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※ご注意※
この話は「いじめ」がテーマです。暴力、罵詈雑言などの直接表現はありませんが、読まれる人によっては不快に感じる表現があるかもしれません。ご注意ください。
「あいつマジキモい」
「いっぺん死ねばいいのに」
「この世から消えろ」
生徒会が設置している目安箱には、残念ながらこんな内容の投書がたまに入ってくる。実名が書かれてる場合もありテキトーに捨てられないから、こういうのは職員室のシュレッダーで処分している。
夏休みが明けて10日。ある程度投書が溜まったろうと考えて、今日の定例会議では葛目くんたちに目安箱の処理について説明した。
会議後、ラグビー部の県大会が目前の黒岩くんはダッシュで部活に行き、演劇部の葛目くん、吹奏楽部の馬上さん、卓球部の野々村くんもサッといなくなり、生徒会室はガランとする。部活という高校生活の大きな要素が消えた3年生のわたしたちは、手持ち無沙汰になりがちだ。
優は長いことシュレッダー行きの投書から1枚だけ抜いて、難しい顔をして調べている。
「優、どうしたの? 気になるのあった?」
「んー、美紗これどう思う?」
ノートを半分に切ったと思しき紙に、小さく「もうやだ 死にたい」とだけ書いてある。
「……気になるけど、だれか分かんないよね」
「この投書、前も見たんだよー。あの時も気になって、確かどっかに…、あった、これだ」
同じような紙を2枚机に並べる。1枚目にも2枚目にも「死にたい」と小さく書かれていて、筆跡もよく似ている。これで合計3枚だ。
「同じ人っぽいね。いつごろの?」
「これはねぇ、日付メモしたんだよ。こっちは1月27日から30日で、こっちは4月11日から24日に入れられたはず」
「うそ、優スゴいね。そんな几帳面にメモって」
「なんか気になったんだよね」
机に突っ伏して寝てた早瀬くんが急にガバッと顔をあげた。
「その1月の時期、あれじゃん、1年はスキー学習だろ?」
1月に1年生は、現2年生か。
「じゃあこれ書いた人は、3年生にいるってことじゃない?」
「なんでそうなんの、美紗?」
「だってそうじゃん。今の2年が学校に来てない時期に入れられてて、4月も最近も入ってるってことは…」
「去年の3年でもないな、今はいねーんだから」
1年生でもない。今年の1月には入学していない。つまりわたしたち3年生の中に、少なくとも9か月に渡って「死にたい」と思い続けてる人がいる。この投書がいたずらでなければ、そういうことだ。
例の投書があってからしばらく、目立たないように目安箱を毎日チェックすることにした。だれが投書したか分からない以上、できることはそれしかない。今日は入っていないようだ。近いうちに飯野先生に相談するつもりで、情報収集を進めている。
あれを書いた人はどうして「死にたい」と思ったんだろう。進路の悩み? お家のこと? それとも、考えたくないけど、……いじめ? なんだか涙が出そうになって、生徒会室の近くのトイレに駆けこんだ。幸い他にはだれもいない。洋式便器のふたを閉じて腰かけ、気持ちを落ち着かせる。
香山先生が去年、わたしたちの代から学校の雰囲気が良くなったと褒めてくれたけど、いじめが絶対にないとは言えない。だれも知らないところで声にならない叫びを上げ、名乗りすらせずひたすら耐えているとしたら。この人にとって目安箱への投書が唯一の訴える手段なのだとしたら。
彫刻の「考える人」の姿勢で思いにふけっていると、トイレにだれかが入ってきた。わたしの入っている個室を素通りし、奥の方へ入ったようだ。しまった、わたしカギかけるの忘れてた。開けられなくて助かった。
「ゲェェ…、……グ…ブ…、ウェェェェェェ……、ゲホッ…」
この子吐いてる? それに何か言ってる。
「もう…やだ…、死にたい……」
全身に電流が走った。わたしのすべての思考回路が、何かを直感している。
すぐに飛びだし、嘔吐している子の個室のドアをノックした。
「大丈夫!? 吐いてるの? 水持ってくるからここにいてね!」
生徒会室の備品をあさって紙コップを見つけ、トイレにとって返す。個室は閉ざされたままだけど、姿を消してなくてホッとする。
「開けてくれる? 水持ってきたから。うがいした方がいいでしょ?」
「………」
1分近くたったろうか。静かにカギが開いたので、「入っていい」の合図と見てドアを開けた。
「……菊池さん…」
わたしの名を呼んだその子は、1年生の時のクラスメイトだった。今は理系クラスにいると記憶している。
「会沢さんだったんだ。大丈夫? 口ゆすいで」
「ありがと…」
会沢さんは背が高くバレー部だった。活発で明るく、笑顔が絶えなかった。少し髪を明るくしててメイクもガッツリで、むしろハデな印象が残っている。それが今はどうしたことだろう。受験前だから黒髪なのは分かるけど、ノーメイクで肌も荒れてる。スカートの丈はわたしより長く、ひざ上5センチないぐらいか。9月なのに長袖なのも気になる。何より、「死にたい」なんて言う子じゃなかった。
何が会沢さんを変えたのだろう。わたしが聞いていいのだろうか。
背中をさすりながら冷静に、「あの投書を書いたのは会沢さんだ」と根拠なく告げるわたしの第六感に耳を澄ます。
「ケホッ…、ゴメン。菊池さん、ゴメンね…」
「具合悪いの? 保健室行こうよ。わたし荷物持つから」
ひとりで歩かせるのは心配だ。落ち着いて話をするのに保健室は最適だとも思った。トイレの床に転がっている会沢さんのカバンと生物のノートを拾おうとして、ノートにつづられた字が目に入った。
この字…、この筆跡……。
「ひとりで大丈夫だよ。ありがとう」
わたしの中で「今ここで聞くべきだ」と「安易に聞くな」のふたつの声が拮抗している。どっちが正解かなんて分からない。会沢さんの「死にたい」の一言につき動かされる衝動に従うしかない。
「……会沢さん。最近、うちの目安箱に投書した?」
外から聞こえてくる野球部のかけ声が、いやに遠く感じる。わたしと会沢さんだけ時間が止まっているかのようだ。
「…あ……、…ッッ! ウッ、グッ…」
会沢さんは再び口元を押さえて便器に向かってかがみこんだ。
「…カッ…、ゲェ…ッ…、カハッ…」
ああ、失敗した。追いつめてしまった。でも決まりだ。




