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部活動説明会後の定例会議に、早瀬くんは来なかった。剣道部で緊急ミーティングをすることになったためだ。
「タカさん大丈夫かな?」
「んー、早瀬は抱えこむからねー」
定例会議が始まる前に剣道部の部室をのぞいたけど、3年生と顧問の先生がミーティング前に打ち合わせをしているらしく、なんとも重い雰囲気だった。
「なんでこんなことになっちゃったのかな?」
剣道部はみんな浮わついたところがなくて、今年は生徒会はもちろん、PTAからも期待されている。それでピリピリしすぎちゃったのかな。でもそれを乗り越えてこそだし、早瀬くんたちならできると思う。
「真面目すぎるとか」
「期待背負っちゃったとか」
「なんか『タカさん分析』になってきた」
「確かに。早瀬くんだけじゃなくて剣道部全体の問題なのにね。早瀬くんだけにフォーカス当てるのはおかしいね」
「彬、剣道部にコネあるっしょ?」
優は空を見つめながら何か考えている。
「コネってか、友だちは何人かいますよ」
さすが黒岩くん。わたしも剣道部の友だちはいるけど何人もはいない。
「ちょっとその子らにね、目安箱を超アピールしといて。しばらくはあたししか見ないようにするからって。何か入ってくるかも」
「了解ッス、言っときます」
「わたしも友だちいるから言っとくね」
「いや、美紗はいい」
わたしを見ずに優は続けた。
「多分2年生の意見が重要なんだ」
ポンッと音をたてるかのように優は立ち上がって、ニコリと笑った。
「早瀬がしっかりしてくんないとシマんないよね! ちょっとお節介しよ!」
優は今、すごくすごく大きく見える。
「剣道部、というか早瀬、大変みたいだな」
提出し忘れたプリントを出しに社会科教員室に来たら、香山先生から「ちょっと聞かせてくれるか?」と早瀬くんのことをたずねられた。
「そうなんですよ。あ、ミルク買ったんですか?」
「目ざといな、お前。コーヒー飲むか?」
「やった、入れてください」
「担任にコーヒー入れさすかね、普通…」
「親でも使いますよ、立ってる人は」
ミルクと砂糖、それとマグカップになみなみと入れられたコーヒーを持ってきてくれた。これじゃミルクとか入れられないじゃない。苦いまま一口飲んで減らす。
「で、早瀬は?」
「それが最近『もしドラ』とか読みだして、ますますピリピリしてますよ。しかも『しばらく部活に専念したい』って。大きな行事6月までないから、高嶋さんもOKしたんですけど」
今日はわたしはソファーに座ってて、先生も向かいのソファーに座った。
「そうか、必死だな。早瀬ひとりの責任じゃないんだし、肩の力を抜けたらいいんけどな」
「それはわたしたちも言ってます。高嶋さんも心配してて」
「菊池は、どうして剣道や柔道に団体戦があるんだと思う?」
「え…? なんでだろう…」
わたしは根っからのインドア派で、吹奏楽部や演劇部のようなチームで協力し合う部活も縁がない。突然の質問というだけでなく、どうもピンと来なくて答えに窮する。それでも、以前香山先生が「いいチームだ」って言ってくれた今の生徒会が好きだ。
「じゃあな、早瀬はなんで剣道に団体戦があるか、考えたことがあると思うか?」
あるかな? あるようには見える。部員が辞めたときの落ち込み具合と言ったらなかった。でも早瀬くんたちがその答えをつかんでいたら、あんな感じに辞めちゃう部員はいないんじゃないか。無言で考えるわたしを眺めながら、先生はスローモーションのようにゆっくり微笑む。
「チームとは何か、役割とはどういうことか、早瀬たちなりの答えを見つけないとな」
「……」
力強いまなざしから、わたしは目をそらせなかった。先生は真っ黒なコーヒーをグイッと飲んで、少し横を向いて脚を組む。
「うちのバド部にさ、ふたりとも個人戦では3回戦止まりだけど、ダブルスだと県ベスト4っていうペアがいるんだよ。部内でも誰も歯が立たないわけ」
「へぇー、なんかいいですね、そういうの」
「だろ? そのふたりが考える『チームワーク』ってのも、また独特でさ……」
さっきとは打って変わって、明るく茶目っ気たっぷりに話す香山先生。でも先生の本質は、熱心に生徒に語りかける顔にあると思う。
「じゃ、早瀬たちによろしくな。引き止めといて悪いけど、これから職員会議だ」
「あ、はい。コーヒーごちそうさまでした」
「ん」
社会科教員室を後にし廊下からグラウンドを眺めると、いくつかの部が競うようにランニングをしている。1年生が入ったばかりだから、基礎作りや体力チェックをしているのだろう。どうやら剣道部もランニング中のようだ。早瀬くんが先頭に立って1年生らしい生徒10人弱を引き連れて延々走っている。他に上級生はついていないようだ。ちょっと様子が気になったので、しばらく観察することにした。
「よし、10周終わり。部室戻ろうか」
「はーい」
グッタリ気味でゾロゾロ部室の周りに集まった。部長が待ち構えている。
「じゃあ次、素振りだな。初心者もいるから今日もちゃんとやるぞ。自分の竹刀持ってるやつは取ってこい!」
「はい」
早瀬くんも取りに行くようだ。部長が前で素振りの手本を見せる。
「正確なフォームを意識して…、重力に任せずひじを柔らかく使って…、降り下ろす時は左腕もピンと伸ばし…」
丁寧になされた説明の後、1年生はそろって100回素振りをした。
「よし、同じ正面素振りをもう100回、今度は自分のペースで」
1年生に混じって早瀬くんも素振りをする。というか、1年生と同じメニューをこなしているように見える。何種類かの素振りの後は、初心者は足さばきの練習を始め、経験者は剣道場の半分を使って技の練習。早瀬くんはそっちに入った。道場のもう半分では上級生がインターバルをとりながら打ち合っている。早瀬くんは1年生を指導するでもなく、ただ彼らと同じ行動をとっているだけだ。
結局日が暮れるまで見てしまった。しょっちゅう子どもを観察してる香山先生のこと言えないな。部員は片付けを始め、1年生が道場を雑巾がけする。なぜだか早瀬くんは雑巾組。心をこめて雑巾がけするのはもちろん大切なことだけど、たいていは1年生がするものだろうし、そもそも上級生は早瀬くんしかやってない。




