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※ご注意※
この話は「いじめ」がテーマです。暴力、罵詈雑言などの直接表現はありませんが、読まれる人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。ご注意ください。
「真剣10代しゃべり場」当日。
告知動画のウケに加えパネルディスカッションや分科会を工夫してることが口コミで広がり、前評判は上々だ。何より先生が一切入らないから、「先生が上から目線でやるわけじゃないならサボらず出ようかな」と考える人が多いようだ。
「ほらB組、早く並べ!」
「周り見なさーい」
体育館に整列するところまで先生がいるけど、どうしても「先生vs.生徒」の構図ができてしまう。これを崩して本音でしゃべれるようにしたかった。先生がまったく入らないことは職員会議でも賛否両論だったそうだ。でも飯野先生が根気よく先生たちを説得してくれ、わたしたちの思った通りの形が実現した。小松さんのことといい、飯野先生とここまで協力しあえたのは初めてかもしれない。
体育館からひとりふたりと先生が姿を消していく。
「高嶋、小松さん到着だ。あとは頼んだぞ」
飯野先生が小松さんを連れてきてくれた。他の先生を促しながら出口に向かい、飯野先生は最後に体育館を出る。扉の前で一度振り向き、ステージで待機している優を見つめ、「しっかりな」とつぶやいたように見えた。
企画全体の司会は優と早瀬くん。わたしたち他のメンバーは音響やらカードの配布やら裏方だ。先生がいないから全部自分たちでやらなければならない。
「さあー、いよいよ始まりました、『真剣10代しゃべり場』!! どんなアツいトークが繰り広げられるんでしょう、楽しみですねー」
スピーカーが割れそうな声量で優が司会を始めると、生徒たちは指笛などで応えた。
「美紗先輩、大丈夫ッスかねぇ、この雰囲気」
「…大丈夫。進行は早瀬くんと、小松さんともうちあせしてたから」
できる準備はすべてした。あとは天命を待つしかない。
理系の3年C組の一番後ろに会沢さんが他と距離をとって座っている。こんなにも不自然なのに、わたしは前に出ることもあったのに、どうして気づかなかったんだろう。
一瞬会沢さんと目が合って、すぐにそらされた。担任の先生と話したのなら、わたしがだれかにしゃべったと分かっているだろう。しかもこのタイミングでこんな企画だ。「余計なことを」思ってるかもしれない。
でも会沢さん。あなたがつらい目にあった時、傷つくのはあなただけじゃないんだよ。卒業まで自分がガマンすればいいなんていう単純な話じゃない。
「今日はですね、超特別ゲストをお招きしています! 小松さんどうぞー!!」
「小松さんは県教育委員会にお勤めで、いじめ対策の専門家です」
「初めまして。みなさんにお目にかかれてうれしいです。気軽にね、ええ、『こまっちゃん』と呼んでください」
会場のどこかから「こまっちゃーん」と聞こえてきて、一同クスクス笑う。
「今回の『真剣10代しゃべり場』はですね、あたしがみなさんとガチトークしてみたくて企画しました」
「お前かよ! というツッコミは置いといて、普段友だちと本音で話すことはないけど、でも高校生活を送る上で大事なテーマってのを、先生の目を気にせずトコトン議論する。新たな試みだけど、このみなさんとなら盛り上がんじゃね? と思ってます」
早瀬くんのひたむきな語りかけに、会場は徐々に落ち着いていく。
「今回のテーマは…、あ、早瀬! 小松さんがいじめの専門家って言っちゃったでしょ!? なんだよ、もー!」
「しょうがないだろ、お前が先に小松さんの紹介したから。ハイハイ、今回のテーマは…」
「ちょっと、それはあたしが言うの! ズバリ、『いじめ』、です」
優が間をおいてテーマを言ったとたん、会場は水を打ったように静まりかえった。みんな、自分とは無関係と思っているわけではなさそうだ。
「オレは自分をいじめたヤツらのこと、一生許せないと思います」
「そうですか。許せないですか」
「はい。……これに出ることになって、中学のときのこと思い出したんですけど、やっぱ許せないなって。つーか、許すって、なんていうか、許す…、うーん、許す心? そういうのも失った感じ。そういう意味でも自分はいろんなもの失った」
パネルディスカッションは小松さんの進行で、いじめられたことがある人、いじめたことがある人、傍観してた人、解決したケースを見たことがある人、止めさせようとして勇気が出なかった人、そしていじめは自分に関係ないと思ってる人がステージに上がって議論を深めていった。
小中学生のときの体験という人がほとんどで、勇気をもってパネラーになってくれただけあり、遠慮することなく意見を言ってくれる。早瀬くんのオファーが良かったんだと想像できる。
「ではね、あえてみなさんに聞きますね。いじめはどうして起こるんだと思います?」
どの立場の人の意見もいろんな見方があるけど、ひとつとして間違っていない。一致しているのは当事者一人ひとりの心の弱さ、ずるさ。
