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※ご注意※
この話は「いじめ」がテーマです。暴力、罵詈雑言などの直接表現はありませんが、読まれる人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。ご注意ください。
2年で理系に分かれてからちょっとさ、あ、たいしたことじゃないんだよ。あたし2年の秋に彼氏できて、そう、他の学校の人。で、ちょっとつきあい悪くなっちゃって。あとたまたま寝落ちしてLINEシカトしたりが重なって、うん、たまたま。
もう何が最初か覚えてないけど、教科書とかの端に「ウンコネイル」って。上ばきにメモ入ってたのが先かな。変なGmailも来たし。ゴールドのネイルはまってたんだよね、一時期。あと「シシャモ脚」とか「おかめメイク」とか、ほら、あたし一重じゃん。ウケたのがさ、「女型の巨人」。そう、すれ違いざまに言われたり。裏サイトは見てないけど。プロフとかTwitterはどうだろうね、あたしやめちゃったから。暴力? それはないよ、あたしの方がデカいし。
理系だから女子少なくてさ、結束したらヤバいの。男子はビビってるだけだし。でも他のクラスに部活の友だちとかいるから別に。先生? 去年は相談したけどさ、話は聞いてくれるけど、校長先生とかには言ってないんじゃないかな、多分。新米はダメだよね。しかも今年転勤しちゃったじゃん。え、今の担任? 言っても意味ないよ。分かったふりしてムカつくんだよね、先生って。
どうせもうすぐ卒業だし放っとけばいいよ。上ばき? 買ったばっかだけど、それが? お金とかは、その、えっと、なくしたら怒られるからいつも300円しか持ち歩いてないね。コンビニ行くぐらいなら十分だし。なんで? 前からそうしてたよ。
何、長袖? 別に暑くないよ。やだ、触らないで、見ないで!
「見ないで…これは……」
生徒会室にカギをかけて話を聞いていたけど、会沢さんは左手首を押さえて胸に抱き、ガタガタ震えだした。
「ゴメンね。あのね、その、手首に何があるかは、わたしにも予想できるよ。気づかないふりはできないよ」
ここまで追いつめられてるってことは、軽い口調で話してたけど心はズタズタに違いない。
「やめて、放っといて! 大ごとにしないで。彼氏の学校に知られちゃう。もう卒業だしいいの!」
強く押しのけられコケそうになった隙に、会沢さんは脱兎のごとく生徒会室から去っていった。優と早瀬くんに相談しようか。でも、ことを大きくしてほしくないみたいだ。
わたしも荷物をまとめて帰ることにした。いまだ真夏日が続くけど、ヒグラシよりコオロギの鳴き声がよく聞こえるようになった。
「…、…菊池、菊池!」
ポンとカバンをたたかれるまで、声をかけられてることに気がつかなかった。香山先生だった。
「なんだ、ボーッとして。めずらしいな」
「先生……」
いつもと変わらない先生の笑顔を見ていると、視界がにじんできた。ダメだダメだ。泣きそう。
「…どうした? そうだ、夏コミで新刊出したんだよ。寄ってくか?」
だれかと話したい。会沢さんのことしゃべれなくても、なんでもいいから話したい。
「俺んちの方の駅分かるよな? 少し仕事残してるから、先に行っててくれるか?」
「……ハイ。じゃあスタバにいますね」
蚊のような声しか出せない。先生がわたしの横を歩き去りながら、再度わたしのカバンにポンポンと触れた。それに押されて歩を進める。
先生を待ちながらうちの学校の裏サイトを探してみた。やっぱり簡単に見つかるもんじゃない。プロフもTwitterもやめちゃったって言ってた。そっちでも何かあったんだろう。なりすましメールとか、出会い系を悪用するとか、手口は巧妙になってると聞く。さっき聞いた冗談みたいな悪口だけじゃなく、存在を否定するような、「死ね」とか「ウザい」とか「学校来んな」とかもあったのかも。
1年生の時に登録した会沢さんのアドレスに「ちゃんと保健室行った?」とメールしてみたら、すぐにエラーが返ってきた。ショートメールも届かない。携帯変えてるんだ。
「お待たせ。悪いな、金使わせて」
少し急いだ様子で香山先生が現れた。
「いいえ。……スミマセン、先生」
「ん? いつもの威勢はどうした、お前? ほら、行くぞ」
久しぶりの先生の部屋は相変らず殺風景だ。
「ウーロン茶でいいか?」
「はい、ありがとうございます」
流しでガチャガチャやりながら「グラス洗ってなかったなー」とぼやく先生を尻目に、床に腰を落とす。少し見渡すとテレビの横のペン立てが目に入った。ボールペンやらマジックやら、それからカッターナイフがさしてある。
「………」
会沢さんの左手首には、やっぱり切った跡があるのかな。痛いんだろうな。どれぐらい痛いのかな。
教室とかネットとかで追いつめられるのとどっちがつらいのかな。
「菊池! 何やってる!?」
グラスの割れる音が聞こえ、濡れたままの先生の手に右手をはたかれ、我に返った。わたしはカッターナイフで手首を切ろうとしていたのだ。
