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※ご注意※

この話は「いじめ」がテーマです。暴力、罵詈雑言などの直接表現はありませんが、読まれる人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。ご注意ください。

17時を告げるチャイムが、自分とは違う世界の音のように聞こえる。今日は図書室が混んでいたから教室で勉強することにした。わたしも含め塾や予備校に行ってない派は、校内である程度の時間勉強するのが定着している。

「生徒の呼び出しをします。3年F組、菊池美紗。情報準備室へ来るように」

クラスメイトから「ねぇ、美紗。呼び出し」と言われて初めて校内放送が鳴っていたことに気がついた。

「え、わたし? どこ?」

「情報準備室だって」

誰だろう? 数学の先生かな? 呼び出されるほどヤバい点数はとってないと思うんだけどな。

「失礼します」

行ってみると、飯野先生だった。優もいる。

「菊池、この間はご苦労さん」

「こちらこそありがとうございました」

「美紗、あのあとさ…」

「高嶋。奥に行こう」

奥に長机と椅子だけの簡素なスペースがある。この部屋は初めて来たけど、要はパソコンを使う授業の準備室だ。社会科教員室のようなリラックスモードではない。その教科によってだいぶ違うんだな。飯野先生は長机の上の灰皿をどけながら出し抜けに聞いた。

「あの企画な、率直にどうだったと思う?」

「……」

「……」

「ま、分からんよな。実は小松さんからメールが来たから読んでやろうと思ってな。あいさつの部分は飛ばすぞ。『いじめの問題にどう向き合うかを一人ひとりがよく考えられたと思います。月並みだし無責任な言い方ですが、これから先は皆さん次第です。恐らくですがこれから、今まで明るみに出ていなかったいじめ問題が表に出てくるでしょう。当事者たちをどうケアしていくか、そしてこれからどんな学校にしていくか、皆さんと先生方で協力して考えていってください』。悪くない評価なんじゃないか」

「ありがとうございます」

「それでだな、本当に小松さんの予想通り、企画のあと相次いでいじめの存在が明らかになっている。まあ3件だがな。関わりのある生徒の人数も規模もそれぞれだ」

わたしたちは息を飲み、優はそのあと少しうつむいた。そんなに出てきたんだ。飯野先生の口振りは「もっと出てくるかと思っていた」と言ってるように聞こえる。

「当然の帰結といったところだな。企画を通して『このまま闇に葬るべきではない』と当事者の誰かが思ったんだろう。受けた本人からの訴えだったり、周囲からの告発だったりだ」

飯野先生は少しためらって、声をひそめて続けた。

「……葛目たちとの会議に個人名は出てこなかったが、高嶋は知ってるんだろう? 菊池が言っていたのはC組の会沢のことだな?」

「はい…」

「ここは担任だけでなく、学年主任と教頭が動いてる。あの先生は隠しだてするような対応はしない。安心しなさい。それぞれの問題がこれから動き出す」

あの企画は結局やって良かったのだろうか。だれからも明確な評価はもらえない。これからみんながどう変わるかが、すなわち評価ということになるんだ。



つるべ落としの夕日が廊下に差し込み、オレンジ色の空を背景にした富士山がかすかに見える。わたしたちは飯野先生のもとをあとにし、どこへ行くともなくトボトボ歩いていた。

「なんかスッキリしないね」

「するわけないじゃん。あたしは分かってたよ」

優の歩みが遅い。

「この企画やる意味あんのか、ずっと考えてたよ。隠れてたいじめが明るみに出てきたけど、それで…、……良かったのか…、あたしには分からない。それぞれの問題に直接かかわるとか、でしゃばれるわけじゃないし」