「いじめはなくせると思いますか?」
なくせないかも、という意見がほとんだけど、中学のときにクラスメイトをいじめてて転校にまで追いこんだという子が、「なくせる」と声を振りしぼった。
「いじめは…、憎しみと悲しみしか生まなかった。ううん、今もそう。今も……、おびえてます」
「おびえてる?」
「自分に。あんな、殴ったり暴言吐いたり、ヤバい写真撮ってテキトーなとこにアップしたり、ここじゃ言えないことしてた。そういう自分がいつまた現れるかって。あんなの人間がすることじゃないよ……」
みんなの前でここまで自分を吐露してくれるとは。先生がいたらやっぱり無理だった。
「それで? なくせると思う?」
「っていうか、なくさなきゃダメです。できるできないじゃなくて、やらなきゃダメです」
「いじめられてた立場としてどうですか?」
「そうですね、じゃあどうやってなくすんですか? やる方も悲しみしか生まないってわかってるんでしょ? なんでやめないの? 心の弱さって結局どういうこと?」
「だから面白半分とかで軽くやってるんでしょ」
「周りもさ、止めようとしても『次は自分が』とか思ったら、やっぱダメ。言えない。でもなんで言えなかったんだろってずっと後悔ばっかしてる」
「自分は関係ないって思いたいし」
「クラス全体がもう疑心暗鬼だよね」
「解決したときはどうだったの?」
「やってた側がちゃんと謝って、って感じだったけど、わだかまりあったよね。自分も含めて見て見ぬふりの人とかは謝ってないし。そもそもどうなったら解決なんだろう?」
「いじめが解決するのといじめがなくなるのってイコールじゃなくない?」
「違うよね」
小松さんが入らなくてもスイスイ話が進むようになってきた。
「はい、重要な気づきがありましたね。いじめが解決するのといじめがなくなるのは違うのかもしれない」
ポイントだけを小松さんが落としてくれる。
「だれにもわだかまりがない状態でいじめがなくなるのがベスト・エンドだよね?」
「オレもいじめてきたヤツのことはどうせ一生許せないから、別に謝ってもらわなくてもいい。それよりはいじめが完全になくなった方がいい。……そう思えるようになるのには時間がかかったけど」
「いじめてきた人たちを殺していいとしたら、やっちゃう?」
「やるかも。でもなんか、『人殺しはいけない』とか、そういう人としての心がダメになってる自分への嫌悪感がハンパないから、やる気起きないかもしれない。最低だよ、マジ……」
時間がたてばたっただけ、別の傷が生じてくるんだ。
いじめられて負った心の傷の深さを目の当たりにして、みんな固唾を飲んで議論を見守っている。会場からすすり泣きも聞こえる。過去の何かを思い出したのだろうか。
パネルディスカッションが終わり、また優が司会を進める。優の勢いのある声が適度にメリハリをつけてくれる。
「はい、小松さん、パネラーのみなさん、ありがとうございました! もう一度みなさん全員で約束します。ここでのパネラーさんの話は絶対にここだけの話です。今日の『真剣10代しゃべり場』が終わったら心にカギをかけて、普段の生活に持ちこまない。先生にも絶対に言わない」
「パネラーさんたちがどれだけの勇気を振りしぼってステージに上がってくれたか、みなさんなら想像できると信じてます」
「それでは、小松さんのご協力とパネラーさんの勇気に敬意を表して、大きな拍手をお願いしまーす!」
議論では結論といえる結論は出なかった。いや、あえて出さなかったのだろう。自分と向き合うことが今回のメインなのだから。
休憩をはさみ分科会だ。約830人いる全校生徒をランダムに9~10人ずつ、84のグループに分け、3年生7クラスから学級委員長の協力で12人ずつ選抜、各グループの進行役になってもらった。分科会の議論の項目を確認したり、進行のスキルなんかをまとめたりしたけど、自由に進めて構わないことにした。進行役の人に一任する。
優はどうしても議論に入りたいと言って聞かず、ここで司会は早瀬くんだけになった。
「みなさん分かれましたね? 自分がどこか分からない人はいませんか? ではここからは各グループの進行役の人に任せますので、どうぞ始めてください」
一斉に自己紹介が始まり、あとはグループだけの時間だ。
話が進むにつれ、ケンカしてるのかと思うほど白熱するグループ、泣き出す子がいるグループ、淡々としたグループもある。
会沢さんもあるグループで話している。会場中で議論してるからまったく聞こえないけど、軽く左手首を押さえてるようにも見える。
この分科会も、出てきた話はグループ内だけの話。生徒会であろうと会沢さんが何をしゃべっているか知る権利はない。聞くつもりも、聞く必要もない。
分科会が終わり、一人ひとりが「自分との誓いカード」を書いて、終了だ。
これで何が変わるか分からない。今あるいじめが解決に向かうのかも分からない。
それでも、ひとり意識が変われば。一歩踏み出す力になれば。
そう信じられるだけの人がここにはいるはずだから。




