③
リーグ戦2試合目は圧倒的な負け戦だった。試合開始前から雰囲気が違ってた。
先鋒戦は早瀬くんが2-1で辛勝、続く次鋒、中堅、副将と負けてしまい、ここで2試合目の敗北が決定した(この試合に山田くんは出てこなかった。補欠2人を含めた7人の選手から5人を決めるのだそうだ)。それでも大将の部長は落ち着いていて、相手が強いということは素人目にも分かるぐらいでやっぱり勝てなかったけど、1本とり返してた。トーナメントに進むのはこの強豪校に決まった。
早瀬くんの1勝と部長の1本に、わたしと優、それから葛目くんは抱き合って号泣した。試合が終わり5人そろって礼をして、ゆっくり面を外した部長の男泣きに、またこっちももらい泣き。こんなに泣いたのは久しぶりだ。わたしと優に抱きついた葛目くんを、黒岩くんが「ふざけんな、洋三」とシバきたおしてたけど、まったくもってどうでもよかった。
早瀬くんたちは顧問の先生と一緒に扉の向こうに消えていった。
「あー、タカさんたち出てっちゃったよ。どこ行くんだろ。会えないかなー」
黒岩くんはにわかにキョロキョロし、今にもエントランスに駆けつけていきそうだった。
「彬、大丈夫だよ。下手に動くとすれ違うよ。ここで待ってよう? 絶対こっち来てくれるよ」
「…高嶋!」
息を切らせた早瀬くんと山田くんが現れた。かなり後方に部長と、応援に来ていたらしい部員一同がいる。
黒岩くんは他の人が声を出すより早く、早瀬くんに飛びついた。葛目くんもそれに続く。
「タカさん! スゲーよ、タカさん! オレ抱かれてもいい!!」
「自分も! 自分も抱いてください!」
「よしよし、分かった。今度生徒会室で待ってろ。ふたりとも可愛がってやるよ」
何やってんだか、この人たちは。遅れてきたマネさんが指さして爆笑してる。早瀬くんと付き合ってるんじゃなかったっけ? 優はあきれながら、「タカさんはオレのだ」「引っこんでろ、黒岩」とギャーギャーやってる3人に割って入った。
「バカ、生徒会室を汚すな! 早瀬、やっぱあんたスゴいよ。カッコよかった」
「いい試合だった! ありがとう、早瀬くん」
「感動しました」
わたしたちの言葉に早瀬くんの目が潤み、一言小声で、
「……オレこそ、ありがとう」
と言って微笑んだ。剣道部の夏が終わったことを、この言葉が象徴していると思った。
クラスの男子と一緒に山田くんにも声をかけていたら、香山先生と剣道部の顧問の先生がみんなを集めた。
「高嶋たちはこれからどうするんだ?」
「お城と海に行きたいねって言ってたんですけど、早瀬たちは?」
「オレらも海行くんだよ」
剣道部の先生が身を乗り出して補足し始める。
「今日はバスをチャーターしてるんだけど、帰りの時間までだいぶあるんだよ。もともと海でリフレッシュさせるつもりでね。席に余裕があるから、学校までで良ければ高嶋たちも乗っていくかい? 香山先生たちもどう?」
「いいんですか?」
「やったぁ、あざッス!」
これぞ渡りに船。部長を先頭に競技場を後にし、私鉄を乗り継ぎO駅至近の海水浴場を目指した。
O市は湘南からは少し外れるけれど海水浴場はいくつかあるようで、O駅から徒歩圏内のこの海水浴場は、お城を望むこともできて絶好のスポットだった。
磯の香りが強くなるにつれて、なんだか葛目くんの様子がおかしくなっていった。そわそわしているというか、むしろジタバタしているというか。グルッと湾になっている海岸線を見渡し、葛目くんのテンションは最高潮に達した。
「僕と香山先生は基本ここで待機してるから。貴重品は自分でロッカーに預けるなり各自管理すること」
「じゃあバスに移動するまで自由な。昼食は弁当ないやつはそこらへんで適当に買うように」
先生と部長がみんなに連絡するや否や、葛目くんは突如メガネを外した。
「……海だ…!」
この目の輝き。周囲の、主に2年生が葛目くんから距離を置いた。
