④
もうすぐ15時。帰りのバスの時間まで残りわずかだ。トイレに行っておこうと探していると、我に返った様子の香山先生に出くわした。相変わらずパンツ一枚だ。
「あ、菊池……」
「もー、先生何やってんですか、いい年してー。信じらんない」
「面目ない。でもお前さ、男のパンツ一丁見てなんともないのな」
「お兄ちゃんと弟いるんで、男の人のパンツぐらい日常風景です。ってかセクハラですよ。完全アウト」
先生は慌てて前を隠すけど、その動作もどうかと思う。
「先生、パンツどうするんですか?」
「時間見てだれかに買ってきてもらうしかないよな…」
「わたし葛目くんの買いに行くことになってますから、ついでに買ってきますよ」
「あぁ、あいつもか。いや、まさか女子に買いに行かせるわけには」
「男子は着替えあるから時間ないって。もちろん先生のだけなら普通にイヤですよ」
「マジで面目ない」
わたしに土下座しそうな勢いだ。それはそれでみっともないからやめてほしい。すると遠くの方から早瀬くんと黒岩くんの声が聞こえてきた。
「ちょっと香山先生、パン一で何してんスか?」
「変態かよ! 美紗先輩、大丈夫!?」
うん、先生には悪いけど、これは自業自得。
「大丈夫大丈夫。香山先生のパンツぐらいなんとも思わないから」
「おい菊池、それはセクハラじゃないのか?」
「美紗先輩に寄らないでください」
「菊池が平気でも、どう見たって変態ですからね」
「あ、わたし葛目くんのパンツ買ってくるよ。ふたりとも、香山先生は煮るなり焼くなり好きにして!」
スマホで調べたところ、近くにコンビニがある。トイレもそこで借りちゃおう。コンビニで男性下着を2枚購入する女子高生。まったく、なんでわたしがこんな目に!
買ってきたパンツを手渡すと、葛目くんは恐縮しきりだった。
「菊池先輩、自分、申し開きのしようもございません。誠に、ま、こ、と、に! 反省しております…!」
このまま聞いていたら「かくなる上は切腹を」とか言い出しそうでおもしろいけど、時間がないので笑って許す。
「いいよ、今日は葛目くんが楽しい人だって分かったから」
保護者のような口調の野々村くんからも深々と頭を下げられた。
さて、葛目くんはいいとして、問題はこっちだ。一行が香山先生に針のように鋭い視線をつき刺す。
「はい、先生」
「ありがとうございます…」
腰にタオルを巻いた香山先生はしおしおと更衣室へ向かった。
「香山先生、バス出るんですから早く着替えてくださいよ。置いてきますよ」
早瀬くんの風当たりが強い。そしてバスでも座席数がギリギリなのもあり補助席に座らされてた。
バス発車からほどなくして、ほぼ全員が眠りの世界に落ちていった。なんだか寝つけないわたしの隣で、優は気持ちのいい寝息をたてている。夕日が沈み始め、夜のとばりの訪れと同時に、お祭り騒ぎの今日が終わろうとしている。
みんなと同様に寝ていた香山先生が途中で目を覚まし、座り心地が悪そうにモゾモゾして、斜め後ろのわたしと目が合う。
「菊池、本当に悪かったな」
「いいですって。忘れたいので、もう言わないでください」
「分かった、すまない。……菊池は夏は勉強一本か?」
思わぬ気分転換ができたから、ちゃんと勉強に本腰入れられそうな気がする。
「そうですね。夏期講習もあるし、おばあちゃんち行くぐらいかな。ただでさえ秋まで生徒会ですから」
「慌てず自分のペース作れよ。しかし、生徒会が文化祭まで出しゃばる伝統は俺のせいだからなぁ、ペース配分とか相談乗るからな。高嶋たちにも言っといてくれ」
「え、昔は秋までやってなかったんですか?」
香山先生がうちの生徒会長だった時に変わったってことなのかな。
「ああ、知らなかったか? 前は7月の選挙のあと引き継ぎして、夏休み明けには引退だったんだよ。でもほら、お前も知ってたろ。俺の時に校則変えたんだけどさ、そっちに力入れすぎちゃって行事でおもしろいことやれなかったんだよ。それが悔しくて秋まで頑張っちゃったわけ」
「へー、初めて聞いた」
「別にそうしなきゃいけない決まりはないし、今の生徒の考えで流れを変えてもいいんだぞ」
今日一日で葛目くんと野々村くんのこといろいろ知れた。馬上さんとももっと話したい。あの子たちが黒岩くんと協力して、どんなチームを作るだろう。どんな風に生徒を引っ張っていくだろう。わたしはどんな手助けをできるだろう。そう考えると不安と期待が入り混じって、身震いと武者震いがいっぺんに来る。この大きな使命に、優たちと一緒に立ち向かいたい。
「いいえ、わたし今の流れ好きです。葛目くんたちにアドバイスしてあげられるし、新しい子たちと一緒にやってるって実感できるから。全部の学年がひとつになれていいと思います」
「そりゃ良かった。その喜びを大事にしろよ。お前もいいリーダーだな」
今日は香山先生の新しい顔をまたひとつ見つけた。好感度は大幅ダウンだけどね。
心地よいバスの揺れと、静かに胸に届く先生の声。だんだん眠くなってきた。視界がフェードアウトし意識が遠のく中、頭に香山先生の手のひらの重みを感じた。
「おやすみ。ありがとな」
先生の表情を見たいけど、まぶたが開かない。
夏休みは過ぎるのがあっという間だ。勉強もある。生徒会もある。どちらもこの夏が滑走路だ。目が覚めたら、まっすぐ前を向いていよう。
この④で第五話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。