「意味のあるものにしてくのはわたしたち自身。でもそれって実際どうしたらいいんだろうね」

「立ち止まるのはあたしの趣味じゃないんだけどな。今回ばっかりは…」

そのままなんとなく足が生徒会室に向かう。早瀬くんがひとりで音楽を聞きながら勉強していた。黒岩くんたちがいなければここで勉強する手もあるのね。

「お疲れ。菊池、呼び出されてたな」

「うん、飯野先生。『しゃべり場』どうだったかって」

1リットル紙パックの麦茶をラッパ飲みし、早瀬くんはフッと目を伏せた。

「会沢の話、オレのクラスにも伝わってきたよ。女子は半分ぐらい知ってたっぽい」

早瀬くんは理系のA組だ。

「ふーん、クラスの雰囲気変わったの?」

「表面上は変わんないけど、どうだろ、女子の間では水面下でなんかあるんだろうな」

当のC組はどうなっているんだろう。

「……すみませーん…」

「はい?」

3年生と思しき女子がふたりやってきた。スカートが短く、フルメイクにつけまつげをしており、透明ピアスでピアスホールをごまかしている。まあ、ハデなタイプだ。

「あの、生徒会に話あるんだけど…」

「どうぞ、散らかってるけど」

「ふたりとも3年?」

そこらへんで所在なさげにしている椅子をきちんと並べ、早瀬くんがササッと問題集を片付ける。

「……この間の『しゃべり場』、あれ、スゴかった」

「そう、ありがと。なんでなんで?」

「いじめとか、やっぱダメだなって。それで、あの…」

何かを言おうとして言いかけるのが何度か続いた。ふたりで牽制しあっているようにも見えた。ふたりから目をそらさず、優はほおづえをついて無言で見守っている。

「あの、委員会作ったらどうかなって」

「そうそう」

「なんの委員会?」

「あれだよ、……『いじめ対策委員会』みたいな」

具体的な話は特になかったけど、先生が普段行っている生活指導や、いじめについての職員研修や保護者会に対して、生徒の見解や実態を持ちこめるようにすることがメインだそうだ。

ひとしきり話し終えて、優が「生徒会で考えて肉づけしてみる」とまとめるとふたりは満足して帰っていった。優と早瀬くんは複雑な顔をしている。

「あいつらだよ、会沢いじめてたの」

「やっぱり。会沢2年の途中まであのふたりと仲良かったもん」

わたしも「やっぱり」と思った。

「早瀬、もうひとりいなかったっけ? 中心人物的なのが」

「いるよ。そいつんち医者なんだって。兄弟もみんな大学超いいとこ行ってて、アメリカ行ったのもいるらしいよ。うわさだけど、親とかスゲーんだって。T大一択みたいな」

「えー、うちの学校じゃ厳しいでしょ?」

「5年にひとりぐらいいるらしいけどね」

「だからさ、うちに入った時点で兄弟の中では落ちこぼれ扱いだよ。ホントか分かんねーけど」

その反動がハデな格好だったりいじめだったりと、そういうことか。ベタすぎるけど、そのベタなことでわたしたちは簡単に心を病み、黒い感情が暴走し始める。

「で、今のふたりはその中心の子に加担して? って感じ?」

「C組全体がああいう雰囲気だったし、そんな単純でもないだろうけどな。大ざっぱに考えたらそうなるんだろ」

そしてそのふたりから出た案が「いじめ対策委員会」ということか。生徒の実態や見解をまとめて先生や保護者に伝えたいと考えているわけだ。やっぱり家庭の問題とかがあったということが透けて見える。

学校は生徒だけのものじゃない。先生と、保護者と、地域と、そしてわたしたちが協力しなきゃならない。生徒だけがワーワー言っても何も分かってもらえない。

「優、どうする?」

「そうだね、やろう。文化祭と同時進行で土台作りして、洋三たちに託そう」

そう言いながら優はゆっくり立ち上がり、窓から外を見た。手前で美術部が風景をスケッチしていて、奥には野球部のグラウンドと陸上部のトラックが見える。窓のすぐ外をバスケ部がランニングしていった。廊下からは先生に質問しながら歩く男子生徒の声、遠くからかすかに吹奏楽部の楽器の音が聞こえる。

「あたしたちにできること、全部やろう」

優に笑顔が戻った。

「そうだな」

「いろいろ勉強しないとね」

みんなの心。みんなの毎日。みんなの可能性。なくしちゃいけないものがある。

それを守るのはわたしたち一人ひとりに課せられた責任だ。

この⑥で第六話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。

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