「海だ海だ海だーーっ! ヒャッハーッッ!!」
目にも止まらぬ早業で制服を脱ぎ捨て、パンツ一枚で海に突進していった。頭を抱えた野々村くんが深いため息をついてブツブツ言いだした。
「…始まったよ。こうなると思ったんだよなぁ、夕べも楽しみで眠れなかったって言ってたし」
なんだ、勉強してたんじゃなかったんだ。というか、だんだん葛目くんのことが分かってきた。外見は委員長タイプだけど、どこかネジがズレてる。でも憎めない。黒岩くんたち2年生の間では、あのキレっぷりは有名なようだ。
「あいつじゃねーと盛り上がんないよな」
「今日も絶好調だよ、マジ」
はしゃぎまくる葛目くんをみんなで遠巻きに見てたけど、部長が全員に向き合い先導する。
「よし! 道着しまってオレらも行くぞ!」
「イエーーーッ!」
男子部員は一斉に更衣室に向かって走り出した。
「ちょっと! 海パンあるの!?」
マネさんが大声で叫ぶ。
「余裕余裕!」
「先生ー、いいんですかー?」
「3年はこれで引退だからね。いいんじゃないかな」
山田くんに連れられてクラスの男子も更衣室に向かい、黒岩くんと野々村くんが残った。黒岩くんのニヤニヤした顔が気になる。
「聡、みんな行っちゃったよ?」
「オレは行きませんよ」
「えー? 何、カナヅチなん? おーい、洋三! 聡も入るってよ!」
「は? 行きませんって。…ちょっ、ここで脱がすな!」
「おー、聡! じゃあ更衣室行こう、更衣室。あ、オレ脱ぎっぱなしだ。ロッカー入れよう」
「洋三濡れてんだろ。オレが持ってくから貸せ」
微笑ましいな、野々村くん。面倒見の良さ、きめ細かさが半端じゃない。
黒岩くんたちと入れ替わりで剣道部のみんながゾロゾロ出てきた。ちゃんと海パンを着けている。持参してたのか、そこらへんで買ったのか、準備のいいこと。女子部員は適当にジャージの裾をまくって波打ち際でたわむれているから、わたしも優もそっちに合流した。
「はー、男子は元気だなぁ」
泳いでもないのにテンションばかり上がってしまってくたびれた。香山先生たちのところで休憩することにした。
「なんだ菊池、いい若いモンが」
「あー、先生かき氷食べてる!」
「大声出すな、お前。みんなにバレるだろ」
「じゃあ口止め料くださいよー」
横で涼しい顔した剣道部の先生が香山先生より数段豪華なのを食べてる。
「まあまあ菊池、あとで僕と香山先生がみんなにアイスごちそうするから」
「え? 私お金出すって言いましたっけ?」
「出さないならバス乗せないよ」
教師の上下関係を見せられたようだ。香山先生は急いで財布の中身を確認している。
「香山先生! 先生泳がないんスか?」
ひとしきり泳いだ山田くんたちが香山先生に群がった。
「えー、俺はいいよ。荷物見てるし」
「大丈夫ッスよ、部の荷物は大したモンねーし。ね? 先生!」
呼びかけられた剣道部の先生は、50過ぎの自分は誘われていないと見るや、ヒラヒラと手を振り「行ってこい」と香山先生を促す。
「いや、海パンもないし金もないし」
「あ、先生、カラダ自信ねーんスか?」
「アラサーだもんなー」
「サガってんじゃね? いろいろ」
ちょっとちょっと、わたしも聞いてるんだけど。だれも気にしてないね。
ところが、一番わたしの存在を気にしていないのは香山先生だった。いきなりシャツを脱ぎ、インナーのタンクトップにも手をかけた。
「言ったな? 見てろよ、俺の肉体美と華麗な泳ぎを!」
その場でパンツ一枚になり、海に向かってまっしぐらに駆けていった。山田くんたちも騒ぎながら追いかけていく。嗚呼、濃紺のボクサーブリーフがまぶしい。肉体美と言ってたけど、……別に普通だった。
「はー、香山先生は元気だなぁ。ね?」
さっきのわたしの口調をまねて、剣道部の先生がわたしに笑いかけた。見たくないものを見てげんなりしてた気分がほんの少し和らいだ。




