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Tiny Little Soldiers ~香山センセイの二足のわらじ~  作者: ちひろ
第一話 香山先生の秘密編(12月~1月)
3/51

それから10日あまり。

香山先生の顔は見たくなかったけど、とりあえず学校に来て、さらなる証拠を押さえるために何度か先生を尾行した。あのときはショックすぎて写真を撮るのを忘れていたから。でも大した収穫はなく、先生は自宅のアパートに直帰している様子だった。図らずも香山先生のアパートを知ってしまった。何やってんだろう、わたし。

「ミサミサ、なんか最近付き合い悪いよね」

「ごめん菜摘(なつみ)、生徒会とか忙しくて」

クラスで一番よく一緒にいる斎木(さいき)菜摘。多趣味で器用。生徒会と部活で忙しいのは本当だけど、香山先生の尾行とかをしてて、ヒマになる日が一切なくなった。ライブとかスポーツとか映画とか、多岐に渡って誘いをかけてくれる菜摘には悪いことをしている。

「そりゃそうだよね。ねぇ、でも冬休みは大丈夫なんでしょ? どっか行こうよ」

「んー、ちょっと学校来なきゃいけないし、やらなきゃいけないこと結構たまってて」

「そっかー」

「卒業式が終わったらちょっと落ち着くから、みんな誘ってパーッと遊ぼ?」

正直あまり遊ぶ気にもなれないんだけど。

「菊池、お疲れさん」

「あ、先生」

香山先生だ。

「定例会議って今日だよな?」

「はい…」

先生の顔が見られない。

「高嶋会長に頼まれてな、昔の卒業生を送る会の写真持ってきたんだ。渡しといてくれるか?」

「はい」

「なんで先生そんなの持ってるんですか?」

菜摘は先生に無邪気に問う。

「俺がこの学校の生徒会長だったからだよ」

実にチャーミングなウインクで返してきた。

「うそー! 知らなかった! なんで言ってくれなかったんですかー!?」

さすがにわたしは知ってた。目安箱を始めたこととか、地道にあいさつ運動をしていたとか、荒れまくっていた生徒を説得して校則改正の署名運動を一緒にしたとか、伝説的な生徒会長だったらしい。

「なんか恥ずかしいだろ。たいしたことしてないし」

「…そんなことないです。不良を説得して校則変えたりとか、すごかったって」

「あんまり言うなって、菊池。実際、不良を説得するのにヤバいこともしてたしな」

そう、そんな清濁併せ飲む度量の大きさも聞いてる。

「まぁ、俺自身、楽しんでやってたよ」

わたしもそうです、香山先生。

「じゃ、高嶋によろしく」

「先生ー、今度武勇伝聞かせてくださーい」

「気が向いたらな」

出席簿をヒラヒラ振りながら、先生は職員室の方へ歩いて行った。世界史の授業中も、普段のHRも、顧問をしているバドミントン部の指導を見かけても、優しく温かい笑顔で生徒たちに接する香山先生を見るたびにどうしていいか分からなくなる。香山先生、どうしてノゾキなんかしてたんですか?

誰か助けて。でも誰にも話せないよ。



「今年の生徒会活動は以上! お疲れ!」

終業式後もわたしたちは学校に出向いていた。年明け早々から、卒業生を送る会とか、中3生の入試日に「頑張れイベント」しようとか、行事は目白押しだ。

「お疲れっしたー」

「どうする、なんか食べて帰ろっか?」

「いいね、早瀬。美紗も行けるっしょ?」

どうしよう、あんまりそんな気になれない。

「お疲れ。今日で最後か?」

突然香山先生が現れた。あったかいPetボトルのココアと緑茶を持っている。みんな例の投書はとっくに忘れているようだ。そもそも普段の先生を見ていたら信じられるはずがないもん。

「ほれ、差し入れ。俺は顧問じゃないからこんなことしかできないけどな」

「マジッスか先生、ありがとうございます!」

「やった! ココアとった!」

「バカ彬、ココアはあたしと美紗に決まってんでしょ」

「あ、いいよ、わたしお茶で」

「サンキュ、美紗先輩! 先生は?」

「ん? 俺はコーヒー」

おいしい。お茶がこんなにおいしいなんて。

「目安箱、ちゃんと読んでくれてるんだってな。高嶋たちの代になってから、学校の雰囲気が変わったと思うよ」

「早瀬と美紗と彬が頑張ってくれてるからです」

「お前、意外と謙虚なんだな」

「うるさい、早瀬」

「でも本当に高嶋が3人をよく見ていい仕事をさせてるのが分かるよ。早瀬は誠実で人望があるから生徒たちをうまくまとめてるし、菊池は真面目にコツコツ仕事ができる。黒岩は誰とでもすぐなじむから最高のムードメーカーだ。いいチームだよ」

お茶が胸に染みる。あれ、目にも染みてきた?

「じゃあ、来年もよろしく。お疲れさん、良いお年を」

「ありがとうございました!」

「さようならー」

「行こっか。何食べる?」

「わたし今日は帰るね」

今日は香山先生をつけよう。

「えー、美紗先輩なんで? オレもやめよっかな」

「ゴメン、年明けにケーキ食べに行こう?」

「オッケー! じゃあね先輩!」

香山先生、どういうことなんですか? わたし、先生のことを心から尊敬してるんです。

先生はいつも通り電車に乗って、しきりにスマホを操作してる。誰かと連絡を取り合ってるみたい。いつもの駅を通り越して東京方面へ向かっている。今日はノゾキとかじゃないよね、小学校もやってないし。それじゃあどうしてつけてるんだっけ? どうしよう、もうすぐ終点だ。と思ったら、先生は電車を降りた。ここまで乗ったのは初めてだ。ここは…、豊洲?

「ちょっと、前見て歩けよ」

「あ、すみません…」

キョロキョロしていたら前の人にぶつかってしまった。先生を見失ったら元も子もない。先生はまっすぐゆりかもめに乗り換えるようだ。ホント、何やってんだろう、わたし。でも、もうここまで来たら行くしかない。ここで引き下がれない気がして仕方がなかった。

「次は、国際展示場正門。国際展示場正門」

先生はこの駅で降り、スマホをいじりながら誰かを探している。それにしてもとんでもない混み具合で、異様な空気だ。ライブか何かやってるのかな? このままだと先生を見失ってしまう。

すごい、この逆さピラミッドが浮いてる建物が、その「国際展示場」ってこと? あちこちに案内板がある。それに、なんと言ったらいいんだろう、「萌え」なポスターの数々とでも言ったらいいのかな。

「『コミックマーケットC8X』…」

そうだ、菜摘から「お姉ちゃんが同人やってるから一緒に行ってみない?」って誘われたんだった。香山先生、同人誌とか読んでるの? 同人誌っていうと、なんかオタク向けのエロ漫画とか、そんなんばっかなイメージ。わたしは今猛烈に後悔している。来なければ良かったって。知らなければ良かったって。

先生は待ち合わせしてた人に会えたみたいで、一緒に奇妙な形の建物に吸い込まれるように入っていった。

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