「先生、それ女子のじゃないですか! え、メイクしてます? 胸も詰め物してません?」
「なんだよ、菊池ー。カメラ持ち歩いてんのか」
「当たり前じゃないですか! みんな寄って、撮るよ!」
ガタイのいい男子が先生をお姫さま抱っこし、女子が造花を手に先生に寄り添う。
「じゃ次は女子だけで。先生先生、何逃げてんですか! 先生は女子でしょ!」
「先生もお花持って」
「みんなヒドいわ! アタシおムコに行けない…!」
すっかり女の子が板についてきた。女子みんなで先生に上目使いを伝授している。
「はい、チー…」
「なんだ、菊池も入れよ。男子、撮ってやれって」
先生からお呼びがかかる。やった、わたしもみんなと写りたかったんだよね。香山先生の隣に入れてもらう。わ、先生、つけまつげしてる。
「先生、先生も乙女ポーズ!」
「はい、チーズ!」
当番が終わった菜摘と、早瀬くんのクラスを見に行くことにした。ここも結構な人気のようだ。
「はー、『しんかい6500』。深海を再現してるわけでしょ?」
「メッチャ理系だねー」
中は暗いんだろうな。フラッシュたいたら台なしだけど、ISO感度上げるだけでどうにかなるかな。
「菊池、いらっしゃい。暗いから気ぃつけて」
「早瀬くん。繁盛してるねー」
中もすごく凝ってる。学術的で、さすが理系のホープ集団3年A組って感じ。潜水艦が降りていくにつれて刻々と変わっていく海の様子を再現している。たまにクジラや巨大イカが頭上を横切っていく。超深海は静寂をイメージしていて、とても生き物とは思えない深海生物が淡い光にボンヤリ浮かんでいる。
暗くてうまく撮れなかったけど、まあいいか。
「ミサミサ、次どうする?」
野々村くんのクラスでクレープを買い、食べながらブラブラ歩く。普段の学校では絶対にこんなことできない。歩きながらも企画の宣伝をする生徒や、外部の人をたくさんカメラにおさめた。
「馬上さんのステージがもうすぐなんだよね。菜摘、行ける?」
「吹部だっけ。いいよ」
体育館のステージも満員御礼だ。きらびやかな衣装に身を包んだ吹奏楽部のショータイムが始まった。
ノリがいい曲ばかりで、ソロも多くて撮影が大変だ。馬上さんは…、いた。柔らかくてとろけるような音色だ。なんていう楽器なのかな。
アンコールは観客も一緒に手拍子。その様子をパパッと撮ってわたしもノリまくった。
「テキーラ!!」
あまりの盛り上がりで、アンコールの曲を2回やってくれた。
黒岩くんのクラスも顔出しとかなきゃ。確か定番のお化け屋敷だったはず。
「ゴメン、ミサミサ。そろそろ軽音の出番なんだ」
「ホント? じゃあ聞きに行くよ」
「次はあたしたちメインじゃないんだよね。先生バンドの補佐なの」
「先生バンド? そんなの聞いてないよ! そういう面白いのはちゃんと生徒会に報告してもらわないと」
「超シャッターチャンスだよ。校長先生ギター弾くんだから!」
これもまた超満員だ。意外な先生がギターやらベースやらドラムやらをやってる。結構できる先生多いんだな。キーボードは菜摘と音楽の先生がかわりばんこに演奏してる。
校長先生のアコースティックギターもお見事。なるほど、フォーク世代ってわけだ。この写真はあとでプリントして校長先生にプレゼントしよう。
「美紗先輩~~、遅いじゃないですかぁ~~」
先生バンドが終わってダッシュで黒岩くんのクラスに行ったら、お化け姿の黒岩くんに恨み節を聞かされた。とりあえず「うらめしや」な黒岩くんを激写しておく。これは心霊写真になるのかな。
「ゴメンって。呪わないで、頼むから」
「いいよ、来てくれたから。ささ、どうぞ。ってかひとり? オレらの怖いよ?」
「え、うそ。じゃあ黒岩くん一緒に入ろうよ」
「何言ってんの、先輩。お化けと一緒にお化け屋敷入るってどんだけッスか」
でもそう言われちゃひとりで入るのはちょっと…、あ。香山先生見っけ。
「香山先生、お化け屋敷入りましょう! 一緒に!」
大口開けてリンゴあめをかじろうとしてた先生は、露骨にイヤそうな顔をした。
「えー、俺そういうのダメなんだよね」
「はぁー? 先生、怖いんスか?」
「無理無理。俺繊細だから。夜トイレ行けなくなっちゃうタイプだから」
「じゃあ美紗先輩、ひとりで入るしかないね。かわいそうー」
「先生、わたしお化けになったら真っ先に先生の枕もとに立ちますからね」
「分かったよ。ほら、どっから入るんだ? え?」
先生は出口から入ろうとして、中から涙目で出てきた女子ふたりと鉢合わせした。
「香山先生! ビックリした~、やめてください! やっと出れると思ってたのに、ここでおどかすなんて」
「いや、悪い。…そんなこれ怖かったのか?」
ふたりは顔を見合わせて無言になった。その表情がどれほど怖いのかを物語っていた。
「……菊池、やっぱやめない?」
「ダメッス。もう次の番ッスよ」
先生は自分の顔をパンパンッとたたいて気合いを入れて勇みつつ、でもわたしの後ろからソロソロとついてきた。
書道部ものぞいてきて一通り見るべきものは見られたし、心おきなく運営本部の当番につく。黒岩くんと一緒だ。
外部の人にパンフレットを渡したり、総合案内的な窓口はここでする。外部の人の写真はここでもたくさん撮れた。
「あー、香山先生おかしかったー」
「ホントありえないッスね、あのオッサン」
確かに文化祭のお化け屋敷にしては怖かったと思うけど、どっちかというとわたしは先生のおびえた声の方が怖かった。香山先生は決してわたしの前を歩かなかった。
「それでさ、その怖がりようがクラスに知れちゃって、今はたぶん他のお化け屋敷に連れまわされてるよ」
「ハハッ、オレ知らねー」
うちのクラスの女子に引っ張られてた。お化け屋敷をやってるところは4つもある。生きて帰ってくればいいけど。
「先輩、写真撮れた?」
「うん、かなり。生徒会企画、みんなどんな反応するかな」
「盛り上がるといいッスね。この当番終わったら、一緒にパソコン部行きましょう」
色とりどりの光景と多様な笑顔が生徒会企画の原動力であり、原材料。
西日が差してくる中で、校庭では優と飯野先生と化学部がキャンプファイヤーの準備をしている。
感動の炎を心にともすまで、残す時間はあとわずかとなっていた。




