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庭に迷いこんだアマガエルがさびしそうに鳴いている。他には何も聞こえなかった。ゆっくりページをめくる音だけが耳に響く。
話はハヤアキが「中等青年部隊」を終えて(おそらく20歳ごろなんだと思う)、その後「日本総軍」のどの部署に進むかをつづっている。仲間の3分の2が「高等青年部隊」に進む道を選ぶけど、ハヤアキは悩んでいた。とことん悩みぬいて、自分の進路だけでなく、友人の進路にも向き合っている。
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「では、以上をもって高等青年部隊の各部署の説明を終了する。午後からは総軍本部の各部署の説明に入るが、適性によって聞く必要のない分野もあろう。全体的な説明を本日の午後に行い、明日から3日間かけて各部署のブースを自ら回り考えることとなる。随時相談にも応じるので、遠慮することなく各班の上官に申し出るように。以上、解散」
ハヤアキら隊員は皆一様にうつむき、Fフォーラムを後にした。単純に高等青年部隊所属といっても、航空騎兵、宇宙戦艦操縦兵、警備兵等、実際に戦線に赴く戦闘員の役割は多岐に渡っていた。そしてそれぞれが各師団に配属され、新しいチームを組むのだ。戦線に対峙する部隊とは別に、総軍を支えて全体を運営していくのが総軍本部だ。
「高等といっても、本当に色々あるんだな」
イヅミは先刻公開された部署ごとの資料をスワイプし、ハヤアキを仰ぎ見ながら言った。
「イヅミは部隊に残るんだったな」
「ああ、でもこうたくさん資料ばかり提示されると、正直どうしたものか、な」
ハヤアキは資料を整理するようにタグづけしている。あらかじめついているタグより自分なりに整理した方が後々便利だ、と思いついたものだ。
「つまり俺はどうしたらいいんだよ?」
休憩ラウンジを騒がせるようにサチヒコ達がやってきた。サチヒコは巨体から湯気が上がらんばかりに興奮している。
「どうしたんだサチヒコ、随分切羽詰まって」
「ああ、ハヤアキ。さっきの高等の説明どう思った?」
「どうって? どういう意味だ」
「適性が限定的すぎると思わないか? 俺みたいな百貫デブは高等では用無しってことになる」
単純に考えればそうだ、そうハヤアキは思った。
「だからお前、食ってばかりいないで鍛えろって言われてただろ?」
「まあイヅミ、古く日本の国技に相撲があっただろう? サチヒコの身体も…」
一同から笑いが起こる。ハヤアキはあわてて資料を取りだして真面目な話に戻そうと試みた。
「戦線一辺倒な高等じゃなくてもポジションはあるさ。本部は考えていないのか?」
「考えたことなかったな。本部か。何があるんだろうな」
「ハヤアキは本部所属で考えてるのか? やめとけよ、幹部になれなきゃ下働きだ。やっぱり高等青年部隊に残って戦場で敵を撃破! これだろ?」
イヅミは優秀だが単純だ。身体能力は人並みだが努力で一般教養も実地訓練も好成績を残し、場合によっては知識を生かして仲間をリードする。
「とにかく、午後からも真面目に聞いておこうぜ。自分が何に相応しいかなんて、話も聞かずに分からないだろう」
ラウンジの同期たちがいつの間にかハヤアキに注目していた。何も考えていない顔をしていても、全員が自分の行く末についてを否応なく突きつけられていた。
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もうすぐ22時。お父さんから「これから出る」とメールが来た。お母さんがいなくてガランとしたリビングに降りて、帰りを待ちながら続きを読むことにした。窓を開けると心地よい風が入ってくる。蚊が入りこんできたけど、静かな夜の読書は風にあたりながら、がふさわしい。エアコンの冷気は無粋だ。お母さんの買い置きのカモミールティーを勝手に入れて、読書のお供とした。
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前日午後になされた総軍本部全体の説明中に公開された各部署のブース案内を、ハヤアキは気が遠くなるのをこらえて目を通した。
参謀として作戦を練り各師団の担当部隊と検討する中枢総本部。隊員の給与や旅費の計算をする会計課や備品・武器の手配をする需品課、全体の人事を統括する人事課等をまとめるのは総務部だ。Webサイトの管理等をする広報課や、意外なことに音楽隊も総務部に含まれる。衛生部には医師、看護師、各種検査技師・療法士、栄養士等がいる。整備部の領域も多岐に渡り、施設や航空騎兵装備、戦艦の整備だけでなく、隊員の宿舎や娯楽施設の整備も担っている。
それらの部署の多くが互いに連携をとり、さらに各地方の師団へ人員を派遣しているのだ。
(こんなにも多くの役割があるのか――。これではサチヒコでなくても迷ってしまう)
ハヤアキはできることならすべてのブースに行きたいと考えていたが、それぞれに10分ずつ足を運んだとしても、3分の1も見られない。それならば、と、ハヤアキは総務部に関してはすべてのブースを自分の足で回り、他はWebで公開されているブースの映像や資料を読み込んで情報を集めることにした。
(とにかく少しでも適性を見極めるために、多くの情報を集めて整理しなくては)
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「ただいま、遅くなって悪いな。美紗だけか?」
「お帰り、お父さん。悠太マンガ読んでるか、もう寝たかも」
ようやくお父さんが帰宅。顔が赤い。麦茶を差し出すと一気に飲みほした。今夜はお付き合いだったのかな。
「ご飯は? 食べてきた?」
「ん、外でな。美紗、ここで勉強してたのか?」
リビングにあるのはソファーだし、食事用のテーブルで勉強するのはわたしの感覚ではいまいち。だからわたしは普段リビングでは勉強しない。
「ううん、本読んでた」
「気分転換も大切だな。お母さんはいろいろ言うだろうけど、焦らず将来に向き合えばいい。受験なんて通過点にすぎないんだから」
「…うん、ありがと。頑張る」
麦茶のグラスを洗い、お父さんにお風呂を促し、戸じまりをして部屋に戻った。お父さんもわたしのこと考えてくれてたんだな。「T.L.S.」をめくりながら、お父さんの言葉を反すうする。
受験は通過点。どの点を選ぼうか迷ってるんだけど、点は点なのだから、次へ進む線はいくらでも引ける。
「T.L.S.」の世界も今わたしが置かれている環境と似ている。さまざまな役割があって世の中が回っているんだ。できることはだれにでもある。何をどう学ぼうが、どうにでも生かせる。そんな気がした。