「バカかお前は! そっち見せろ、切ってないか?」
わたしの左手首がなんともないのを確認して、先生は深く息をついて胸をなでおろした。手をはたかれた拍子に飛んだカッターナイフが先生の左上腕をかすめている。
「あ…、先生、そこ…。それにシャツも……」
「バカヤロウ!! お前はもっと自分を大切にすると思ってたぞ。こんなのはすぐ治るけどな、いいか菊池、自分を傷つけるってことは他人を傷つけることにもなるんだ。お前の周りがどれだけ心を痛めるか考えろ!」
わたしも、そっか、会沢さんの話を聞いて心を痛めてたんだ。あまりのことで混乱して、それに気づかず自分を見失って、香山先生まで傷つけた。
「ごめんなさい……」
「少し落ち着くまでここにいろ。な? ほら、その包みの中が新刊だ。1冊やるよ」
「先生…、グラス割っちゃいました?」
「安物だ、安物」
キッチンに戻る先生の背中に向かって、もう一度「ごめんなさい」とつぶやいた。
香山先生のオリジナル小説「Tiny Little Soldiers ~T.L.S.~」の第13巻がクラフト紙にくるまって、無造作に床に置いてある。
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ハヤアキは少将に対して一歩も退かなかった。
「その作戦は認められません。少年部隊はこの惑星の未来です。ひとりたりとも使い捨てにはできません」
少将は立ち上がりハヤアキに近づいた。コツコツと甲高く響く靴音が部屋にこだまする。
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? 地球連合軍の中で日本総軍が危うい立場になるのを望んではいまい? しょせん子どもなのだ。力で統率すれば手っ取り早く駒にできる」
ハヤアキは自らの血潮が煮えたぎるのを感じた。強く握り続けるあまり感覚がなくなった拳を振り上げ、机を力の限りなぐった。
「そんなことはありません! 彼らにも人格がある! 心がある!」
「ふん。理解できんな」
「100%理解できないのは当たり前です。それより歩み寄る姿勢を常に忘れず、分かり合えたほんの少しをもとに新たな成長へ導くのが、教官としての私の努めです。彼らは宝だ。作戦には断固反対します!」
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会沢さんは言ってた。「先生は分かったふりしてる」って。でも100%分かりあえなくても、できることは、伝えられることは、結構あるんじゃないか。結構あると信じてる人同士なら、何かが変わるんじゃないか。
「はい、ウーロン茶」
「ありがとうございます」
目の前でリスカしようとしたのに、先生は何も聞いてこない。それでも息苦しくなく、不思議な空気だ。
「……香山先生、聞いてほしいことがあるんです」
「いいよ」
静かな相づちにつられて、投書を見つけたところからゆっくり話した。
気づいたら1時間近く話していた。わたし自身も相当キテたようで、ずっと泣き通しだった。
「…ヒック、それで、リスカってどんぐらい痛いのかなって、グズッ、なんかよく分かんなくって、…ごめんなさい。先生、腕…、ご、ごめんなさい…、跡残る?」
たまに背中をさすってくれてた先生の手が、わたしの頭に移動する。
「こんなんすぐ治る。えぐるぐらいしないと跡にはならないよ」
「先生、どうしよう? 会沢さん『死にたい』って。1月から、ヒック、ずっと。笑って話してたけど、あんな会沢さん変わっちゃって、多分わたしが聞いた話は全部じゃないです」
「たちの悪いことになってそうだな」
「でも会沢さん、彼氏の学校に知られたくないって。大ごとにしたくないって」
「うーん、それにしても本人から聞かないことにはな。口をつぐむかもしれないな」
先生は立ち上がって、空になったわたしのグラスをキッチンに持っていき、再びウーロン茶を注いできてくれた。腰を下ろしながらまたわたしの頭をなでて顔をのぞきこむ。
「菊池、話してくれてありがとう。俺たちに任せろ」
「でも先生、会沢さん、関わってほしくなさそう。『先生はあたしたちのこと分かってない』って言ってた」
「バカ言うな。そんなネガティブな言葉はお前らしくないよ。本当に分かりあわなきゃならないのは会沢たち自身だ。しかしな、そのための指導や環境作りは、俺たちにしかできないんだよ」
「環境作り?」
「お前たちもやってることだ。目安箱に目を通して生徒の声に耳を傾けて、普段の活動や行事で実現させる」
「…そんな大それたことしてるつもりなかったです」
「まあ俺もそうだったな。なあ菊池、高嶋には話したのか?」
「いえ、どうしようかと思って」
香山先生は頼もしい笑みを見せて、わたしの両肩に手を置いた。力強く温かい先生の思いが伝わってくる。
「高嶋たちにも一肌脱いでもらうか。生徒会と俺たち教師で協力して何かできないか考えよう」




