④
「美紗の思ってるとおりだけど、投書は今までの剣道部のやり方についてのタレこみと、今早瀬が妙な行動をとってるっていうのがあったよ」
次の定例会議で、優に投書の中身を聞いてみた。かなり渋ってたけど、早瀬くんの「知られざる顔」をネタとしてチラつかせてみたら食いついた。しかしわたしたち、サイテーだね。
「剣道部どんななんスか? え…、先輩からの暴力とか?」
「それはないみたいだけどね。でも個人戦出られないレベルの人とか放置気味だって」
「そうだったんだ」
「インターハイねらってるからね、置いてかれる人もいたんじゃない?」
退部の現場に遭遇しちゃったとき、そんなこと言ってたかもしれない。「練習について行けない人の面倒を見てない」とか。
「それで早瀬くん、いろんな立場の人の見方とか考えとか知ろうとしたんだね」
「タカさんはブレないなぁ」
真摯で誠実だ。部員のみんなに早瀬くんの気持ちが伝わらないのがもどかしい。
「それで他の投書は?」
「なんでも早瀬が3日置きぐらいで1年と同じ練習したり、マネージャーやってたり、ずっと審判やってたり、ころころいろんなことしてるって。それも要点は『この大変な時期に何やってんだ』っていう文句なんだけどね」
「それがわたしが見てきた早瀬くんだね」
急に生徒会室のドアが勢いよく開いた。
「お疲れ」
「タカさん! 久しぶりッス! もう久しぶりすぎて顔忘れるとこだったよ」
早瀬くんは少しすっきりした顔をしている。今日は袴姿だ。
「ってかタカさん、ホントになんか感じ違くない?」
「コンタクトに戻したからでしょ」
「花粉症は平気?」
「だいぶ楽になったよ。会議はまだ続く?」
「ううん。もう終わったからダベってた」
「ずっと抜けてて悪いな。ちょっと相談に乗ってほしいんだけど」
わたしと優と黒岩くんは顔を見合わせ、「OK」の目配せをした。優は満面の笑みで大きくうなずく。
「もちろん。あたしたちが早瀬の頼みを聞かないわけないっしょ」
「ホント頼もしいな」
「何? やっぱ剣道部のことッスか?」
「そうなんだけどさ……」
早瀬くんは会議での定位置につこうとしたけど、袴のせいでかなり座りにくそうだ。
「この間いろんな立場を体験してみてるって言ってたじゃない。それどうなったの?」
「まぁ、いろいろ肌で実感したよ。初心者でもなく大会のメンバーでもない、ぶっちゃけ中途半端な位置にいる部員にはつまんないなとか、マネージャーはただの雑用だなとか」
あのマネさんね。ひとりでニヤニヤと優越感にひたる。
「でもマネさんは、タカさんが一緒だからいいじゃないッスか」
「え? 黒岩くん知ってたの?」
「そういう話はいいから」
ボヤく早瀬くんを尻目にわたしたちはこの話題を広げていく。
「え、見れば分かるよ。ねぇ、優先輩?」
「うん。美紗知らなかったの?」
「ホントに…?」
知らなかったの私だけなんだ。じゃあネタの意味なかったな。
「相談続けていい?」
「うん、ゴメン」
3人そろって話を促す。
「だから部員全員がやりがいを持てて、部全体のレベルを上げるのを両立させたらいいかなと」
「でもそんな話は部のみんなで話し合ったらいいんじゃないの?」
「ミーティングしたり個別に聞いてもみんな遠慮して、あんま意見言ってくれないんだよね」
「よっぽど恐れられてるね、早瀬。……ま、ちょっとこれ見てよ」
優は満を持して3通の投書を取り出した。さっき一緒に見たのは2通だけだったはず。まだあったんだ。
「なんだそれ」
「えっとね、早瀬たちへの文句と、早瀬が謎の行動してるっていう投書とね」
「生徒会にそんな投書が来てるわけ……? っつーかオレが見るかも知れないのに」
早瀬くんはガックリ肩を落とす。
「タカさん、これは『口外しない』って約束で投書してもらったんス」
優が目で黒岩くんの言葉を遮った。「余計なことを言うな」と顔に書いてある。
「あとはね、これは早瀬にも読んでほしい。『先輩と一緒に部活やるのが一番勉強になるんです』」
それから2週間、早瀬くんは定例会議に復帰した。「先輩と一緒に部活したい」という心の叫びに、早瀬くんは頭からバケツで水をかぶったみたいに反省したようだ。かといって普段の練習を大きく変えられるわけではない。インターハイを目指す以上、レベルはやはり落とせない。
「美紗先輩、オレ昨日、剣道部のぞいてきたんスよ」
「どうだった? 早瀬くん、さっきも部活のこと話してくれなかったもんね」
早瀬くんは会議のあともそそくさと部活に行ってしまい、こっちに復帰はしたけど心は剣道場へはせていたようだ。
「それがね、特に変わったことはしてなかったんスよ」
「そう。……黒岩くん、剣道部見に行こっか」
「美紗ー、ついでに野球部の雨漏り見てきてー」
