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「スゲー! 海見えるよ、美紗先輩! ほらほら、あ、見えなくなっちった…」
「すごいねぇ、海いつぶりだろ」
K県はO市。海と山に囲まれる城下町で、日本有数の温泉街への玄関口でもあり観光地として栄えているO市にインターハイの剣道大会の会場がある。池袋から快速で1本なので楽に行ける。普段海を見ることのないわたしたちは、車窓からチラチラ見える海に興奮しっぱなしだった。
葛目くんと野々村くんはといえばおとなしいもので、野々村くんはずっとマンガを読んでおり、葛目くんにいたっては爆睡している。他はみんな私服だけど、葛目くんは律儀に制服だ。
吹奏楽部でコンクール直前の馬上さんは、今日は不参加だ。
「ほら洋ちゃん起きて、私鉄に乗り換えだよ」
「あー…、すみません。って高嶋先輩、自分を『洋ちゃん呼び』していいのは聡だけです」
「オレは呼ばねーぞ」
「洋ちゃん、夕べ夜更かししたの?」
「菊池先輩まで…。まぁ、ちょっと」
勉強してたのかな。真面目そうだもんな。
「優先輩、優先輩、タカさんの試合終わったら城行きたい!」
「いいね、海も行きたいね」
「勝ち残った方がいいんだから、あんまり早く終わらないのを願いたいけどね」
「それもそッスね」
私鉄で数駅、競技場まであと少し。
とんでもなく広いメインアリーナに入ると、雰囲気だけで圧倒されてしまう。バスケのコートを4面とれるようだ。今日は全体に剣道用のラインを張ってある。
「うわ、これヤバいね! すごい人だし」
「タカさんたちどこにいんだろ?」
優と黒岩くんはすっかりテンションが上がっている。それにしてもこの中からどうやって早瀬くんたちを探したものかな。
「お、なんだ菊池、来てたのか」
思わぬ人にバッタリ遭遇。
「あ、香山先生。こんにちは!」
香山先生とクラスの男子数名が連れだってる。
「そうか、生徒会で応援に来てたのか」
「はい、早瀬くんには内緒で」
「先生、早瀬たちどこにいるか分かりません?」
大きく見回して、香山先生は向こう側を指さした。
「うちの高校の第一試合はあっちの方だって」
「さあ! 行きましょう、先輩!!」
「待て、洋三、はぐれるぞ!」
一眠りした葛目くんは徐々にエンジンがかかってきた。黒岩くんと野々村くんはあわてて葛目くんを追う。
「香山先生も、それにみんなも見にきたの?」
「菊池聞いてない? 山田が出れるようになったんだって」
「えー! そうだったの!?」
山田くんは剣道部のクラスメイトだ。
「女子で知ってるのは少ないんじゃね?」
ここで香山先生もわたしたちの会話に加わってきた。
「団体戦のメンバーでさ、ひとりねんざして急きょな」
「へー、山田くんが出られるのは良かったけど、その人はかわいそうでしたね」
「幸い2年生で来年があるってのが救いかな。俺は昨日剣道部の顧問に聞いて、やっぱ担任として応援したいからね」
「それでみんなで来たんですね」
「美紗、あたしたちも早く行こ!」
「いいとことれねーよ、行こうぜ」
混雑する観客席を縫うように黒岩くんたちを追っていった。制服姿なのにも関わらず葛目くんは妙に目立つので、すぐに見つかった。早瀬くんの試合の真っ最中だ。終わってなくてホッとする。相手は小柄ですばしっこそうな選手だ。
「エェェェイ! …ッ…、クッ」
「ツ…ッ!」
こっちが歯ぎしりしたくなるようなつば競り合いの後、
「クッ、オオォォッッ!」
いったん竹刀をはじいて身体を離した一瞬に、早瀬くんの竹刀がキレイに相手の胴に入った。今のは見えた。太刀筋の描いた弧が光を放っているかのようだ。一斉に白旗が上がる。
「勝負あり」
「勝ったの? 早瀬勝ったの?」
「優先輩、遅いよー」
拍手と歓声の中で一際ハッスルしている葛目くんの横で黒岩くんはむくれている。
「ハ、ヤ、セ! ハ、ヤ、セ!」
「お前やめろって。みんな拍手しかしてないだろ」
「タカさん先鋒だったんスよ。確実に勝ちに行ってたなー、さすがッス」
「先輩先輩! 一本目の面もキレイなもので、自分思わず号泣してしまいました!」
「確かにあれはスパーンと入ってましたね。1本もとられなかったし、隙なしって感じ」
「次始まるぞ。落ち着いて見よう」
興奮気味の3人を香山先生が静めて、試合は次鋒戦。山田くんだ。クラスの男子は神様にすがるように祈っていて、先生も無言で腕を組み、渋い表情で山田くんを見つめている。
結果は残念ながら連続で2本とられて完敗。続く中堅戦は0-1で負けてしまい、副将戦は接戦の後に引き分け。最後の大将戦で部長が出てきた。
「これは厳しい試合になったな」
香山先生が低くうなった。
「そうなんですか? 勝ったら2勝2敗1分ですよね。どうなるんですか?」
「もちろんこれで勝たなきゃダメなんだが、勝ちの数が同じだと、一本とった数で競うんだよ。先鋒戦と次鋒戦でチャラだろ? 次が0-1で、次が引き分け」
野々村くんが両手の指を折りながら考えている。
「つまり2-0じゃなきゃ勝ちにならないってことでしょうか?」
「そういうことだな」
どういうことだか計算が追いつかなくなってきた。優も同じようで一緒に指折り考えたけどやっぱり分からない。
「まあ数とか分かんないけど、2-0で勝てばいいんでしょ? 見よ見よ」
優はサッサと数えるのをあきらめた。2人の大将は竹刀を構えて腰を落とす。
「はじめ」
体勢を整えたと思った次の瞬間、速攻で部長が飛びこんだ。
「アァッッ!」
「…ッ…!」
一斉に白旗が上がり、観客はどよめいた。
「小手あり!」
速い。今のはよく分からなかった。
「うわー、今のヤバい。タカさんもスゲーけど、部長もやりますね」
文字通り手に汗握る試合。あっという間の4分間だった。結果は1-0で大将戦は勝利したけど、勝ち数・本数共に同数なので、全体としては引き分けということになる。
部長は試合後、早瀬くんの肩に触れてわたしたちを指さした。幽霊でも見るかのように早瀬くんは驚き、破顔して大きく手を振ってくれた。部長はわたしたちに気づいてたんだ。大した落ち着きっぷり、まさに部長の器だね。
「先生先生、引き分けだと次に進めないんですか? どうなるんですか?」
「あー! 早瀬の試合ちゃんと見れなかったよー!」
「高嶋先輩、最初は3チームでのリーグ戦なので、最悪もう一試合見られますよ」
わたしと優は「ん?」と顔を見合わせる。
「え? トーナメントじゃないの?」
今やってる試合は決勝トーナメントに進むチームを決めるためのリーグ戦らしい。知らなかった。この緊張がほぐれることなく、すぐに次の試合が始まった。今度こそ早瀬くんの試合最初から見なきゃ。




