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我が家は平凡な5人家族。お父さん、お母さん、この春大学に進学してひとり暮らし中のお兄ちゃんと、生意気な中3の弟。それと柴犬系の雑種1頭。平凡すぎるぐらい平凡。だから何、ということはもちろんないけど、わたしは苦労をしてないな、もっとオモシロイことしたいな、毎日そう思ってる。
「ただいまー」
「お帰り」
「お母さん、ご飯もうすぐできる?」
「何か用事あるの?」
「ううん、本読もうかと思っただけ」
「そう。でもお父さんもう帰ってきてるし、すぐご飯にするからね」
結局お母さんがしびれを切らして部屋に来るまで、香山先生の「T.L.S.」を読んでしまった。続きを読みたくて、急いでご飯をかきこんだら怒られた。
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マサカツの役割がこれほどまでに重要だと、誰が想像しただろうか。機動性の高さに定評のあるT.L.S.において、マサカツは援護的ポジションであった。しかし前衛が守りきれない両翼で、とっさの判断で左右どちらかについていたのだ。
「ショートみたいだな」
「あ、そういうことか。じゃあマサカツいないとヤバいよ」
「分かんないよ、ヤスヒコ」
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そうそう、男子って野球とかサッカーのポジションに例えるの、よくやるよね。分かりやすいような、分かりにくいような。
この前「裏・未成年の主張」のヒントをもらったように、早瀬くんにアドバイスできるようなことが「T.L.S.」に書いてないかと思ったけど、期待はずれみたい。調子よすぎたかな。わたしみたいな文化部人間がいろいろ言っても余計なお世話なような気もするけどね。
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「とにかく、マサカツが戦闘中にどんな動きをしてたのか、想像でいいからやってみるしかないんじゃない?」
「それからだね、そこに誰を入れるか考えるのは」
しかしマサカツの動きは多岐に渡っており、それを把握すればするほど、いかに彼に頼っていたかが露呈するのだ。
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話は、「マサカツ」が復帰する可能性も考慮に入れつつ新しい隊列を考え直すこととなる。
あまり参考にはならなかった。もちろん、話としては普通に面白かったけど。
2日後、目安箱に、剣道部員からの投書が来たようだ。優は「あたししか見ないようにするんだから」と、決して見せてくれなかった。「でも」と優は言う。
「美紗、最近早瀬どんな感じだろう? 今日ちょっと剣道部のぞいてきてよ」
何か気になることがあるのだろうか。
「いいけど、なんで? 見つからないようにした方がいいの?」
優はケタケタ笑った。
「そんな大げさじゃないよ。この内容が本当かを知りたいだけ」
「投書?」
「そう。早瀬が今剣道部で何してるのかを見てきて。別に隠れなくていいし、早瀬に『何やってんの』って聞いてもいいよ」
「分かった。投書にはなんて?」
「じゃあ差支えない部分だけね。『最近早瀬の様子がおかしい、何のつもりだか分からない行動が多い』んだってさ」
心当たりがある。この間も1年生に混じって基礎やってた。自分の基礎を強化したいだけ、とも見えない。
わたしは非常口を出て、剣道部の部室をのぞいてみた。早瀬くんはどこだろう? 外では1年生が相変わらず素振りや技の基礎をやってて、今日は上級生の半分は1年生の技の指導をしているようだ。部長をはじめとするもう半分は、道場にいる。
「ッッサァーー!!」
「チェーーーーーーイッ!」
本当の試合形式の稽古をしているようだ。緊迫感がビンビン伝わってくる。
「ヤアアァッ! ドオッ、ドオォォォォ…」
「…ッ! アアァッ! クッッ、エェイ!」
「面ありっ!」
速い。よく分かんなかった。片方が間合いを一気に詰めて、返して、んー、で多分なんかあって、もう片方が一本取ったみたいだ。つまり、よく分かんなかった。勝ったのは部長だ。双方、主審をしていた先生の両側で中段に構えてしゃがみ、竹刀を納めた。こういうのにあこがれちゃうのは、やっぱりわたしも日本人だからかな。なんか時代劇見たくなってきた。あ、いけない。早瀬くんは?
「隆弘、うまく撮れた?」
部長が面を取りながら声をかけた先に早瀬くんがいた。スマホを構えてる。ムービーに撮ってたみたいだ。
「うん、バッチリ。最後の小手からの面は、向こうの方がよく撮れてると思うよ」
早瀬くんと部長の向かい側にもうひとり、スマホを構えている女子がいる。マネージャーらしい。
「じゃあ次、塚本と脇田な」
早瀬君はジャージ姿で、マネージャーと一緒に撮影係のようだ。稽古の様子があまりにも面白くて、また最後まで見てしまった。片付け後、早瀬くんとマネージャーはウォータージャグと大量のコップを持って水道へ向かう。声かけておこうかな。
「早瀬くん、お疲れ」
「あ、菊池。悪いな、定例会議出られなくて」
「大丈夫。今ヒマだから」
体格のいい女子マネージャーが人懐こい笑顔を見せてくれる。
「何やってるの? 洗ってるの?」
「そ。マネ業を修業中」
「へー、どうしたの? ケガ?」
「いや、本当に修行中なんだ。マネージャーがどれほど大変か、あとはどんなことなら頼めるのか、その身に自分を置いてみないと分かんないだろ」
「でも練習遅れるよ? 大丈夫なの?」
マネージャーが手際よくコップを拭きながら聞いてきた。
「余裕余裕。素振りと筋トレはみんなが帰ってからしてるし」
「えー、中間近いのに」
「オレを甘く見んなよー」
早瀬くんは冗談を言いつつも、気まぐれでこんなことをしているようには見えなかった。「その身に自分を置いてみる」。1年生と同じ練習をしてたのもそのためなのかな。
「それで? 早瀬くん。自分をいろんな立場に置いてみて、どうするの?」
チラリと早瀬くんはマネージャーを見て、一度目を閉じて、迷いがあるような様子で言った。メガネの奥に影がある。
「分かんないけど、みんなが望む部の形ってどんなだろうって。分かんないから、それぞれの立場になってみれば分かるかなって思って……」
「隆弘、そんなこと考えてたの? また自分だけで背負って」
マネージャーが早瀬くんに詰め寄る。とても迫力のある声。この子も剣道経験者かも。
「今回のことは先生にも話してあるよ。陽司も知ってる」
「顧問と部長がOKしたからってねぇ」
「でもこの状況、どうにかするしかないだろ」
なんかマズいな、険悪な方向に行きそう。
「みんなで解決することじゃん。あたしだってマネとして、みんなのコミュニケーションにもっと気を配るべきだったとか、いろいろ……」
マネージャーは涙をこらえている。芯の強そうな子だ。でもそっと早瀬くんが頭をなでると泣き出してしまった。
「尚子、頼むから、もう少しオレの好きにさせてくれないか? な? 大丈夫だから」
あれ? わたし空気? 険悪ではないけど、居づらいな、これ。そっか、早瀬くんとマネさん、そういうことなのね。知らなかった。早瀬くんのこんな顔ももちろん知らなかった。
「菊池、この間から悪いな。なんかアレなとこばっか見せて」
「ううん。何かつかめるといいね」
お邪魔虫はとっとと退散。早瀬くんの意図は分かった。優に投書の内容をもう少し詳しく教えてもらおう。