「はいはい」
普段こういう渉外っぽいことは早瀬くんがするんだけど、地区予選が終わるまでは早瀬くんの負担を分散させたい。インターハイ行きが決まったら、その時はその時だ。非常口から外に出ると剣道場の声はすぐに聞こえてくる。
「…ホントすげぇな、剣道」
黒岩くんは稽古に釘付けになっている。わたしも声をかけられるまで放心していた。今日も試合形式で打ち合っているようだ。
「あ、次タカさんッスよ」
「うん」
ピンと張りつめた空気に押され、それしか返答できなかった。白旗の方が早瀬くん、赤は部長だ。両者、竹刀を構えて腰を落とす。
「はじめ」
この間は早瀬くんがちゃんと試合をしているところは見なかった。これが本当に早瀬くんかと疑うほどの威勢で、竹刀を縦横無尽に操り相手の懐に飛びこむ。激しい打ち合いから、つば競り合い。あの足さばきはどうなっているんだろう。まったく不規則なステップに見えて、踏みこむ瞬間に竹刀は確実に空を切っている。いったんはじいて、距離をとる。気合いの入った声と同時に、今度は部長が切りこんできた。早瀬くんは素早く返しながら左によける。
「小手ありっ!」
審判が一斉に白旗を上げた。今、入ってたの? やっぱりよく分からなかった。時計を見ると、実に2分近くが経っていた。
「勝負あり」
「あ、一本勝負だったんスね」
「そうみたいだね」
上級生の中で主力と見える部員たちが一本勝負をしていく。部員は外で基礎をせず、全員で剣道場を取りまき固唾を飲んで勝負を見守っている。部員たちは上級生を尊敬の眼差しで見ているに違いない。
稽古が終わり、1年生が雑巾がけを始めたので、早瀬くんに声をかけることにした。
「お疲れッス。ヤバいッスね、タカさん。ホレていい?」
「なんだ黒岩、見てたんか。あれ、菊池も?」
「うん。剣道部さ、なんか雰囲気変わったね」
一本勝負が今日の練習のシメだったようだ。部全体に緊張感がみなぎっている状態で終わると身が引き締まる。
「そうかな、特に変えたことは実際ないんだけど。でもなんでオレらがインターハイ行きたいか分かってもらうには、試合っぷりを見せるしかないかなって。毎日3組ずつ、上級生の一本勝負を全員に見せることにしたんだよ」
なるほど、「強くなりたい」って思うにはあこがれの存在がいると話が早い。また上級生にしても、後輩から失望されないように腕を磨かなくてはならない。
「それだけッスか? 変えたのは」
「うん。あ、でも今までマネージャーに任せっきりだった雑用をみんなでやろうとか、あいさつのしかたとか、意識変えるようにはしたけどね」
「インターハイ、行けるといいね」
「絶対行くよ。一本勝負やるようにしてから、オレらも『後輩にどんな試合見せてやろうか』って考えるようになってきたし、良かったと思う」
そう言いながら早瀬くんは頭の手ぬぐいをはずした。初夏の風が心を洗うようだ。
「みんながいろんな意味で『強くなりたい』って思えてたら、結構いい感じだろ?」
この人たちについていこう、そう思ってもらうには、何が必要か。それを突きつめることが、早瀬くんたちが出した答えだったわけだ。
日が落ちても温かい風が吹くようになってきた。剣道部を見学し終えて帰る道すがら、コンビニでパピコを買って黒岩くんと半分こした。
「でもそれって、タカさんが自分たちに自信あるからできるんスよね」
「そうそう。そもそも弱かったら『オレらについてこい』なんて考えないよね」
さすが期待の剣道部、と言ったところかな。プライドの高さを生かそうとする自信がありつつ、「ついてこい」と背中を見せる。これが早瀬くんが後輩に慕われる理由か。
「優は分かってたのかな、後輩に『ついてこい』って思わせることがカギだって」
「でしょうね。だから2年生の考えを集めようとしたんでしょ」
優もまた早瀬くんとは違う意味でリーダーの素質を備えてると、要所要所で感じる。
「タカさんは大物になりますよ」
「黒岩くんが言うんだったら間違いないね」
「そういう美紗先輩は、そんな感じのこと言ってサラッと男をアゲてくタイプだね」
「何それー?」
黒岩くんの自転車のカゴを揺さぶり抗議すると、駅までふたり乗りで送ってくれた。
「ありがとね、黒岩くん。気をつけて」
「うん、バイバイ、美紗先輩! パピコごちそうさま!」
リーダーってなんだろう。チームってなんだろう。ふと立ち止まる。生徒会は学校というチームのリーダーだ。わたしはどうかな。何ができるかな。大物揃い踏みの生徒会で、「わたしの役割はこうなんだ」と胸を張れるだろうか。わたしは何の役に立てるのだろうか。
西の空に輝く一番星を見つめて、わたしはわたしに問いかける。
この④で第三話は終わりです。お読みいただきありがとうございました。




